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一一八話

 翌日、学校に行き圭麻に質問してみた。もちろん光の筋についてだ。

「ねえ。圭麻くんって、光の筋みたいなものを……」

「ごめん。俺、今は相談にのれない」

「どうしたの? 困ったことでも」

「実は、有那の具合が悪いんだって。つわりで苦しんでるから心配でさ。家事だけじゃなくて流那の面倒も見なきゃいけないのに」

「そうなの? 大丈夫?」

「しばらく学校休もうかな……。そばにいてあげたいんだ。俺が風邪ひいた時、有那はいつも仕事を休んで看病してくれた。だから俺も同じように看病したい」

 圭麻の思いは、痛いほどすずめの胸に響いた。圭麻にとって有那は姉でもあり母でもある。放っておけるわけがない。

「うん。行ってあげた方がいいよ。圭麻くんは家事も流那ちゃんのお世話もできるし、有那さんもほっとするもんね。勉強は遅れちゃうけど、圭麻くんならすぐに追いつけるはずだから」

「そうか。じゃあ明日から有那のマンションに泊まる。いつ戻って来れるかわからないけど……。デートにも誘われなくてつまんないよな。ごめん」

「あたしのことは忘れちゃっていいから。とにかく有那さんの体だけ考えてあげて」

「……ありがとう」

 小さく微笑んだ圭麻の瞼に涙が浮かんでいた。ぎゅっと手を握りしめて「頑張って」と視線で伝えると、圭麻はその場から立ち去った。

「つわりか……。妊娠すると、つわりが起きたりするんだよね。あたしもいつかつわりで苦しむのかな」

 ぞわぞわと鳥肌が立つ。どれほど痛いのか辛いのか。愛の結晶を抱きしめるには、数えきれないほどの壁を乗り越えなくてはならない。お母さんになりたいと口で言うのは簡単だが、実際に母親になるのは難しい。

「どうか、有那さんが元気になりますように」

 手を合わせて、しっかりと神に祈った。

 言った通り、圭麻は学校に現れなくなった。エミに聞かれ、「妊娠してるお姉さんが心配なんだって」と答えた。

「ふうん。天内くんってお姉さんがいたんだ。しかも妊娠してるなんて。びっくり」

「すでに姪っ子もいるんだよ。めっちゃ可愛いの」

「すずめ、会ったことあるの? 羨ましいなあ。あたしも会ってみたい」

「きっと会えるよ。圭麻くんにお願いしておくよ」

「ありがとう。楽しみにしてる」

 にっこりと笑うエミの瞳は、きらきらと輝いていた。

 独りぼっちで寂しいが、忙しいだろうと電話をかけるのは避けた。向こうからかけてくるのを待ち、我慢した。帰ってきたらどんな生活を送っていたのか話してくれると思うし、圭麻に迷惑がられるのは嫌だった。

 土曜日になり、久しぶりに散歩をした。メイクはほとんどせず簡単にリップクリームだけ塗っておいた。地味な格好で、足の進む方に歩いていく。圭麻の横にいる時と一人の時とでは景色が違うのが不思議だった。

 小学生たちが遊んでいる公園のベンチに座る。空は快晴で清々しく、ふう……と息を吐いた。

「こうやって圭麻くんと離れて過ごすのもいいなあ」

 マイペースで自由なひととき。暖かな木陰で、いつの間にか眠りに落ちた。

 しばらくして、ゆっくりと目を開いた。となりに誰かが座っている。座っているだけではなく、その人の肩にもたれかかっている。顔を上げて、はっと目が丸くなった。

「ゆっ……。柚希くんっ」

「あれ? 起きちゃったの? もっと可愛い寝顔見てたかったのにな」

「可愛いなんて……。あたし、メイクほとんどしてないのに……」

「ということは、すずめちゃんはお化粧しなくても可愛いって意味だね。すごいなあ。こんな子、そうそういないよね」

 褒められて嬉しかったが素直に喜べない。恥ずかしいので俯くと、柚希は覗き込むように近づいてきた。

「ほら、隠さないで。もっと俺に見せてよ。いつも天内くんに邪魔されて近寄ることもできないんだ。もっとすずめちゃんにそばにいてほしいのに。天内くんがいない隙に大接近して、いっぱいすずめちゃんに癒してもらうぞ」

「あたしに癒し効果なんてないよ」

「あるよ。電話で声聞くだけでも心が洗われるんだ。天内くんも、すずめちゃんにたくさん癒されてるって言ってたよ」

 とてもそうとは思えない。地味で平凡で村人みたいな自分が王子様を癒すなど、絶対にありえない。すずめが黙っていると、ぐいっと顎を掴まれて柚希に唇を奪われた。

「ゆゆゆっ……。柚希くんっ。キキ……キスは……」

 慌てて距離を置こうとしたが柚希の方が素早く、お互いの体は密着し隙間がなくなった。柚希にしてはかなり強引で、周りの景色がぐるぐると回り始める。足から力が抜けて、やがてベンチにそのままの状態で押し倒された。じっと見つめてきた柚希の目は普段と同じく子犬のようだったが、その奥に狼みたいな鋭い光が浮かんでいた。

