一二二話
蓮がアメリカに飛んで行ってしまったことは、家に帰ってから圭麻に電話で伝えた。聞き終えると、信じられないという口調で即答した。
「本当に? 蓮、引っ越しちゃったのか?」
「うん。インターフォン押しても反応なかったし。となりの男の人もそう言ってた」
「嘘だろ……。せっかくのヒナコの初恋が……」
「あたしが悪いんだよ。いつまでも蓮くんが好きってわからなかったから。これはしょうがないよ」
「でも……」
そこで圭麻は黙りこくってしまい、すずめは電話を切った。
柚希にも同じように伝えると、しばらく間が空いてから弱々しく呟いた。
「……じゃあ、告白は」
「できないよ。蓮くんがアメリカのどこに住んでるのか教えてもらってないし」
「だけど、それじゃ失恋じゃないか。すずめちゃんが失恋するなんて、俺」
「こういう運命だったんだよ。始めからあたしと蓮くんは相性最悪だったもん。大体、初恋って実らないものでしょ? きっぱりと諦めるよ」
「簡単に諦めちゃって後悔しないの? すずめちゃんにとって、高篠くんへの愛はそれっぽっちだったの?」
少し責めるように質問され、返す言葉がなくなった。たとえ新しい人と付き合っても、蓮は忘れられない。きっと死ぬまで記憶に残り続けるだろう。
「……でも、蓮くんがどこにもいないんじゃ、諦めるしかないでしょ。アメリカで素敵な女の子と恋をするのを祈るだけしか……」
今度は柚希が黙った。確かにすずめの言う通りで、蓮が現れなかったら無意味なのだ。どれだけ名前を呼んでも、公園で待っていても、告白のチャンスはない。
「ね。諦めろって神様が話してるんだって。もちろん蓮くんのことは大好きだよ。蓮くん以外の男の子を好きにはならない。最初で最後の恋だったって意味だね」
ぐすっと柚希の涙をすする音が耳に飛び込んだ。つられて、すずめもぽろぽろと泣いてしまった。
その日から、だんだんとすずめの表情から笑顔が少なくなっていった。学校など他人がいる時は明るいのだが、一人になるとまるで魂が抜けたようになる。柚希と圭麻は心配し、いろいろな方法で励ましてくれたが、やはり元に戻ることはなかった。大好物のから揚げを食べても味はなく、休日は朝から晩までベッドの中で過ごす。生きているのか死んでいるのかはっきりしない。失恋をすると、ここまで人間は変わるものなのだろうか。泣きすぎて体から水分が消えたように干からびていく。
「蓮くんに……。会いたい……」
掠れた声で独り言を漏らす。蓮がどこで何をしているかさえ知れたら、たぶん落ち込まずに済む。告白ができなくても嫌われていても構わないから、せめて居場所だけでも明らかにしたい。それも叶わないので、こうして深い闇から這い上がれなくなっているのだ。
それにしても、なぜ蓮はアメリカに引っ越したのだろう。蓮にとってアメリカは嫌な思い出しかなく、日本に逃げてきたと話していた。それに虐待する母親が近づいてくるかもしれない。それなのにアメリカに帰ったのは、すずめと距離を置きたいという意味だ。すずめより虐待する母親の方がいいのだ。一応、産んでくれたのは間違いないし、これほどまでに悪者扱いされたのはショックで立ち直れない。こっちは好きで好きで堪らないのに……。
「あ、そういえば」
ふとあることが蘇り、ベッドから出た。クローゼットを開け、奥から袋を探す。蓮がプレゼントしてくれた音楽プレーヤーとクラシックCDが入っている袋だ。しかし音楽プレーヤーは壊れCDは真っ二つに割れゴミと化してしまっている。つまり部屋に置いていても仕方ないのだ。蓮を吹っ切るために手放した方がいいような気もする。いつまで経っても再会できないのだから、残しておいたって意味がない。ただ、どのように捨てようかと迷った。普通にゴミ箱に捨てるか。しかし、蓮と過ごしたひとときをそんな風に失くしたくない。大好きな蓮との大切な時間。取り戻せない、かけがえのない日々。しばらく悩んでやっと閃いた答えは、マンションに持っていくというものだった。ドアの前に、そっと置いていく。誰にもバレないように、こっそりと。そうすれば、きっと辛い思いも少しずつ消えていくはずだ。もちろん忘れられないし記憶には残ってしまうが、にっこりと微笑む気力は生まれてくるに違いない。試しに柚希と圭麻に聞いてみると、どちらも賛成してくれた。
お別れなので、音楽プレーヤーとCDだけではなく花束なども用意しようかと考えたが、やめた。どうせ行っても受け取ってもらう人はアメリカに引っ越してしまったし、むしろ余計寂しさと空しさが多くなりそうだ。とにかく、早く蓮への想いを消し、周りに心配をかけないことが一番だ。
休日や放課後にマンションに向かうが、必ず途中で後ろを向いてしまう。この二つを手放してしまったら、吹っ切るどころか逆にもっと深い穴に落ちるかもしれない。あまりにも自分が弱虫で優柔不断で怖がりで情けなかった。蓮からも馬鹿でアホだと呆れられたが、まさしくその通りだと、大事なものを全て失ってからようやくわかった。地味で平凡で魅力の欠片さえない。くれると言っても、いらない。蓮の言葉は間違っていなかった。
結局、その日もマンションには行けず、家に帰った。部屋に入り音楽プレーヤーとCDをぎゅっと胸に抱きしめ、声が漏れないように泣き続けた。




