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一一一話

 圭麻に誘われたデートは、雲一つないすっきりと晴れた青空だった。いつの間にか季節が巡り五月になっていた。おしゃれな服に着替え、香水をつけてみる。急に大人に生まれ変わったみたいで嬉しくなった。香水だけでは物足りないのでネックレスで華やかにしてみた。知世がプレゼントしてくれたものではなく、蓮がくれた形見のネックレスだ。おしゃれ着に身を包んだすずめを、知世は期待の眼差しで見つめた。

「もしかしてデート?」

「違うよ。もう、お母さんって乙女なんだから。恋愛ドラマの観すぎだよ」

「それくらい、すずめが大事ってことだよ。一人娘がかっこいい男の子と仲良くしてたら、お母さん感激しちゃう」

「そんなにかっこいい男の子っていないよ。出会ってもあたしは村人だし、恋人同士になれるチャンスもほとんどないもん。じゃあ行ってきまーす」

 短く答えて、さっさと外に飛び出した。

 待ち合わせ場所に圭麻の姿はなかった。柚希のように蛇女が現れる不安はないので、エミにメールを送って暇つぶしした。「今日は圭麻くんとデート」と送ると、「よかったね。幸せになるんだぞ」と応援の言葉が返ってきた。「ありがとう」とすずめも絵文字を送り、ようやく圭麻が駆け寄ってきた。

「遅くなってごめん。待った?」

「ううん。あたしも今来たところ。全然待ってないよ」

「そっか。……あれ? いい匂い。香水付けてきたんだ」

「そう。初めてだから緊張してる」

「ヒナコの魅力がさらに増したね。可愛いというより綺麗」

「綺麗? うわあ……。感動だよ」

 えへへ、と照れて頬が赤くなる。高校生だと、可愛いより綺麗の方が胸が熱くなるのだ。

「じゃあさっそく行こうか。まずは喫茶店でいい?」

「新しくできた喫茶店でしょ? 早くお茶飲みたいー」

「俺も喉乾いちゃったよ」

 並んで歩き、圭麻に手を握られた。どきどきと鼓動が速くなっていく。しかし喫茶店に辿り着くと、暖かな気持ちが消えてしまった。日曜日は休みだったのだ。

「あちゃあ……。休みかあ」

「どうしてきちんと調べておかなかったの? 残念だよ」

 すずめが聞くと、圭麻はふてくされた表情になった。

「しょうがないじゃん。だからヒナコに決めてってお願いしたのに」

「別に責めてるわけじゃないよ。怒らなくたって」

「いつもの喫茶店に行こう。まあ、新しいから味もわからないし。めちゃくちゃまずい店かもしれないしな」

 ロマンチックな雰囲気が圭麻の声でがらがらと崩れていく。そういうネガティブな発言は、できればデートでは避けてもらいたい。俯いて歩き今度はすずめから手を繋ごうとしたが、圭麻はズボンのポケットに手を入れていた。おまけにすたすたと歩いて行ってしまう。すずめと圭麻の歩幅は違うので、追いつこうとすると、どうしても小走りになる。

「ま、待って……。もっとゆっくり……」

「ヒナコって足遅すぎないか? カメかっていうくらい。ヒナコに合わせてたら日が暮れちゃうよ」

「ごめん。あたし運動が苦手で」

「俺もう待ってらんない。一人で先にお茶飲んでる。ヒナコは後から来て」

「ええ……。デートなんだから一緒に……」

 呟いたが、圭麻の耳には届かずすぐに人ごみに消えた。こんなに彼氏と彼女がばらばらに行動するデートなど聞いたことがない。深呼吸を繰り返し、早足で喫茶店に向かった。

 窓の近くの席に座ったらしく、外からでもしっかりとその姿が確認できた。そして嫉妬の炎が燃え上がった。圭麻の向かい合わせに女子が座っていたのだ。こちらを背にしているので顔は見えないが、おそらく美人だろう。すずめがいない時、いつもこうやって他の子と仲良くしているのだろうか。

 すずめが店に入り大股で近づくと、はっとして女子は立ち上がった。予想した通りかなりの美人だった。女子が消えると、低い口調で質問した。

「今の子、誰?」

「さあ。となりに座ってたんだよ。もしよければ一緒にお茶飲まないって声かけられて。彼女が来るまでならいいよっておしゃべりしてたんだ」

「ふうん。それだけ? 自分には彼女がいるって本当に話したの?」

「話したよ。まさか俺があの子に一目惚れしたんじゃないかって疑ってるの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「俺はヒナコを愛してるよ。結婚もするし、子供だって産んでもらいたい。ずっと好きなのはヒナコだけ。浮気なんて間違ってもしないよ」

