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一三二話

 マンションに戻りリビングに入った。片づけたので綺麗に整理整頓されている。すずめを椅子に座らせ、蓮は冷蔵庫から何かを取り出した。いつも通りオレンジジュースかと予想したが、白い箱だった。

「え? それって」

「ケーキだよ。さっき買ってきた。手伝ってもらったお礼ってことで。お前が喜びそうなものが他に思い浮かばなかったから、とりあえずこれ食ってくれよ」

 話しながら蓮はケーキを皿にのせてテーブルに置いた。二つあり、フルーツタルトとチョコレートケーキがきらきらと輝いていた。感動で涙が溢れる。

「なに泣いてるんだよ」

「だ、だって……。まさかこんなごほうびが待ってるとは……」

 目をごしごしとこすり、フルーツタルトからいただく。甘酸っぱく上品な味が口いっぱいに広がっていく。

「お、おいしい……。こんなにおいしいケーキがあるなんて」

 また涙がこぼれた。そのすずめを見つめ、蓮は小さく笑った。

「よかったな。ここまで喜んでくれると俺も満足だ」

 どきんと心臓が跳ねた。蓮の優しい微笑みにうっとりとする。

「そうやって、もっと笑えばいいのに。怒ってる蓮くんより笑ってる蓮くんの方が好きだよ」

 はっとして蓮は無表情になり視線を逸らした。天邪鬼な性格に、はあ……とため息を吐いた。

「女の子は笑顔が一番ってよく聞くけど、男の子も笑顔が一番だよ。どうして無表情になっちゃうの? だんまりになっちゃうの?」

 しかし蓮は答えず、立ち上がってリビングから出て行ってしまった。生まれつきだから仕方ないとはいえ、もっと自分の気持ちを教えてくれたっていいじゃないか。すずめの願いに全く気付いてくれない。もう一度ため息を吐いて、またケーキを食べ始めた。

