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一二四話

 真っ暗な場所に、すずめは立っていた。灯りも音もなく人の気配もない。

「ここは……」

 呟くと、突然目の前が明るくなった。激しい光に驚いたが、すぐに輝きは収まった。もう一度見ると、映画のスクリーンのような四角い板があり、映像が流れていた。すずめが蓮に告白して、泣き叫びながら出ていくまでのシーンだ。それが繰り返し流れている。

「何これ……。やめて……。やめてよ」

 怖くなって後ずさると、巨大な穴に落っこちていった。悲鳴を上げながら手をばたつかせて、はっと眠りから覚めた。一番初めに視界に映ったのは、瞼に涙が浮かんでいる柚希の顔だった。

「ああっ。起きたっ。よかった……」

 抱きしめられたが、ぼんやりしていてよくわからない。すずめの疑問が伝わったのか、柚希は説明してくれた。

「呼んでも起きなかったんだよ。死んじゃったみたいに固まってて……。息もしてなくて、びっくりしたよ」

「え? 息してなかった? 圭麻くんはどこにいるの?」

「すずめちゃんが死んだって意識失っちゃったよ。天内くんって、こういうのに弱いんだね」

「じゃあ、ちゃんと生きてるって教えてあげないと」

 苦笑しながら答えると、柚希はさらに力を込めて抱きしめてきた。すずめもしっかりと抱きつく。

「……ねえ。柚希くん。あたし……どうすればいいんだろう。これから」

「どうすれば?」

「だって蓮くんにフラれちゃったでしょ。二度と会うなって言われちゃったじゃない。諦めるしかないのかな」

「すずめちゃんはどうしたいの?」

「どうしたいって?」

「だから、高篠くんと恋人同士になりたいの? それともただそばにいるだけで満足なの?」

「……それは……。もちろん恋人同士になりたいけど」

「なら、どうやって恋人同士になれるか考えなきゃ。とりあえずアメリカに引っ越すつもりはないみたいだし。俺も協力するよ」

「でも、蓮くんがどういう人なのか、柚希くんも知ってるでしょ? 好きだって告白しても逃げられちゃうよ。どんな言葉も聞く耳持たずだしね」

「逃げられたら追いかければいいじゃないか。女の子に告白されて不快になる男は一人もいないよ。すずめちゃんは可愛くて暖かくて、絶対にフラれたりしないはずだよ。もっともっとアタックしてみよう。次はうまくいくかもしれないよ?」

