一一六話
デート当日になり、朝からメイクや洋服選びなどで大忙しだった。可愛いよりも綺麗と褒められたいので、大人の女性を目指して頑張った。香水をつけ、蓮の形見のネックレスを首にかける。ばっちりと決めたすずめの姿に、知世は期待の眼差しを向けてきた。
「ここまでおしゃれしてるってことは、やっぱりデートなんでしょ? ねえ、どんな子と付き合ってるのか、お母さんに教えてよー」
「だめだめ。まだ恋人同士ってわけじゃないんだよ。じゃあ行ってくるね」
短く答えて、外に飛び出した。
待ち合わせ場所に圭麻はいなかった。待たせるより待つ方がいいので、空を眺めながら立っていた。十五分ほどして圭麻が駆け寄ってきた。
「遅れてごめん。ヒナコに褒めてもらいたくて服選んでたら、こんな時間になっちゃって」
「いいよ。気にしないで。どんな服着てても圭麻くんはかっこいいけどね。今日も、とってもイケメンだよ」
「そっか。嬉しいなあ。ヒナコもお姫様みたいだよ」
「お姫様? うわあ……。感動だよ。お姫様なんて呼ばれたことないから」
言ってから、はっと目を丸くした。そういえばクリスマスパーティーの夜、柚希にお姫様みたいだと褒められた。そして、あの時も感動した。誉め言葉は何度聞いても嬉しくなるが、柚希と圭麻には数えきれないほど可愛がってもらったので、次は他の人から褒めてもらいたい。その次の人は……。
「ヒナコ? どうしたの?」
圭麻に声をかけられ、我に返った。慌てて笑顔を作り、首を横に振った。
「ごめん。ぼうっとしちゃった」
「よく眠れなかったのかな?」
「そういうわけじゃないけど。えっと……。映画観るんだよね?」
「うん。チケットはすでに用意してあるよ」
しっかりと確認して、手を繋いで歩いて行った。
こうして二人で並んでいるのを、街の人の目にはどう映るのだろうか。仲のいいカップルと言う人もいるし、王子のとなりに村人が立っているなんてと笑う人もいる。何となく恥ずかしくなって、顔が見えないように俯いて歩いた。
映画は一時間半くらいで、よくある恋愛ものだった。好きな人と出会い、ライバルが現れ、いろいろな問題が降りかかってくるがハッピーエンドというありきたりなストーリーで、面白いとは思えなかった。映画が始まって三十分で全てわかってしまい、途中からあくびが止まらなかった。もちろん圭麻にはつまらなかったとは言えなかったため、感動した、面白かった、また観たいと繰り返した。
「喜んでもらえて嬉しい。でも俺はあんまり盛り上がらなかったな。三十分くらいでラストまでわかっちゃって……。男だからかな?」
「えっ……」
驚いて、返す言葉がなくなった。別に気を遣わなくてもよかったのかと、少し後悔した。恋人だから遠慮はいらないという声が蘇る。
「映画は終わったし、何か食べに行く? 俺が奢るよ」
「そ、そうだね。あたしもお腹すいちゃった。圭麻くんは食べたいものある?」
「特にないよ。ヒナコが決めて」
「うーん……。じゃあ喫茶店にしよっか。すぐ近くにあるよね?」
「わかった。あそこのランチセット、けっこうおいしいしね」
また手を繋ぎ、ゆっくりと喫茶店に向かった。
学校にいる時の圭麻は、もっと速く歩いている。柚希も同じで、とても動きが速い。しかし、すずめがとなりにいる時は遅く歩いている。すずめがついてこれるスピードに合わせてくれているのだ。無意識なのかどうかは知らないが、こういうところがただのイケメンではなくイケメン王子なのだと、改めてかっこいいと胸が熱くなった。
喫茶店に入り、奥の席に向かい合わせに座った。すずめはケーキ、圭麻はランチセットを頼み、いろいろなおしゃべりをした。
「あのね。最近、お母さんが誰とお付き合いしてるのって、しつこく聞いてくるの。今日もデートでしょって出かける前に言われたし……。で、お母さんに圭麻くんのこと話してもいい?」
「え? まだ教えてなかったの?」
「だって恥ずかしいし。家に連れてきてなんてお願いされたら、圭麻くんに迷惑かけちゃうでしょ」
「別に迷惑じゃないよ。話しても大丈夫だよ」
にっこりと笑顔で答えてくれたが、実は紹介しようかどうしようか迷っていた。つい口から余計な言葉が漏れてしまった。