 嘘も言い訳も簡単に言える。好きだよ、愛してるよ。嫌いな人にだって言葉ならいくらでも話せる。本気で愛してるなら、言葉ではなく行動で示してほしい。歩くのが遅くてもそばにいて、他の子に誘われても断るという誠意な心。今日の圭麻には全く感じられない。

「……あたし疲れちゃった。もう帰っていい?」

「え? 帰る? 早すぎじゃないか。まだ会って一時間も……」

「デートなんていつでもできるでしょ。圭麻くんに付き合ってられない」

 そしてくるりと振り向き店を後にした。

 たまに圭麻がわがままになるのは知っている。きっと有那に甘やかされて育ってきたのが理由だ。弟だからと家族に特別扱いされて、自分勝手な圭麻が生まれたのだ。優しくて穏やかな日は幸せ。けれどそうではない日は疲れとストレスで息が苦しくなってしまう。感情の起伏が激しいから諦めるしかないが、すずめを愛しているのなら少しは圭麻も気を遣ってほしい。

 家の近くで携帯が鳴った。耳に当てると弱々しい圭麻の声が聞こえた。

「ヒナコ、怒ってるの? ごめん。でも俺は浮気なんかしない。絶対。信じてくれ」

「心配しなくても信じてるよ。ただ、最近よく眠れてないの。デートするなら元気な方がいいじゃない」

「眠れてない? 悩みでもあるの?」

「違う。悩みなんて一つも」

「嘘はだめだよ。一度でも嘘をついたら」

 ぱっと電話を切った。どんどん圭麻の声が固く重くなっていくのが怖くなった。嘘をついたらどんな仕打ちを受けるのかも聞ける余裕がない。愛する人を怖がるなんて空しいし悲しい。圭麻と恋人同士になって後悔するのではないかと恐れていたことが少しずつ目の前に現れ始めた。

「……蓮くん……」

 ぼそっと呟いた。こうして立ち止まると、いつも蓮のもとに行って愚痴ったり不満を吐いたりしていたが、縁を切ったため不可能になってしまった。再会のチャンスもない。退学し、平日も休日も蓮の姿は見れない。

「……あたしって馬鹿だな……。取り返しのつかない大馬鹿女だ……」

 もう一度呟いて、ゆっくりと家に帰った。

 部屋に入り、始めにネックレスを外した。じっと眺めていると幼い頃の蓮がどういう暮らしをしていたのか頭に浮かんだ。虐待する母。助けてくれない父。そして偶然出会って自分を護ってくれた人。すずめが両親に可愛がられている間、蓮は映画みたいな日々を送ってきたのだ。ちょっとやそっとで動じないのも常に冷静でいられるのも、いろんな体験をしているせいだ。

「あ、そうだ」

 ふと思い出し、クローゼットの奥の袋を手に取る。音楽プレーヤーとクラシックCDが入っている袋だ。圭麻には捨ててしまったと嘘をついたが、すずめにとってこれは宝物で手放すわけにはいかなかった。CDをセットし、イヤホンで聴いてみる。どこかで耳にした優しい音色が疲れた全身を癒してくれた。

「いい曲……。蓮くんも、これ聴いてたんだな……」

 小さく微笑み、目を閉じた。柔らかく暖かな音楽。母親に抱きしめられているイメージだ。そのうちに睡魔がやってきて、イヤホンをしたまま眠りに落ちていた。



 突然、遠くからぼんやりと声が飛んできた。しかし何と話しているのかはわからない。日本語ではないみたいだ。

「え……?」

 すずめが答えると、声が大きくなった。震えており泣いている。さらに少年なのも伝わった。

「誰……? もしかして蓮くん……?」

 ゆっくりと前に進む。辛そうな少年の叫びに、もう一度繰り返した。

「蓮くん? 蓮くんだよね……? どうして泣いてるの?」

 声の主がはっきりと判明した。日本語ではないのも、蓮がアメリカで生まれ育ったからだ。

「どこにいるの? あたしが助けてあげるよ。ずっとそばにいる。蓮くんは一人じゃないよ。だから……泣かないで……」

 真っ暗闇の中を走っていくが、だんだん声が消えてしまう。

「待って。置いていかな……」

 言いかけて、目が覚めた。きょろきょろと周りを見回す。

「ああ……。夢だったの……」

 はあ、と息を吐き起き上がってどきりとした。枕が涙でぐっしょりと濡れていた。夢の中の蓮と一緒に、すずめも大泣きしていたようだ。

「れ……蓮くん……。もしかして今も泣いてるんじゃ……」

 だが、すぐに首を横に振った。高校生だし蓮は弱虫ではない。柚希は寂しくないかなと心配していたが、きっと一人で黙々と勉強に励んでいると想像した。

 泣いていたのを隠すため、指で涙の跡を拭い深呼吸をしてから部屋から出た。

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