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一三三話

「ヒナコ、蓮って甘いもの好きだったっけ?」

 何日か経って圭麻が聞いてきた。目を丸くして、すずめも聞き返す。

「え? 苦手だよ?」

「そうだよな。苦手なのに、どうして買ってたんだろう」

「どうかしたの?」

「いや。昨日コンビニに行ったら、たまたま蓮がいてさ。何買ってるのかなってこっそり覗いたら、全部お菓子なんだよ。確か蓮って甘いもの嫌いだったよなって不思議で……」

「全部お菓子? 急に甘党になったってこと?」

「食べ物の好き嫌いって、簡単に変わったりしないよな? 遠くからだったから数はわからなかったけど、かなりの量だったんだよ」

 首を傾げる圭麻を見つめていると、ふと答えが浮かんだ。

「勉強で糖分が足りなくなったんじゃない? 頭を使うと甘いものが欲しくなったりするって聞いたことあるよ」

「俺も知ってる。そうか。勉強で頭に糖分が少なくなったから、コンビニに買いにきたってわけか」

「間違いないよ。ところで蓮くんって、どんな勉強してるんだろうね? 学校では教えてもらえないって話してたけど、どうして今それをする必要があるのかな?」

「さあ……。自分の気持ちや考えを一切口にしない性格だから、俺たちには想像もできないよ」

「うーん。将来の夢に関係してるのかも……。けど、将来の夢なんか決まってないとも言ってたからな。本当、だんまりでとっつきにくいよ」

 はあ……とため息を吐くと、圭麻も大きく頷いた。

 家に帰ってから柚希に電話をかけた。圭麻の話を教えると、すぐに答えが返ってきた。

「俺は違うと思う」

「違うって?」

「他に食べさせてあげたい人がいるんだよ。甘いものが大好物で、コンビニのお菓子でも喜んでくれる人が」

「待ってよ。蓮くんって恋人どころか友だちもいないんだよ? 家族だっていない。食べさせたい人なんかどこにいるの?」

「まあ、すずめちゃんの言う通り恋人も友人も家族もいないけど、やっぱり高篠くんにも大事な存在はいるはずだよ。人間は一人じゃ生きていけないだろう?」

「いやいや。蓮くんが大事にしてる人なんかいるわけないって。全部自分が食べるためだよ」

「すずめちゃんがそう考えるなら、それでいいよ。ただ俺は違うと思う。難しい勉強っていうのも、大事な人の喜ぶ顔が見たいから頑張ってるんじゃない?」

「蓮くんが、他人のために努力するなんてありえないよ。悪いけど、柚希くんの方が間違ってるよ」

 少し口喧嘩をしている雰囲気になってしまった。柚希と争いたくないので、慌てて話題を変えた。

「そういえば、柚希くんって身長何センチ?」

「身長?」

「圭麻くんは一八五センチなんだって。柚希くんもそれくらいあるんじゃないかって言ってたんだけど」

「測ってないけど目の高さが天内くんと同じだから、俺も一八五センチかもしれないね。男子高校生の平均身長は、もっと低めみたいだよ」

「すごいねえ。尊敬しちゃう。だからモテモテなのか」

 しかし柚希はあまり嬉しそうな声にはならず、ぼそっと呟いた。

「すごくないよ。親の遺伝で、父さんの背が高かったってだけ。親の背が高ければ子供も背が高くなるし、親の背が低ければ子供も低くなる。天内くんも一緒」

 褒めたのに、まっすぐ届かず残念だった。最近、柚希が冷たい態度をとることが多くなった。ずっと笑顔の人間はいないし、たまには不満や愚痴を吐いたり怒ったりするのは当然だ。ただ、すずめの中では優しい王子様というイメージなので、そういうネガティブな姿は見たくないのだ。

「いろいろと聞いてくれてありがとう。じゃあ、また明日ね」

「うん。しっかりと眠ってね」

「柚希くんも」

 短く答えて、すずめは電話を切った。

 ベッドに横たわり、先ほどの言葉を思い出す。蓮に大事な人がいる。その人のためなら、甘いお菓子も買うし難しい勉強だってする。あの蓮がそこまで気を遣って努力をしているなら、相当愛していると予想できた。俺には彼女なんかいらないと決めつけていたのに、すでに好きな人がいるのは悔しくて空しくて信じたくなかった。年頃の男子なのだから、可愛くて美しい女の子なら惹かれるのも仕方ない。いつどこでその子と知り合ったのかはわからないが、胸がずきずきと痛む。

「……いいなあ。あたしなんか邪魔者扱いされてるのに。……羨ましい……」

 ぽろりと涙がこぼれた。告白してもかっこいいと褒めても怒鳴られるだけ。馬鹿だアホだと悪口ばかり。うるさいハエみたいに思われている。ありがとうもごめんもない。せめて自分の感情を教えてくれたら、すずめも安心できるのだが……。

「まあ、恋人同士になれるわけないって諦めてるし、落ち込んじゃだめだ。もっと強くなれっ。あたしっ」

 涙を拭い、勢いよく起き上がった。

 またいつも通りの毎日に戻った。特に問題はなく、授業にも集中できるしテストの点もそこそこいい。一人になると蓮の姿が蘇るが、悶々と悩むこともなかった。圭麻のおかげで、かなりの料理が作れるようになったし、苦手な英語は柚希が家庭教師になってくれた。イケメン王子がそばにいるので恥をかきたくないとおしゃれやメイクにもこだわり、順風満帆だった。この調子ならきっと大学受験も乗り越えられるだろう。

 



 そんなある日、突然後ろから口を覆われた。振り向かなくても蓮だとわかる。柚希や圭麻は、こんなふうにすずめを驚かす行為はしない性格だ。手を外し、小声で聞く。

「なに? また部屋が片付けられないの?」

「違えよ。ちょっとついてこい」

 低く抑揚のない答えが返ってきた。嫌な予感が浮かんだが、仕方なく蓮の言うとおりにした。

 マンションの中は割と綺麗な状態だった。きちんと整理ができるようになったみたいで、すずめもほっと安心した。そして、本の数が多くなっているのに驚いた。

「こんなにたくさん教科書がいるの?」

「そうだよ。死ぬほど難しいんだ。これでもまだ足りない」

「ええ……。どういう勉強なの?」

 すると蓮はキッチンに入り冷蔵庫から何かを取り出した。白くて四角い箱。紛れもなくケーキ屋の箱だった。圭麻の言葉が蘇る。蓮がコンビニでお菓子を買い占めていた。頭に糖分がなくなり、それを補うために甘いものが欲しくなった。だが柚希は他に食べさせたい人がいるんだと言っていた。恋人どころか友人もいない蓮に大事な人などいるわけないと笑ったが、もしかしてすずめのために買っていたのでは……。

「蓮くん……。それって」

「食っていいぞ。コンビニより高い店の方がうまいもんな。遠慮しないでばくばく食ってくれ」

 まさか蓮がケーキをごちそうしてくれるとは夢にも思っていなかった。以前もごちそうしてもらったが、あれは掃除の手伝いのお礼だったので、これは感激だった。ありがとう……と頷き、さっそくケーキをいただいた。

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