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一一三話

 朝食が終わり部屋で私服に着替えていると携帯が鳴った。耳に当てると圭麻の声が飛び込んできた。

「料理の練習に来るんだよね?」

「行くよ。約束したじゃない。まだ用意できてないの」

「そうなんだ。俺はばっちりそろってるよ。材料も道具も」

「ありがとう。あたし頑張るよ」

「二人でおいしいから揚げ作ろうね。待ってるよ」

 そこで電話が切れた。メイクも終わらせ、バッグを掴んでドアを開いた。家に向かって走ると外に圭麻が立っていた。

「待ちくたびれちゃったよ。もしかして来るのやめたのかなって思った」

「約束やぶったりしないよ。もし行けないなら電話で話すし」

「そっか。じゃあ中に入って」

「お邪魔しまーす」

 家族はいないが、一応あいさつだけはしておいた。

 リビングに移動すると花柄のエプロンを渡された。

「有那が使ってたエプロン。古いけど、服が汚れないようにね」

「ずいぶんと可愛いエプロンだね」

「小学生の頃に買ったからね。有那が料理を始めたのって、まだものすごく小さい時だったんだな」

「……お母さんが亡くなって……。有那さんも苦労したよね」

「今は流那が生まれて幸せいっぱいだけど。傷つけば傷つくほど、後でもらえるごほうびが多いよ」

 知世も全く同じことを話していた。どきりとしていると、圭麻は冷蔵庫から材料を取り出した。

「早く作ろう。おしゃべりはここまで」

「うん。最後まで頑張るぞ」

 大きく頷き、料理教室が開始した。

 いきなり包丁を使うのは危険なので、慣れていないすずめは横で見るだけと言われた。実際に試さないといつまで経っても身につかないと思ったが黙った。得意と話していた通り、圭麻は心地いいほど素早く手を動かした。

「すごいね。さすが圭麻くん。尊敬しちゃうなあ」

「何回も作ればヒナコもできるよ」

「あたしは不器用だからな。めちゃくちゃおっちょこちょいだし。失敗しまくりだよ」

「そこがヒナコの良さだけどね。子供っぽくてドジで可愛い。本当にヒナコが俺の恋人になるなんて奇跡みたいだ」

 ぽっと頬が赤く火照った。イケメン王子にこれほど褒められたら、嬉しくなるのは当然だ。だが無意識に視線を逸らした。目を合わせたらボロが出そうだと感じた。実は、このから揚げは自分のためではなく蓮のためだったのだ。縁が切れて再会できないが、いつかどこかで関係を戻せるかもしれない。その時、蓮にごちそうしたいと考えたのだ。もちろん圭麻には隠し通すつもりでいる。まだ蓮が頭に残っているのかと嫉妬の炎が燃え上がったら大変だ。

「よし。揚げるよ」

 はっと顔を上げた。おいしそうな音と匂いが漂ってくる。

「うわあ……。もうちょっとで完成だ……」

「今日は俺が作ったけど、次回はヒナコが一人でやるんだよ」

「次回? 次回もあるの?」

「そうだよ。ヒナコが立派に作れるまで続くよ」

「ええ……。一〇〇年かかりそう」

「大丈夫だって。俺も手伝ってあげるから」

 優しく柔らかな微笑みに、すずめも安心した。

 から揚げができあがり、向かい合わせに座ってさっそく口にする。

「おいしーい。味が染みてる」

「喜んでもらえて俺も嬉しいよ。大好物なら、いつでもごちそうするよ」

「本当? ありがとう。でもから揚げってすぐ太っちゃうんだよねえ」

「少しぽっちゃりとしてるのも可愛いよ。肥満はいただけないけど」

 はははと笑いながら、ふと圭麻が質問してきた。

「上手く作れるようになったら、まずは俺に食べさせてくれない?」

「え?」

「それとも、お父さんやお母さんに食べさせるって約束してるのかな? なら諦めるけど」

 残念そうな圭麻の言葉に、さっと視線を逸らす。すずめが一番最初にごちそうしたいのは両親でも圭麻でもなく蓮なのだ。何においても始めは蓮からだ。しかしバラすわけにはいかない。