 戻ってこないのかと思っていたが、意外にも早く蓮は帰ってきた。買い物に行っていたらしく、ビニール袋を持っている。

「紅茶。何か飲まないと詰まるだろ。家には苦いコーヒーしかないしな」

「あ、ありがとう。たくさんお金使わせちゃって……」

「これくらい、どうってことないぞ。わがままだったら怒るけど、俺が勝手に買ってきたんだから安心しろよ」

「そうなの? わがままだったら怒るんだ」

「もちろん怒る。後で必ず返してもらう」

「恋人同士でも?」

 突然、恋人という言葉が出てきたからか、蓮は目を丸くした。どんな答えかどきどきしていたが、抑揚のない声が返ってきた。

「さあ。今まで誰かを好きになったことはないからわかんねえよ」

「まあ、確かにそうかもしれないね。いつか蓮くんにも恋人ができると」

「できねえよ。もし好きになって告白しても振られるだけだ」

 それは自信がないという意味だろうか。イケメンでスタイル抜群な蓮が振られるわけないと思ったが、あえて口に出さなかった。余計なことをして失敗したら大変だ。

 ケーキを完食し紅茶を飲み干すと、蓮が質問してきた。蓮から話しかけてくるのは珍しいので戸惑った。

「お前って、甘いものならどんなものでも食うのか?」

「うん。お菓子なら何でも」

「コンビニに売ってるものでも?」

「コンビニに売ってるお菓子も食べるよ」

「ふうん……。そうか」

 蓮は俯き、考え込む表情に変わった。わけがわからず焦ったが、すぐに顔を上げた。

「お前、やけに小さくなったな」

「え? 小さくなった?」

「背だよ。かなり縮んだだろ。今日抱きついてきた時に小さくなったなって」

 急に話題がすり替わっていたらしい。こういう自分勝手なところが蓮らしい。

「それ、あたしが縮んだんじゃなくて、蓮くんが伸びたんでしょ。そういえば身長何センチなの? 初めて会った時からすっごく高かったけど」

「測ってないからわかんねえよ。もし知りたいなら真壁か天内に聞いてみろよ。俺とほとんど同じだから」

「ああ……。柚希くんと圭麻くんも高いよねえ。背が高い男の子ってモテるよ。すっごくかっこいいもん」

 褒めるつもりで言ったが、蓮は面倒くさそうに答えた。

「あまりにも高すぎると怖がられるぞ。取って食われるんじゃないかって」

「それはないでしょ。普通の人間なんだから取って食われるなんて怖がったりしないよ」

「いや。俺に友人がいないのは、この体型のせいだ」

 うんざりしている蓮に、そのとっつきにくくて無口な性格が原因だよと話す勇気が出せなかった。もう用はなくなったので、バッグを掴み立ち上がった。玄関で振り向き、深々と頭を下げる。

「おいしいケーキごちそうさま。どうもありがとう」

「泣くほど喜んだのはびっくりだった。甘いものなら、安くてもいいんだよな」

「うん。頭ぶつけてるから、今日は早めに寝て休んでね」

 にっこりと微笑み、ドアを開いた。

 本当はまだそばにいたかったが、邪魔だと怒鳴られ傷つきたくはなかった。たまに現れる優しい蓮が久しぶりに見られただけで充分だった。



 まっすぐ帰らず、圭麻の家に寄った。さっそく質問してみる。

「ねえ、圭麻くんって身長何センチ?」

「俺の身長? 一八五センチだけど」

「そんなのあるの? すごい。高いねえ」

「最後に測ったのは中三の時で、その時に一七九センチだったんだよ。あれから少しずつ伸びて、今は一八五。でも、どうして俺の身長なんか」

「蓮くんに身長教えてもらおうとしたら、わからないって。柚希くんと圭麻くんとほとんど同じだから、あの二人に聞いてみろってね。そっか。じゃあ柚希くんと蓮くんも一八五センチなんだね」

「たぶん。ヒナコは何センチ?」

「あたしは一五七センチ。ちっちゃいでしょ。エミは一六〇センチ以上あるのに」

「でも、背が低い子って可愛いよ。妹みたいで護ってあげたくなるんだ。もしヒナコが一六〇センチ以上だったら、好きにならなかったと思う」

「ええ? 身長で好き嫌い変わっちゃうの?」

「これは俺の場合。他の男は違うかもしれないけど、とにかくヒナコは小さいままでいてほしいな」

 そしてぎゅっと抱きしめられた。柚希や圭麻に抱かれると、すずめはすっぽりと腕の中に入って逃げられなくなってしまう。どきどきと鼓動が速くなって頬が火照る。蓮を愛しているのに圭麻にもときめいていて、まるで浮気をしている感じだ。この行為が蓮は嫌なのかもしれない。いろいろな男に抱きしめられ仲良くしているのが許せないのだ。好きになるのはただ一人。その他の男とは目も合わせないという女子と大恋愛をしたいと決めているみたいだ。かといって柚希や圭麻と別れるのは悲しい。時計の針が六時を指して、やっと圭麻は解放してくれた。

「一八五センチもあるのかあ。かっこいいな……」

 帰り道を歩きながら独り言を漏らす。中三で一七九センチというのも驚きだし、イケメンな王子様に愛されていると優越感に浸った。奇跡でも起きない限り、そんな素敵な人には出会えない。それなのに、すずめは三人も王子様に出会えたのだ。ただの平凡な村人に、まさかこんな未来が待っていたとは……。自分がどのような人生を歩むのかは神様にしかわからない。お金を持っていても頭がよくても絶対にわからない。できれば、ずっと蓮の近くにいられたらいいが、寂しい生活を送るかもしれない。蓮が消えたら、すずめは死ぬまで独身を貫く。蓮以上の男子はどこにもいないし、現れたとしても恋人同士になれないのは確実だった。

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