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一〇九話

 翌朝、教室に入るとすずめの席のとなりに圭麻が座っていた。くるりと振り向いた顔は満面の笑みだった。

「おはよう。これから俺がとなりだよ。よろしくね」

「うん、よろしく。えっと、蓮くんは……。休み?」

「さあ? わからないけど。でも、もし来てもこの席は渡さないぞ」

 すずめの口から蓮という名前が出てきたのが不快なようだ。嫉妬の炎が燃え上がらないように、軽く笑って「そうだね」とだけ答えた。

 昼休みに担任に呼ばれ、職員室に向かった。すずめの姿を見るとすぐに話し始めた。

「ついさっき、高篠くんからしばらく休むって電話がかかってきたの」

「え? そうなんですか」

「日菜咲さん、何か知らない? 高篠くんとお家が近いし」

「知りませんよ。家が近くても遠くても、高篠くんって自分のこと一切明かしませんから」

「高校三年生は受験も卒業もあるし、きちんと学校に通わないといけないのに……。ねえ、日菜咲さん。高篠くんに、学校に通うよう言ってくれない? きっと日菜咲さんなら聞くはずだし」

「……先生、勘違いしてるみたいですけど、あたし高篠くんの友だちじゃないんですよ。あたしが連れ戻そうとしても無理です。高篠くん、めちゃくちゃ頑固ですし」

「え? そうなの? すごく仲良さそうだと思ってたんだけど……。違うの?」

「違います。それに、あたしも受験勉強で忙しいんです。高篠くんに付き合ってる暇なんかありません」

 冷たく言い、担任の返事を待たずにその場から立ち去った。席に座ると圭麻が近寄ってきた。

「ヒナコ、どうしたの? いきなり職員室に呼ばれて」

「蓮くん、しばらく休むんだって。だから先生に連れ戻して来いって頼まれたの。あたしが二度と学校に来るなって怒鳴ったのに。できるわけないでしょ」

「ふうん……。先生に、喧嘩したんだって言ったの?」

「まさか。あたしも受験勉強があるし、蓮くんって頑固だから無理って答えたよ」

「そうか。まあ、間違ってはないよな」

「しばらく休むって、いつかは学校に来るってこと? それともそのまま退学したいってこと?」

「うーん。ヒナコが、顔も見たくない声も聞きたくないって怒鳴ったんなら、退学しようって考えてるんじゃない?」

 なぜか空しくなった。あの時は興奮して叫んでしまったが、せっかくなら蓮も卒業式には出てほしかった。一応、高校には通っていたんだし、蓮だって卒業したかったのではないか。

「いいじゃん。俺は、むしろ退学してアメリカにも帰ってもらいたいな」

「え? アメリカに……帰る……?」

 驚いて目が丸くなった。こくりと頷き、圭麻は笑いながら答えた。

「だって、縁を切るってことは再会しないように距離を置かないとだめだろ? ちょうどよくあいつの実家はアメリカだし、完全に離れ離れになれるぞ」

 邪魔者が消え失せるのが嬉しいのか圭麻の表情は明るかったが、すずめはがっくりと項垂れた。住んでいる国は同じでいてほしいと、こっそり願っていたのだ。それに蓮の母親は虐待をする酷い性格だし、蓮が辛い思いをするのは嫌だ。

「……あたし、アメリカに帰ってほしいとは……」

 呟いたが、昼休み終了のチャイムが鳴り圭麻の耳には届かなかった。すずめが暗く落ち込んでいるのにも気づかず、放課後まで圭麻は微笑んでいた。

 帰り支度をしていると、圭麻が耳元で囁いた。

「今度の日曜日、デートしようよ」

「デート?」

「うん。行きたい場所はヒナコが決めていいから」

「あたし、そんなに知ってる場所ないの。圭麻くんが決めて」

「俺も少ないんだけど。じゃあ、ぶらぶら散歩しようか」

「そうだね。圭麻くんがそばにいてくれたら、どこに行っても楽しいよ」

「ヒナコが退屈しないよう、喫茶店くらいは調べておくよ」

「ありがとう。あっ、この前の香水、つけていくね」

 しっかりと約束し、にっこりと笑った。

 家に帰ると、柚希と恋人同士になった時に買い占めた洋服を引っ張り出した。どれを着ようか迷いようやく選ぶと、次に香水を探した。しかしどこにもなく、代わりにネックレスが見つかった。蓮がお世話になった人の形見のネックレスだ。

「……これ、蓮くんがプレゼントしてくれたんだっけ……」

 ぼんやりと呟き、あることが蘇ってきた。クローゼットの奥に潜ると、隅に置いてあった袋に手を伸ばした。中には、思った通り蓮に借りたクラシックCD三枚と音楽プレーヤーが入れられている。