「……教えてないのは、俺はヒナコと結婚できるような男じゃないから?」
残念そうな口調に、ぶんぶんと首を横に振った。
「そうじゃないよ。むしろ、めちゃくちゃ喜ぶよ。こんなにかっこよくて素敵な王子様なんだもん。圭麻くんをだめっていう親は一人もいないよ」
ぽっと圭麻の頬が火照った。ははは……と苦笑しながら即答する。
「俺って、すぐ泣くし情けないし頼りないよ?」
「いつもにこにこしてて穏やかでとっても優しいじゃない。自分を悪く思っちゃいけないよ」
「そうかな? ヒナコにここまで褒められるなんて……。感激だよ。どうもありがとう」
照れて頭をかいている圭麻が少年みたいで可愛らしかった。きゅんきゅんするのは、やはり母性がすずめの心に芽生えているからかもしれない。いつか本当に子供が産まれたらどんな生活が始まるのか、どきどきと鼓動が速くなる。
「結婚したら、ヒナコがご飯作ってくれるの?」
圭麻に質問されて、目が丸くなった。
「え?」
「俺じゃなくて、ヒナコが家事してくれるのかな? 会社のお弁当とかも」
「ああ。心配しなくても、家事はあたしがするよ。そういうのは妻の役目だもんね」
「よかった。安心したよ。ずっと自分の作ったものしか食べてこなかったから、すごく嬉しい。早く大人になって結婚したいなあ」
五歳の頃、圭麻の母は病死してしまった。家族が亡くなることが、どんなに辛く悲しい出来事なのか、すずめには想像もできない。柚希も実の母親が死んでしまい、現在は血の繋がっていない蛇女を母と呼んでいる。もしすずめなら、自分は恵まれていない。どうしてこんな目に遭うんだと嘆き、笑顔も忘れてしまうだろう。誰かと恋人同士になろうとも考えない。柚希と圭麻は、とても強くてしっかりと前を向いて歩いている人間なのだと尊敬した。
「おいしい料理が作れるように、あたし頑張って勉強するね」
「ありがとう。俺もできたら手伝いするから」
ぱっと明るい微笑みで、二人の距離がさらに縮まったと確信した。
しばらくして外に出ると、すっかり空は夜になっていた。
「もう六時半だ。ずいぶん話し込んじゃったね」
「でも圭麻くんとおしゃべりできて楽しかったよ。デートに誘ってくれてありがとう」
「そっか。またデートしよう。次は遊園地とか……。どう?」
「遊園地? あたし、ジェットコースターとお化け屋敷は絶対に無理なんだけど」
「別に、必ず乗らなきゃいけないっていう決まりはないんだし、ヒナコに合わせるから心配はいらないよ。じゃあ、これで」
繋いでいた手を放し、そのまま圭麻は歩いて行った。背中が完全に消えるまで立ち尽くし、すずめも歩き始める。家に帰るつもりはなく、いつも通り公園に向かった。
今日のデートでも嘘をついたり言い訳をしてしまった。自己嫌悪に陥らないために、公園でリセットする必要がある。ブランコに乗り、そっと夜空を眺めた。必ずブランコに乗っているのは、もしかしたら押してくれる人がいるかもしれないと期待しているからだ。力強く、ぐいっと押してくれる……。
「蓮くん……。蓮くんに……。……会いたい……」
心の中の願いが口から漏れた。そして、また足音が微かに耳に入る。すずめも勢いよく立ち上がり、音のした方に走った。
「ま……待って……」
荒い息でほとんど聞こえないが、震える言葉が混じった。
「待ってよ。蓮くん……。蓮くんなんでしょ? 待って……」
足音は逃げるように遠ざかっていく。かなり焦って慌てている。
「どうして逃げちゃうの? そんなにあたしが嫌いなの? 怒ってるのはわかってるよ。顔も見たくないし近寄りたくもないんだよね? でも……でも一度だけでいいから会ってほしいの。あたし、蓮くんに伝えたいことが……」
突然、目の前が真っ暗になった。同時に、顔面に鈍い痛み。自分が派手に転んだのだとすぐにわかった。ゆっくりと起き上がり、怪我をした部分に触れる。かなり急いで走っていたため、ぶつかった衝撃も強く鼻から血が流れていた。まるで、蓮に会うんじゃないと地面に足を引っ張られたみたいだ。
「蓮くん……。ごめん……。ごめんね……」
届くはずないが、泣きながら謝った。どんなに願っても祈っても、すずめの思いは蓮に聞いてもらえないのだと、悲しく辛い現実に涙が止められなかった。




