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一一五話

 蓮の残像が胸に浮かび、そのせいで日に日にすずめは暗くなっていった。口数も少なく笑顔も見せない。そのすずめをしっかりと支えてくれたのは圭麻だった。放課後、喫茶店に誘ってくれたり、休日は必ず家に呼んで料理教室を開いた。から揚げはもちろん、他の料理の作り方も教えてくれて、次第にすずめも元の明るい性格に戻れた。

「いつもありがとう。本当に圭麻くんって優しいね」

 にっこりと微笑むと、ぎゅっと抱きしめられた。

「彼氏なんだから当然だよ。落ち込んでるヒナコなんて絶対に見たくないし、俺にできることがあるなら何でもお願いしてほしい」

「でも……悪くない?」

「恋人に遠慮なんかしちゃだめだよ。ヒナコのためなら、命だって投げ出すよ」

「ちょ、ちょっと……。それは重いよ。もっと気軽に付き合おうよ」

 ね、ともう一度笑うと、圭麻も頷いた。

 とはいえ圭麻と離れたら、また蓮の姿が浮かんでしまう。忘れよう、捨ててしまおうと考えれば考えるほど、その姿は記憶にはっきりと残る。

 だが、頭が爆発するのを防ぐ方法があるのもだんだんわかってきた。蓮と過ごした小さな公園に行けばいいのだ。ブランコのある、すずめと蓮しか知らない公園。なぜかあそこに行くと全てリセットされる。まるで、すぐそばに蓮がいるような感じがする。そのため暇さえあれば公園に走った。愛している圭麻に嘘をついてしまった。すでに彼氏がいるのに蓮が胸にある。自己嫌悪に陥りそうになったら、すぐに公園に向かった。

「これなら、圭麻くんともうまくやっていけるはず。よかった、公園があって」

 ブランコに乗り、そっと呟いた。

 こっそりと公園に通う生活を始めてから二週間が経った。圭麻の料理教室が終わり、帰り道の途中で公園に寄った。相変わらず誰もいない。野良猫もいない。街灯もないので周りは真っ暗だ。ゆっくりとブランコに座り、夜空を見上げた。

「……蓮くん、なにしてるのかなあ……。たぶん勉強してるんだろうけど。でも勉強ってどういう内容なんだろう? いろいろと教えてもらってから縁切ればよかった……」

 がっくりと項垂れて、地面にあった石ころを転がす。はあ……とため息を吐き、ぎくりと全身が固まった。

 明らかに今、背中で音がした。風ではなく人間が動いた足音だった。緊張と恐怖でいっぱいになり体が凍り付く。しかし、足音は近づくのではなくどんどん遠ざかっていった。逃げるような、かなり焦った様子だ。どうやら女子に襲いかかる変人ではなかったらしい。安心して深呼吸を繰り返し、一体誰が来たのか妄想してみた。公園の存在を知っているのはすずめと蓮しかいない。もちろん絶対にそうだとは限られないが、柚希も圭麻も来たことがない。しかもこんな夜に寂れた公園に用がある人なんて、たぶんすずめだけだろう。

「ということは……。さっきの足音って、まさか……」

 はっとして後ろを振り返る。もしかして蓮も暇つぶしに公園に来ているのかもしれない。すずめを見てすぐに逃げたのも、大喧嘩をした相手に再会してしまうと焦ったからだ。

「そ……そんな……。蓮くんだったら、あたし……。追いかけたのに……」

 もし今走っても、蓮はどこかに行ってしまっただろう。悔しさでいっぱいになる。縁を切ると怒鳴った日から、ずっとすずめは落ち込んでいた。一度でいいから会って謝りたいと願っていた。だからきっと頭から蓮が離れないのだ。本当は害虫男なんて思っていない。家に上がらせてほしいとは考えてはいないけれど、電話で声だけは聞きたい。蓮は嫌がるだろうし許してもくれないはずだ。それでもとにかく謝りたかった。

