一〇六話
学校生活は特に変化はなかったが、家に帰ってすぐに圭麻から電話が来た。突然用事が入って、明日の喫茶店に行けなくなったらしい。
「楽しみにしてたのに……。本当にごめん」
「いいのいいの。いつでも遊びに行けるんだし。それより用事って何?」
「ヒナコにはバラせないんだ。じゃあ、しっかり睡眠とって疲れを溜めないようにね」
そして、さっさと切られてしまった。なぜバラせないのか理由が知りたかったが、しつこい女だと思われたくない。たまには我慢をするのも大切だ。
「……一人で喫茶店かあ……」
呟いたが、ふとエミの顔が浮かんだ。素早く電話をかけると、エミからもお断りされてしまった。
「ああ……。ちょっと予定があるの」
「そうなの? どういう予定?」
「詳しくは話せないよ。悪いけど、他の子と一緒に行って」
「……わかった……」
諦めて、そのまま電話を切った。
「どうしたんだろう? 二人そろって……。あたしに隠し事?」
わけがわからずいろいろと妄想してみたが、答えは出てこなかった。圭麻に言われた通り、早く寝て休んだ方がいいと考え、ベッドに潜って目をつぶった。
翌日はあまり天気がよくなかったが、喫茶店に行くと決めていたため私服に着替えてドアを開いた。雨が降りそうだったが荷物になるので、もし降ったら買おうと傘は置いて行った。
真っ直ぐ道を歩いていると、視界にあるものが映った。顔を向けて、それが蓮の後ろ姿だと確信した。急いで走って、蓮の腕を掴む。
「蓮くん、何してるの?」
「またお前か。どうすればお前に邪魔されない日が送れるんだろうな」
「酷い。あたし、蓮くんの邪魔した覚えないんだけど。あまりにも失礼でびっくり」
「大体、お前には彼氏がいるだろ。どうして彼氏じゃない俺に近寄ってくるんだ」
「圭麻くんとお茶飲みに行こうって約束してたんだけど、突然用事が入っちゃってね。その後にエミを誘ったんだけど、エミまで予定があるって。その用事について教えてもらおうとしても、バラせないんだって言われたの。両方にだよ? 二人そろって、あたしに隠し事してるみたい」
「へえ……。お前に内緒で、こっそり会ってないといいな」
どきりと心臓が跳ねた。嫌な予感が胸に溢れ出す。
「……それ……。どういう……」
「まあ、年頃の男女だし、すぐに恋に落ちるのも仕方ないよな。でも親友の彼氏、平気で奪える性格だったとは。女って怖いな」
「待ってよ。エミが圭麻くんに惚れてて、圭麻くんもエミに惚れてて、あたしがいない場所でお付き合いしてるって意味?」
「もちろん、俺の思い込みだし違うかもしれない。気になるなら直接聞いてみろよ」
「や……やめて……。エミと圭麻くんが、そんな酷い人間なわけ……ない……」
「だから直接聞いてみろ。本人に質問するのが一番手っ取り早いぞ」
「できないよ。あたしに隠れて付き合ってるのなんて……」
ショックが強すぎて、無意識に俯いた。目をつぶり、信じたくないと首を横に振る。喫茶店など頭の中から消えうせ、さらに嫌な予感が襲いかかってくる。
「やめて……。そんな……。エミと圭麻くんが裏切るわけ……」
もう一度呟いたが、いつの間にか蓮の姿は消えていた。
とぼとぼと家に帰り、ソファーに力なく横になる。そのすずめを見て知世が目を丸くした。
「どうしたの? ものすごく疲れた顔してるよ?」
「いや……。お母さんには関係ないよ」
「でも……。悩みがあるなら相談に乗るよ。お母さんはすずめの味方だからね」
その言葉で救われた。真剣な眼差しで、ゆっくりと話し始める。
「たとえばなんだけど。もし自分の友だちが彼氏とこっそり付き合ってたら、お母さんはどうする? もう友だちじゃないって絶交する? それとも、仕方ないって諦めて、二人が幸せになるのを祈る?」
「え……? それって浮気と一緒じゃない。友だちの彼氏と隠れてお付き合いなんて、人間として失格だよ」
「やっぱりお母さんも? あたしもそう思う。……じゃあ、その友だちと絶交するの?」
「まあね。これまでと同じように仲良くはできないよね。だけど絶交する前に、そうしてこんなことをしたのか聞いてからにするよ。こっちの勘違いかもしれないし、本当に愛し合ってるならお別れのあいさつもしなきゃ。そして、これからは赤の他人って関係になるからねってことも」
やはりエミとも圭麻とも仲良くできなくなるという意味だ。すずめが我慢して諦められたら済むが、妬みや恨みが態度に表れてしまう。それほど大人ではないのだ。
「だけど、どうしてそんな風に悩むの? すずめにはエミちゃんがいるし、彼氏はまだいないんでしょ? 悩む必要ないじゃない」
「そうだけど。ただ、いつかそうやって悩む日が来るかもしれないし、今のうちにお母さんに相談しておこうって思って」
苦笑しながら答えて、そのまま部屋に逃げ込んだ。
エミとも圭麻とも絶交……。そんな勇気があるだろうか。あの二人を失うのは、できれば避けたい。すずめにとってかけがえのない存在だし、離れ離れになるのが怖い。どうか、ただの勘違いであってほしいと願うが、神様にすずめの声は届くのだろうか。