「うん。いいよ。約束する」

「嬉しいな。楽しみに待ってるよ」

 にっこりと笑う圭麻に申し訳なくなり、素早く俯いた。一体どれだけ嘘をつけば、怪しまれず圭麻と仲良く過ごしていられるのだろう。できれば嘘なんてつきたくない。もし疑われた時逃げ道がないのはわかっている。それなのに嘘ばかりついてしまう。聞き分けのいい彼女を演じてしまう。愛し愛されているとはとてもいえない恋愛だ。

 三時になって「家に帰る」と椅子から立ち上がった。そばにいてほしいとお願いされたが首を横に振った。

「お母さんに、早く帰って来いって言われちゃったの」

「そうなの? 何か用事でも」

「さあ? 知らないけど……。次回は、あたしにも包丁持たせてね」

「危ないから、なるべく持たせたくないんだよなあ。包丁は、まだもうちょっと後で」

「それじゃ、いつまで経っても身につかないでしょ? 怪我しないように充分気を付けるよ」

「確かに、見てるだけじゃだめだよな。わかった」

「今日はありがとう。おいしいから揚げ、ごちそうさま」

 ぺこりと深くお辞儀をし、ドアを開いて外に出た。

「……また嘘ついた……」

 がっくりと項垂れる。早く帰って来いなんて言われていないのに……。嘘を積み重ねるのが辛すぎて辛すぎて、自己嫌悪に陥りそうだ。その状態のまま帰るのは良くないと考えて、公園に寄り道をした。ゆっくりと歩き無人の公園の中に入る。ブランコに座って、はあ……とため息を吐いた。

「もうやだよ。あたしどんどん嘘つき女になっちゃう。……蓮くん。どうしよう……」

 呟いても誰からも返事はない。悲しく空しい思いが胸に溢れた。

「……公園に来ないかな……」

 蓮との再会を諦めたくなかった。待っていれば必ず会えるはず。何度も自分に言い聞かせている。諦めれば終わり。信じていれば奇跡は起きる……。



 翌朝、学校に行くと教室ではなく職員室に向かった。退学について質問があった。すずめに呼ばれ担任はすぐにこちらにやってきた。

「日菜咲さん? どうしたの?」

「高篠くんって、電話で退学するって言ったんですよね? でもそれって変じゃないですか? 普通退学って校長先生と話し合って決めるものじゃないんですか?」

「ああ、それね。私もおかしいなって思って校長先生に聞いたら、高篠くんって一年生の頃から退学したいって相談してたんだって。でも校長先生はやめてもらいたくなくて、三年生までは通ってくれ。三年生になれば退学でも何でもしていいからって答えたそう。で、ついに退学できる時期になったって意味」

「一年生の頃から……。そんなにこの学校が嫌だったんでしょうか」

「校長先生には、もっとハイレベルな学校に転校したいってよく言ってたみたい。まあ、英語はペラペラ、テストは全教科ほぼ一〇〇点だったし、つまらなくて仕方なかったのかもね」

 頭のいい蓮が目指すなら、たぶん難関校だろう。すずめにはたどり着けない場所に存在している学校だ。

「寂しいかもしれないけど、高篠くんには高篠くんの人生があるから、私たちはどうすることもできない。遠くで応援してあげましょう」

「別に寂しくなんかないです。高篠くん一人いなくなったからって、何にも感じませんよ」

 捨て台詞のように言うと、俯いてその場から立ち去った。

「ヒナコ、ずいぶんと暗い顔してるね。大丈夫?」

 教室で覗き込むように圭麻が声をかけてきた。作り笑いをして首を横に振る。

「そんなことないよ。全然そんな……こと……」

 また嘘をついてしまう。自己嫌悪の波が押し寄せて、涙がぼろぼろと溢れた。

「ヒナコ? どうしたんだよっ。ヒナコっ」

 驚いている圭麻の姿が薄く小さくなっていく。やがてぷつんと音がし、すずめは意識を失っていた。


 

 

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