「どうしよう。このCD。返せなくなっちゃったよ……。縁を切る前に、いろいろとやっておけばよかった」

 はあ、とため息を吐いてもしょうがない。捨てるか売るか。それともいつまでも持っているか。圭麻に電話をかけると、「捨てちゃいなよ」と答えが返ってきた。

「捨てるべきだよ。害虫が使ってたってことは、そのCDも汚れてるって意味だろ」

「だけど、いつ返してくれるんだろうって考えてるかも……」

「そのCD借りたのって、いつ?」

 突然質問されて、ぐるぐると記憶を遡ってみる。しかしはっきりと覚えていない。

「忘れちゃった」

「じゃあ蓮も忘れてるよ。もし返して欲しければ、縁切る時にCDのことも言うんじゃないか?」

「うーん。でもけっこう値段高そうだし、捨てるのはもったいない……」

「俺は、早く手放した方がいいと思うね。全然使ってないなら音楽プレーヤーも一緒に」

 どきりとして声が大きくなった。

「こ……これはだめっ。この音楽プレーヤーは捨てられないよっ。絶対っ」

「どうして? 害虫男のプレゼントなんて、もらっても嬉しくないだろ?」

「そうだけど……。でも、この音楽プレーヤーには思い入れが」

「思い入れ? どういう思いなのか詳しく教えてくれる?」

 疑っている、と声だけで伝わった。圭麻が暴走すると誰にも止められなくなるため上手く言い訳をしたいが、何も頭に浮かばない。

「もし捨てられないなら、俺が代わりに捨ててあげようか?」

「え……」

「俺には思い入れが一つもないから、あっさりと捨てられるよ。デートの日に、CDと音楽プレーヤー持ってきてくれる?」

 圭麻は、蓮に関わっているものを完全に失くしてしまおうと考えているらしい。早くすずめの記憶から蓮を消したいのだ。そうすれば、もうすずめが蓮の名前を言ったりはしない。

「必ず持ってきてね。彼女が困っている時、助けるのは彼氏の役目だ」

 強い口調で念を押し、圭麻は一方的に電話を切った。

「そんな……。CDも音楽プレーヤーも捨てられちゃう……」

 ぼそっと呟き、自分勝手な態度の圭麻を少し恨んだ。愛している人を恨むなんて嫌だったが、ちょっとはこっちの言葉も聞けと不満が浮かんだ。

 素直に持っていくしかないのか。だが、このCDと音楽プレーヤーは、蓮と過ごしたひとときが詰まっている。害虫男だが、優しいところもあったのだ。すずめしか知らない柔らかな笑顔が圭麻に捨てられてしまうなんて……。

「圭麻くんに相談しなきゃよかった……」

 独り言を漏らしため息を吐く。そもそも圭麻は蓮をよく思っていなかったし、一番質問してはいけない人に聞いてしまった。しかし過去には戻れないし後悔しても意味はない。恋愛に悩みはつきものというが、すずめの場合は悩みの数が多すぎる。出会うのがイケメン王子だからかもしれないが、それにしてもこの鉛の大きさはとてつもない。もう一度ため息を吐いてベッドに潜り込んだ。これ以上起きていても、ただ疲れるだけだ。

 


 久しぶりに熟睡し、その夜は夢を見た。とても暖かく柔らかなものに包まれているようだった。この空間にいれば、傷ついたり不安になったりはしない。まるで……母親の腹の中みたいだ。

 はっと目が覚め起き上がって頬に触れると、涙の跡があった。勢いよく部屋のドアを開け、キッチンに立っている知世の背中に抱きつく。

「すずめ? どうしたの?」

「お母さん……。あたし、お母さんのお腹の中に入りたい……」

 掠れた声で呟く。驚いて、知世は目を丸くした。

「お腹の中に入るなんて無理だよ」

「わかってるよ。だけど、疲れちゃったの。誰かの態度に一喜一憂するの。もう……辛くて……」

 涙が溢れて止まらない。そのすずめを知世は優しく抱きしめた。

「人間関係って、とても難しいよね。ちょっとしたことでこじれたり嫌われたり。お母さんも何回も泣いて落ち込んだよ。お母さんのお腹の中にいれば、そういう苦労はなくなるもんね。また胎児に戻れたらいいのに」

「お母さんも泣いたの? あたしだけじゃないんだ」

「みんな同じ。でもね。傷ついたら、その分幸せになれるんだよ。お父さんと結婚して可愛いすずめが生まれて、今はとっても幸せ。だから、すずめもきっと素晴らしい未来が待ってるよ。ほら、もう泣き止んで。泣いてるすずめなんてお母さん見たくないよ」

 やはり母親の存在は偉大だ。この一言で胸の中は明るくなり笑顔になれた。こくりと頷き涙の跡を指で拭う。

「ありがとう。えへへ。あたし泣いたりして……。びっくりしたでしょ。ごめんね」

「まあね。いきなりお腹の中に入りたいだもん。また辛くなった時は、お母さんが励ましてあげるよ」

 親が娘想いで本当によかったと感激した。もし子供を授かったら自分も感激される母親になりたいと決意した。

「さ、早く朝ご飯食べなさい。学校に遅刻しちゃうよ」

「う、うん。そうだね」

 素早く椅子に座り、愛情のこもった料理を口に放り込んだ。

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