一二〇話
二度目の光の筋が飛んできたのは、圭麻と映画デートの約束をした日だった。放課後、喫茶店に寄って待ち合わせ場所や時間を決めた。
「次の映画は、恋愛もの以外にするよ。ヒナコはどんなジャンルが好き?」
「特に好きなものはないけど、ホラーだけは本当にやめて。あたし、お化けが苦手なの」
「へえ……。ヒナコは幽霊がいるって信じてるんだ」
「信じてるよ。圭麻くんはいないって思ってるの?」
「どうだろ? 実際に体験したことないから、はっきりとは答えられないな」
「よく心霊ビデオの番組でヤラセって言ってる人もいるけど、あたしは本物だって思う。さすがにUFOとか宇宙人とかは嘘っぽいけど」
ふと目が丸くなった。そういえば、蓮がヤラセだと馬鹿にしていた。怖がっているすずめを子供だと呆れ、むっと言い返した。学校に泊まったこともあった。幽霊が出ると怯えるすずめのとなりに、ずっと座っていてくれた。それだけではない。蓮はいつもすずめをベッドに寝かせてくれた。勉強を教えてくれたり、ネクタイの練習に付き合ってくれたり、悩みや愚痴を聞いて、ぶっきらぼうだけれどアドバイスや励ましなどもしてくれた。無口で無表情だったが時々笑ったり、根は優しかったのだ。家族よりも近い存在。決して失ってはならない存在。それなのに、少し不快になったからと簡単に縁を切ってしまった。
突然、光の筋が走った。しかも今回は痛みを伴って、目をぎゅっとつぶった。
「あ……ああ……。あたし……」
震えながら後ろを振り向き駆け出した。
「ヒナコっ。どうしたんだっ」
圭麻に呼び止められても、そのまま前に進んでいく。光の筋の痛みで涙が溢れた。ようやく家に帰ると、部屋に入って息を整えた。深呼吸を繰り返し机の引き出しを開ける。そして、はっと衝撃を受けた。古いネックレスが粉々に砕けていたのだ。もしやと嫌な予感がし、クローゼットの奥も覗いてみる。床に置いてある袋を掴み中を確認すると、クラシックCDが真っ二つに割れていた。音楽プレーヤーは壊れて動かなくなっていた。
「どうして……。いきなり……」
呟いてがっくりと項垂れる。使えなくなったら捨てるしかない。だがこれを捨てたら、蓮とのひとときも消える。二度と戻れない蓮と過ごした日々が……。
「……そうか……」
やっと明らかになった。すずめが忘れていること。大事なこと。光の筋が教えようとしたこと。
「あたし……。蓮くんが……。好きなんだ……」
本当に愛していたのは、柚希でも圭麻でもなく蓮だったのだと初めて知った。忘れられない。離れ離れになりたくない。ずっとそばにいてほしい。一度でもいいから会いたい……。全て好きだったからだ。けれど現在は縁を切って再会は無理になってしまった。もっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったのに……。
「……あたし、馬鹿だ……。大馬鹿女だ……」
自分の初恋の相手もわからないなんて。両手で顔を覆う。声が外に漏れないよう気を付けたが、無意識に出てしまったかもしれない。しかし涙は堪えきれず、いつまでも泣き続けた。
「ヒナコ、大丈夫?」
夜に圭麻から電話がかかってきた。すでに泣き止み落ち着いていた。
「うん。大丈夫だよ」
「急に走ったりして。俺、びっくりしたぞ」
「あたしも自分でびっくりしちゃった」
軽く笑い、どきどきしながらも覚悟を決めた。小さく息を吐いて携帯を強く握りしめる。
「あのね。怒らないで聞いて。あたし……。蓮くんのことが好きなの……」
ごくりと圭麻が唾を飲み込む音が微かに耳に入る。間を空けて、ゆっくりと答えが返ってきた。
「……蓮が……。好きなのか……」
「ごめんね。圭麻くんも大好きだよ。かっこいいし優しいし、とっても素敵な王子様なんだもん。でも……。でも、あたしには蓮くんが……」
「そうだね。俺も、そんな気がしてた。俺はヒナコの彼氏にはなれないんだなってね」
遮られ、どきんどきんと心臓が跳ねた。
「え?」
「実は、ヒナコが秘密基地で何をしてるんだろうって知りたくて、尾行してたんだ。小さな公園でブランコに乗ってるのが楽しいなんておかしいなって不思議だったんだけど、蓮を待ってたんだな」
「じゃあ、あの足音って、圭麻くんだったの?」
「そう。追いかけてきた時は、ものすごく焦ったよ。こっそり隠れて見てたってバレたら嫌われちゃうだろ」
「……ということは、あたしが会いたがってたのも、あそこで待ってたのも」
「蓮は知らないよ。完全に縁を切って、赤の他人って扱いじゃないかな」
ゆっくりと俯いた。寂しさと空しさが胸に溢れかえる。足音の翌日圭麻が優しくなったのは、一人で蓮を待っている姿が可哀想で同情したのだろうか。柚希が泣いていたのも、蓮に再会したいと願うすずめと、すずめの初恋が蓮だと知りショックを受けた圭麻を見て、切なさのあまり涙を流していたと考えられる。
「ごめん。ヒナコに嘘ついたり誤魔化したりしたくなかったんだけど。俺は、蓮に負けるのが悔しくてね。ヒナコを奪われないよう無理矢理結婚しちゃおうって考えてた。結婚すれば、こっちのもんだって。柚希には、ヒナコが可哀想だろうって怒られたよ。ヒナコを傷つけて自分勝手なことをするなんて彼氏失格だって言われた。でも、それでもヒナコが欲しくてたまらなかったんだよ……」
だんだん圭麻の声に涙が混じっていく。すずめの恋に、圭麻も柚希も気づいていたのだ。いつまでも悶々としていたのは、すずめだけだった。
「……別れよう。俺たち」
「えっ? でも」
「これ以上ヒナコを悲しませたくない。ヒナコの初恋を実らせなきゃいけないもんな。俺も充分ヒナコに愛してもらったよ。これからは友だちとして仲良くしてくれる?」
「もちろん。柚希くんみたいに付き合っていきたいよ」
「わかった。最後の最後までヒナコは優しくて素晴らしい女の子だったね。どうもありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。別れても、おしゃべりしたりお茶飲んだりしようね」
泣きそうだったが、逆に笑顔になった。圭麻が嫉妬の炎を燃やすと妄想していたため、あまりにもあっさりと諦めてくれたのは意外だった。そのまま電話を切り、ふう……と息を吐いた。
何だか、ものすごく長い時間が過ぎたように心も体も疲れている。ベッドに横になり、そっと目を閉じた。