「……ねえ、すずめちゃんのこと、全部教えてくれない?」 

「ぜ……ぜぜっ……全部って?」

「全部だよ。心の中まで教えてほしい。俺だけに……。これから部屋に行こう。誰にも邪魔されないように。二人きりになりたい。二人きりだったら、恥ずかしくないよね。……だめかな……」

 甘く熱っぽい囁きに血液が沸騰した。いつもとは違う柚希に迫られ視線が逸らせなくなった。だが、圭麻という彼氏がいるため、それはできない。もし妊娠してしまったら大変だ。自分の身は自分で護るしかないのだ。

 リップクリームが完全に消えてから唇は離れた。緊張と興奮で自分の名前もわからなくなりそうだ。すずめの意識が飛ぶ直前に、真顔だった柚希が笑顔に変わった。

「あ……。ごめんね。びっくりさせちゃったかな?」

「びっくりというか……。心臓が止まっちゃいそう……」

「心臓が止まったら死んじゃうよ? すずめちゃんが死んじゃったら悲しいよ」

 暖かい微笑みで、どくんどくんと鼓動が速くなる。柔らかく頭を撫でられ、もう一度呟いた。

「そ……それに、キスはだめ。柚希くんは、あたしとキスしちゃだめなの」

「何でだめなの? 可愛くて大好きな子にキスしたくなるのは当たり前だろう?」

「柚希くんは……。め、めっちゃかっこよくて王子様なんだよ? 村人のあたしにキスしちゃだめでしょ。とにかくキスはだめだよ」

「全く、自分の良さを未だに知らないんだね。すずめちゃんは、とっても魅力に溢れてるよ。おっちょこちょいでドジっこで子供っぽいのに、母親のような愛情も持ってる。高校生で母性があるってすごいことだよ」

 そこで一旦口を閉じ、柚希はまた笑顔から真顔に変わった。

「すずめちゃんは諦めてるかもしれないけど、俺はまだすずめちゃんと恋人同士になりたいって願ってるよ。いつか天内くんと別れたら俺と付き合ってもらいたいって、ずっとずっと考えてる。すずめちゃんが欲しくて欲しくて堪らない」

「で、でも、柚希くんには厳しいお母さんがいるじゃない。あたしが圭麻くんと別れても」

「あの女? すでに追い出したよ。わがままな小娘と一緒に」

「え? 追い出し……た……?」

 驚いて冷や汗が流れる。こくりと頷いて柚希は即答した。

「父さんがあの女と再婚した理由は、柚希を愛して可愛がって本当の息子として育てるって約束したからだよ。きっとこの人なら柚希のお母さんになって、大切にしてくれるだろうってね。だけど可愛がるどころか、傷つけて怪我させるだけ。好きなだけ金使って、お金持ちじゃない奴は馬鹿にして。この間、父さんが久しぶりに日本に帰ってきて、これまで二人にやられたこと全部バラしてやったよ。もちろん父さんは大激怒。二度とここに戻って来るなって怒鳴り散らしてくれた。やっと自由な生活が送れるようになったんだよ」

「そ……そうだったの……。じゃあ、お母さんと桃花ちゃんは今どこに住んでるの?」

「さあね。そこらへんの安いアパートでも借りて、その日暮らししてるんじゃない? 俺は知らないよ。知っても助けてやらないし。もともと血の繋がってない赤の他人だしね」

 抑揚のない凍り付いた口調に、柚希がどれだけ二人を憎み嫌っているのかがわかった。穏やかで優しい柚希をここまで不快にさせるのは、ある意味すごい。

「これ。すずめちゃんに見せたかったんだ」

 言いながら、バッグから何かを出した。小さなアルバムだ。薄ピンクで表紙には天使の絵が描かれている。さっそくめくってみると、純白のドレスを身につけた美女が微笑んでいた。

「……薫子さん?」

「そう。俺を産んでくれたお母さん」

「目が柚希くんにそっくり。こんなに綺麗な人だったんだね」

「この写真は、父さんがあの女に燃やされないよう、別の場所に隠しておいたものなんだ。自分の母親の顔がわかってよかったよ。声も聞きたかったな」

 寂しげな表情の柚希に、涙が流れた。なぜ薫子が亡くなってしまったのかと、悲しみで胸が潰れそうだった。



 しばらくして泣き止むと、圭麻にできなかった質問を柚希にしてみた。

「柚希くんって、光の筋を見たことがある?」

「光の筋?」

「うまく説明できないんだけど、小さな稲妻が一瞬だけ頭の中に走っていくの」

「すずめちゃんは見たことあるの?」

「昨日の夜ね。どうしてあんな光が頭に走ったのか、わけがわからないよ」

「ごめん。俺も答えられないよ。実際に体験してないし。他の人に聞いてみて」

「そっか。……あたしの方こそごめんね。変な質問して。ちょっと一人で考えてみる」

 そう言うと、柚希は申し訳なさそうに小さく頷いた。アドバイスをくれるかもしれないと期待していたので、すずめも残念だった。


 

 



 

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