「大好きな人に嘘をついて言い訳をして作り笑いしてるあたしの方が、ずっと害虫女だよ……」

 呟いても意味はなく、そのまま公園を後にした。

 家に帰っても、後悔が胸に溢れていた。風呂に入って体の汚れはなくなったが、心は綺麗になってくれない。ベッドに潜り込むと耳の奥から先ほどの足音が聞こえてきた。

「蓮くんは、あたしに会いたくないんだな……。あたしはものすごく会いたいのに。近寄りたくもないのか……」

 ここまで嫌われてしまうとは。悲しみと空しさがすずめにのしかかってくる。どうすることもできず、そのまま目を閉じると、いつの間にか眠りに落ちていた。



 はっと気が付いて体を起こすと、まだ水色の空がカーテンの隙間から覗いていた。蓮の夢は見なかったが、なぜか体が鉛のように重い。すずめの思いをよそに、時間はどんどん過ぎていく。朝が来て昼が来て、そして夜になって。それなのに蓮は来てくれない。どんなに待っていても二度と会えることはない。

「……しょうがない。縁を切るって言ったのはこっちなんだから。自業自得だ」

 それに、すずめには素晴らしい恋人も親友もいる。なら蓮に会えなくても構わないじゃないか。蓮を忘れてしまえば噓もつかず、本当の笑顔が作れるはずだ。蓮を記憶から消せば、幸せは掴み取れる。

 悶々と悩んでいると突然携帯が鳴った。すぐに「はい」と出ると、圭麻の暖かな声が耳に飛び込んできた。

「おはよう。まだ寝てると思ってたよ。ヒナコって意外と早起きなんだね」

「今日はやけに早く目が覚めちゃったの。圭麻くんも早起きだね」

「学校の弁当、自分で作らないといけないからね。ところで、土曜日って暇?」

「土曜日? 暇だけど。また料理教室?」

「いや。久しぶりにデートしない? いつも料理教室じゃつまらないだろ?」

「デート? やったあっ。そういえば最近デートって行ってなかったよね」

「せっかく恋人同士なのに、デートしなかったらもったいないもんな。待ち合わせ時間と場所はヒナコが決めていいよ」

「じゃあ、十二時に図書館の前で。ものすごくおしゃれしちゃおう」

「そっか。可愛いヒナコを見るの、楽しみにしてるよ」

 そして電話を切られた。やはりデートとは素敵なイベントで、誘われただけでも興奮する。つい先ほどの悩みはなくなり、何を着ていこうかとさっそくクローゼットを開いた。

「まず香水はつける。バッグはこれで、服は……。うーん、どうしようかなあ?」

 こうして迷っている時間も嬉しい。カレンダーには「圭麻くんとデート」と書いておいた。

 学校でも、デートについておしゃべりをした。

「実は、ヒナコと観たい映画があるんだ。海外の恋愛ものらしいんだけど、そういうの好きじゃないかな?」

「ううん。ホラーは無理だけど、恋愛なら平気。海外のラブストーリーってロマンチックだよねえ」

「恋人とのデートにぴったりって有名なんだ。面白いといいね」

「彼氏と映画デートかあ……。早く土曜日になってほしいー」

 きらきらと瞳を輝かせると、圭麻は柔らかく頭を撫でてくれた。

 二人で話しているのを見ていたのか、エミにも声をかけられた。

「どうしたの? もしかして天内くんとデート?」

「えへへ……。しかも映画デートだよ。ずっとそういうの憧れてたの。やっと夢が叶った……」

「よかったね。あたしもすずめが喜んでると嬉しい」

「ありがとう。エミもいつか、好きな人とデートできるといいね」

「あたしのことは考えないで、思いっきりデート楽しんできてね」

 優しい姉のエミに、「ありがとう」ともう一度繰り返した。

 別に蓮などいなくても、自分にはこれほど仲間がいる。愛し愛され、悩みも問題もない。家に帰れば娘想いの両親が待っているし、暗く沈んでいる方がおかしい。

「……そうだ。あたしは幸せなんだ。蓮くんなんてさっさと捨てて、圭麻くんと幸せになるんだっ」

 ぎゅっと拳を作り、もう落ち込まないと強く決めた。

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