一一七話
学校に行くと、圭麻が嬉しそうな顔で近づいてきた。
「おはよう。これ、プレゼント」
「え?」
「ヒナコに似合いそうなもの探したんだ。どうかな?」
「プレゼントって……。あたし、誕生日でも何でもないのに」
「たまにはこういうのもいいじゃないか。ほら、受け取って」
渡されたのはレモン色の箱だ。蓋を開けてみると、純白に輝くネックレスが入っていた。
「す……すごい……。これってまさか……。真珠?」
「そう。ちょっと大人っぽ過ぎるかなって思ったんだけど、来年は大学生だしね。ヒナコ、おばあさんの形見のネックレスつけてただろ? でも、せっかくなら新しいアクセサリーつけてほしくて」
確かにデートにつけていくなら、古いアクセサリーではなく新品がいい。おまけに亡くなったのはすずめと無関係の人なのだ。
「そ、そっか。だけどあたしに似合うかな?」
「え?」
「だって、真珠のネックレスってお姫様が使うアクセサリーじゃない。地味で平凡なあたしが使ったら怒られそう」
「そんな心配いらないよ。怒るって、どこの誰に怒られるんだよ?」
「まあ……。圭麻くんの言う通りだけど……」
これは言い訳だった。本当は「ありがとう」と笑顔で受け取るところだったが、古いネックレスを使わなくなったら完全に蓮と離れてしまうと考えたのだ。偶然、蓮と再会し謝れる日が来るかもしれない。だから、ずっとネックレスをお守りのように大事につけているのだ。
「ね。おばあちゃんも、あたしたちのこと見てたいだろうし。これからも古いネックレスを」
「おばあさんって、本当にヒナコのおばあさんなの?」
圭麻の目つきが冷たくなった。疑っていると直感し、ぎくりと冷や汗が流れる。
「そ、そうだよ。お父さんの方の……おばあちゃん……」
「ふうん。亡くなったのって、いつ? どこで? ヒナコが何歳の時? 自分のおばあさんなら知ってるよね」
もちろんすずめにはわからない。蓮がお世話になった人なのだから、わかるわけがない。
「えっと……。わ、忘れちゃった……」
「じゃあ名前は? 名前はさすがに忘れないよね? もし言えないなら嘘ついてるって意味になるね」
さらに質問攻めだ。ばくんばくんと緊張が絡みついてくる。素直に嘘だと認めれば楽になるが、きっと圭麻は嫉妬の炎に燃え上がるだろう。架空の人物を生み出すのは無理だし、実は蓮からプレゼントされたものだとも答えられない。どうすることもできず、ぎゅっと目をつぶり全力疾走でその場から逃げた。
「あっ。ヒナコっ。待てっ」
後ろから追いかけられ、絶対に圭麻が入れない女子トイレに隠れた。ここなら捕まえられる心配はない。しかしずっとトイレに籠ってはいられないし、教室に戻ったらまた詰問される。
「どうしよう……。どうしたら……」
まさか突然バレる日が来るとは思っていなかった。圭麻と恋人同士になってもいいかと悩んでいたのは、こうして疑いだしたら止まらなくなる癖が怖かったからだ。すずめの記憶に蓮がいつまでも残っている。蓮に会いたいと願っていると知ったら、圭麻は頭が爆発してしまうだろう。邪魔な人間が消えて、ようやく二人きりの毎日が始まったのにと睨まれ怒鳴られる。
軽く深呼吸してから廊下に移動した。圭麻の姿はなく、あちこち探し回っているようではないと安心した。ゆっくりと教室の前に行き中を覗くと、圭麻がむっとした表情で座っていた。もう一度深呼吸をして入り、そっと後ろから話しかける。
「……圭麻くん。怒ってる……?」
「別に。怒ってないよ」
だが明らかに不快そうな口調だし、視線も合わせようとしない。すずめも返す言葉が見つからず、黙ったまま着席した。
その日は、ほとんど圭麻と会話をしなかった。放課後になると圭麻は誰よりも先に教室から出て行き、お前のそばになんかいたくないんだと痛いほど伝わった。エミは心配そうにすずめの元に来て、覗き込むように聞いてきた。
「どうしたの? 天内くんと喧嘩でもした?」
「ううん。喧嘩じゃないんだけど……。あたしが悪いの。あたしが怒らせるようなことしたから」
「怒らせるようなこと? どういう意味?」
「エミには詳しく話せない。たぶん話しても、イライラするだけだよ」