「励ましてくれてどうもありがとう。柚希くんには感謝してもしきれないよ。いつも親身になってくれて……嬉しい」

 ぽろりと涙のしずくが零れた。これほどまでに寄り添って一緒に悩んでくれて、かけがえのない大切な存在だ。

「高篠くんが、忘れられないんだろう? 忘れられないならずっと追いかけるべきだよ」

 真摯な言葉に、さらに涙が溢れる。小さく頷き、すずめも囁く。

「……忘れられない。忘れられるわけない。嫌われてるけど、蓮くんが大好きなの……」

「じゃあ、まだまだ追いかけるんだよ。何度もアタックして高篠くんを振り向かせるんだ。すずめちゃんだったらきっとできるよ」

 ごしごしと目をこすりもう一度頷くと、勢いよく圭麻が飛び込んできた。

「ヒナコっ。生きてたのかっ」

 はっと顔を上げ、圭麻の方に視線を移動する。すずめと同じように、圭麻も涙を流していた。

「大丈夫だよ。意識失ったって聞いたけど」

「柚希が、反応ないし息もしてないって話すから……。ヒナコが死んだら、俺もう生きていけないよ……」

「大げさだなあ。生きていけないなんて」

 にっこりと微笑むと、圭麻は柔らかく頭を撫でてくれた。

 そのあと三人で朝食をとり、それぞれの家に帰った。知世の前で泣かないように気を張り、ずっと笑顔でいようと自分に言い聞かせた。

「おかえり。エミちゃんの家に泊まったの?」

「夏休みの宿題してたら夜まで続いちゃって」

「そうなの。あれ? 服に染みができてるね。ジュースでもこぼしたの?」

 ぎくりとし、すぐに言い訳を考える。

「う、うん。転んじゃって。あたしドジだから」

「でも肩も汚れてるよ。転んだだけなら、肩は汚れないよね?」

 まさか上からかけられたとは言えず、首を横に振った。

「別に、洗濯すれば綺麗になるでしょ。ちょっと寝かせて。疲れてるの」

 尖った口調になってしまったが、これ以上質問されたらぼろが出そうだ。さっさと部屋に逃げ込み、ベッドに横になった。

 蓮にフラれた。フラれるだけではなく、ものすごい罵声も浴びせられた。嫌っているからと言ってあそこまで冷たい態度をとるのは、さすがに酷すぎるのではないか。確かに女の子に慣れていないが、もう少し思いやりを持ったっていいはずだ。しかも好きになってもらった人に対して、あれはない。普通は、そっちが大嫌いならこっちも大嫌いだと考えるものだが蓮を愛しているのも不思議だ。そばにいたい。離れたくない。どんなに傷つけられても睨まれても変わらない。

「あたしって、ちょっとおかしいのかな」

 蓮を忘れられない。忘れることなどできない。いつまでも記憶に残って消えない。どうせまた同じ結果になると予想したが、柚希に言われた通り追いかけ続けようと決めた。アメリカに引っ越すつもりはないようだし、しつこいと怒鳴られても諦めない。そして、いつか蓮が他の女の子と仲良くし始めたら、完全にこの恋は燃え尽きる。

 蓮にフラれたことをエミに電話で知らせると、固い口調で即答された。

「やめなよ」

「やめる?」

「そんな男好きになっても、無駄に傷つくだけでしょ。柚希や天内くんと付き合った方が幸せになれるのに」

「そうだね。あたしもそう思う。だけど、あたしには蓮くんが合ってるの」

「あたしだったらすぐに別れるけどね。顔も見たくないし声も聞きたくないね」

「励ましてくれてありがとう。何とか頑張って近づいてみる。ちょっとでも距離を縮めたいの」

 すずめが本気なのが伝わったのか、エミは返事をしなかった。これ以上言ってもすずめは動かないとわかったのだろう。そのまま電話は切られ、ほっと息を吐いた。



 約束した通り暇さえあれば蓮のマンションに向かうが、勇気が出せず結局引き返してばかりだ。このままではいけないと自分を奮い立たせるものの、いざとなると逃げてしまう。弱虫で情けなくて、応援してもらっている柚希と圭麻に申し訳なくなっていく。嫌われていると知っているのに諦めたくないなど、まさに馬鹿な人間の行動だ。

「何で蓮くんが好きなのかな……?」

 冷たくて意地悪で無口で無表情でとっつきにくくて目つきも言葉遣いも悪い。すぐ怒るし睨みつけるし、ありがとうやごめんも言わない。女の子が相手でも容赦しないで、傷つけたり泣かせたり。彼氏にしたら不幸になりそうな男だ。柚希や圭麻の方が、ずっと愛情に満ちて理想の恋人と呼べる。それなのに蓮を選んだ理由がわからない。すずめがもともとそういう男子に惹かれる性格だったのかもしれないが、それにしたってこんなに大好きで大好きで堪らないのは少しおかしい気もする。

「つんつんしてるところがいいのかな……」

 今まで関わってきたのは、常に笑顔を絶やさない人たちばっかりだった。蓮のようなタイプはおらず、いじめも喧嘩もなかった。蓮の言葉や目つきは、甘やかされたすずめを刺激して揺さぶる。それが何となく心地いいのかもしれない。

「変なの。自分から傷つきに行ってるなんて。こんなの恋愛じゃないよ。恋愛って、もっときらきら輝いてるもん。辛くて寂しい気持ちにならないもん」

 しかし一度知ってしまった感情はなかなか消えない。もう蓮以外の男子にはときめかなくなってしまった。




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