嘘をつき言い訳をしているとエミに知らせたくなかった。エミにまで不快な顔をされたら、味方になってくれる人がいなくなってしまう。短く答えて、すずめも教室から出た。
早く公園に行ってリセットしなくてはと、そればかり考えていた。体が鉛のように重く、息も荒くなっていく。ようやくたどり着くとブランコに力なく座った。
もしかしたら、あのネックレスの持ち主が蓮だったとバレてしまったかもしれない。蓮がすずめにネックレスをプレゼントしたこと。縁を切ってもネックレスを大切に持っている理由。彼氏がくれたものより他の男がくれたものを身につけたがる本心。全てが見透かされてしまったと冷や汗が額に滲んだ。自分に向けていたのは作り笑いだった、たくさんの嘘をついていたと知り、今の圭麻の気持ちを想像するのが怖い。明日も明後日も、ずっと無口で無表情の圭麻だったら……。
「どうして恋愛ってうまくいかないんだろう……。もっと嬉しいことや楽しいことでいっぱいじゃないの? 圭麻くんに嫌われたくない。別れようなんて言われたくない」
女だから男がどう感じるのか理解できない。それは仕方ないが、圭麻の優しい笑顔が見られないのは悲しすぎる。絶対に明日は謝って、ぎくしゃくとした関係にならないよう言い訳も減らすと固く決めた。
翌日、昇降口で圭麻の背中を発見し、慌てて声をかけた。
「圭麻くん。ごめんね」
くるりと後ろを振り向き、圭麻は首を傾げた。
「ごめんって?」
「だって、昨日あたし……。黙って逃げちゃったでしょ。ちゃんと答えなくてイライラしてるよね」
「ああ、そのこと。確かにイライラはしたけど、もうどうでもよくなったから謝らないで。大体、俺がああしろこうしろって命令するのがおかしいしね。ヒナコが付けたいアクセサリー付ければいいんだ。どんなアクセサリーでも、ヒナコの可愛さは変わらないんだから」
「え? じゃあ……。古いネックレス付けてても」
「もちろん構わないよ。でも、たまには真珠のネックレスも使ってくれると嬉しいな」
にっこりと微笑む圭麻に、昨日あれほど悩み苦しんだことが馬鹿らしくなった。突然びくびくさせるような態度をとる圭麻に、黒い思いが胸に浮かぶ。こうしてすずめを不安にさせ振り回すのが圭麻の悪い癖だ。本人は気づいていないが、この癖はとても厄介で一番治してほしい部分だ。これさえなければ、素晴らしい王子様なのに。もちろん口から不満を出してはいけないため、やけに明るい声で答えた。
「なんだ、そっかあ。あたし嫌われたんじゃないかって心配してたの。別れてくれって言われたらどうしようって。よかったあ」
「ヒナコを嫌いになるわけないよ。これから二人で幸せになるんだし」
「うん。結婚して子供も産んでね。圭麻くんのために頑張るぞー」
ぐっと拳を上にあげると、なぜか圭麻の笑顔がぎこちなく歪んだ。
朝からさっそく言い訳をしたため、放課後は公園に走った。すっかり暗くなり女子が一人で歩くのは危険だが、このまま帰るのはよくない。とにかくリセットして落ち着かなくては。この気持ちがバレないように、たくさん嘘を作っておかなくては。常に蓮が心にある。感情の起伏が激しい圭麻と結婚してもいいのかと悩んでいる。そのせいではっきりと知世にも名前を教えられない。もし教えたら、やっぱりやめると答えられなくなる。他に好きな人がいると気が付いても完全にすずめは圭麻の婚約者となってしまう。
「って言っても、あたしの周りにいる男の子って柚希くんしかいないけど」
柚希とは付き合えないと、すでに諦めがついている。つまり現在は、すずめが好きになる男子は一人もいない。すぐそばには。
一瞬、目の前が昼間のように明るくなった。稲妻のような光の筋が、全身を駆け巡った。しかしそれはたった数秒で消えてしまった。瞬きをすると、また真っ暗闇に戻っていた。
「な……何……? 今の……。雷みたいな光……」
あまりにも不思議な体験で、驚きが止まらない。なぜ光の筋が飛んできたのか。意識を失って起きたら自分の部屋にいたり公園にいたり、最近はおかしな現象が次々とやってくる。未だに原因はわかっていないが、何か意味があるのだろうか。




