第六章 巡り巡って 7
一人思い悩んでいるシーナの元に喧嘩をしつつ寄ってきたカインとシエテだったが、シーナの様子がおかしいことにすぐに気がついた。
シエテは、そんなシーナのことを心配していつものようにひっつきながらどうしたのかと尋ねた。
するとシーナは、シエテを見た後にすぐ横にいるカインを見つめた。
そして、「あっ!!」と何かに気が付いたかのように小さく声を上げたのだ。
それからシーナは、シエテにだけ聞こえる声で言った。
「にーに……。私、カイン様が好きなの。もうこの気持を止められないの。ごめんね……」
そう言って、瞳に涙の膜を張った。しかし、その涙は零れることはなかった。
シーナは、涙が溢れないように瞳に力を入れて我慢していた。
ここで泣いてしまうのは、シエテに対して卑怯な気がしたからだ。
溢れそうになる涙をぐっと堪える愛しい双子の妹の姿にシエテは、心の中で両手を上げて降参した。
ただし、その事は決してカインにだけは言うつもりはなかった。
今後も、お舅のような立ち位置でカインのことを事あるごとにイビってやると決意したのだった。
そんな事は表情には出さずに、優しくシーナの頭を撫でてからシーナにだけ聞かせるように言った。
「うん。分かってた。俺も、シーたんの幸せが一番だから、泣かないで?俺は、何時でも笑ったシーたんが見ていたいよ」
そう言って、ぎゅっとシーナを抱きしめた。
そして、カインに向かって凄むように言った。
「領主様、ケジメだけはきちんと付けてください」
その言葉にカインは深く頷いたのだった。
そして、決意のこもった口調で誓うように宣言したのだった。
「分かっている」
それからカインは、騒ぎを聞きつけて集まった人々に向って言った。
「今日の騒ぎについては、明日改めて正式に公表する」
そう言われた人々は、後ろ髪を引かれる思いではあったが各々の家路に就いたのだった。
その場に残されたのは、シーナ、カイン、シエテ、クリストフ、フェルエルタ、カインの屋敷に勤める使用人だけだった。
カインは、使用人たちに屋敷の状況の確認を命じた。
使用人たちは、言われるままに確認作業に向かった。
その場に取り残された形の五人は、沈黙に包まれていた。
しかし、その沈黙はシーナによって破られた。
シーナは、シエテから離れてカインの側に寄ってからカインの服の裾を引っ張った。
それに気が付いたカインは、どうした?と言わんばかりにシーナに顔を向けた。
シーナは、内緒話でもしたいのか口元に手を添えて小さく口を動かしたのだ。
カインは、シーナがなんと言ったのかまったく聞き取ることが出来なかったため、屈んでシーナの声を聞こうとした。
しかし、シーナはカインが屈んだ瞬間にガシッとカインの顔を両手で掴んでから素早くその瞼に口付けたのだ。
突然の行動に完全にカインはフリーズしていた。
身動ぎすることもせずに、シーナにされるがままだった。
それをいいことに、シーナは小鳥のように啄むような口付けをカインの瞼に繰り返したのだ。
何度も何度も、「チュッ」と小さな音を立てて右目と左目を交互に優しく口付けた。
いつしかカインは、瞼を閉じてそれを受け入れていた。
閉じた瞼に羽のように触れる柔らかい感触にカインは心が蕩けていくのを感じた。
どのくらいそうしていたのだろうか、この時間が永遠に続けばいいのとも思う気持ちと、シーナの柔らかい唇を別の場所でも思う存分味わいたいという気持ちがカインの中でせめぎ合っていた。
しかし、シーナは「チュッ」と大きめの音を立ててからカインからその身を離した。
そして、残念に思うカインを他所にこう言い放ったのだ。
「カイン様、これで然るべき手順は全て踏みましたよね?私の伴侶になってください!!」
そう言って、あろうことかカインにプロポーズをしたのだった。
夢見心地だったカインは、驚きから閉じていて瞼を見開いていた。
カインの瞳は、初めは驚きの色をしていたが、次第に蜂蜜のような甘く蕩けるような色合いに変わっていた。
その瞳は、もう暗く淀んだ色はしていなかった。
キラキラと光り輝く金色の瞳は蜂蜜を溶かしたような甘い輝きに満ちていたのだった。
シーナは、初めて見る自分だけに向けられた、甘く蕩けるような熱視線に鼓動が大きな音を立てたのが分かった。
かつてイシュミールが送られていたものとは違う、シーナだけに向けられた蕩けるように甘く熱い視線に心臓が爆発してしまいそうだった。
「カイン様……。好きです。大好きです。私のお婿さんになってください。一生大事にします。貴方を甘やかして、とろとろに蕩けさせてみせます。だから―――」
爆発してしまいそうな自分を誤魔化すようにシーナは、カインに思いの丈をぶつけた。
しかし、その言葉は途中でカインの大きな手で遮られてしまった。
カインは、夜目にも分かるほどに顔を赤らめていた。
そして、もう片方の手で自分の口元を隠すようにしながら、照れくさそうな表情で言った。
「そ、それ以上は勘弁してくれ……。もう、これ以上は無理だ……」
カインのその言葉を聞いたシーナは、愕然とした。
(ふっ、振られた……。勘弁してくれって……。無理だって……)
カインの口から出た言葉は、シーナには自分を拒否する言葉に聞こえたのだ。爆発寸前だった心臓は急激に萎んでいったようにシーナには思えた。
シーナは、振られたショックで先程まで堪えていた涙が溢れてしまうのが分かった。
しかし、もう止めることは出来なかった。
押して押して押しまくれば、カインはいつか絆されてくれると思っていたが、一方的な思いだけではやはり届かなかったのだと思った途端に涙が止まらなかった。
一方カインは、瞼に落ちる優しい口付けが止んだ後の、シーナのプロポーズにトキメキが止まらなかった。
心臓が自分のものではないのかと思えるくらいに、ドクドクと音を立てていた。
これ以上聞いてしまえば、嬉しさでこの場でシーナの唇を奪い貪ってしまいそうだった。
それに、まだ自分からシーナに素直な気持ちを伝えていないのだ。
これ以上シーナにだけ思いを伝えさせるわけにはいかなかったのだ。
だから、シーナの言葉を止めるために口を手で塞いだのだ。
そして、照れくささで思わず愚痴が出てしまったのだ。
(勘弁してくれ……。何だこの可愛い生き物は!!俺をキュン死にさせる気か!!無理だ!!これ以上は無理だ。冷静さを保てない!!何振り構わずに、気持ちを伝えて、この可愛い唇を思う存分味わいたくなる。貪ってしまたいと思ってしまう!!)
そう思っての行動だったのだが、シーナはカインの呟きを聞いた後に、急に涙の膜を張ったのだ。そして、数回の瞬きをした後に、決壊したかのように涙を溢れさせて言った。
「うっ、うわーーーーーん。わっ、私……、私。カ、カイン様に……、振られちゃったよーーーー!!えーーーん。むっ、無理だって。無理っていわれたーーーーー。うわーーーーん!!」
そう言って、シーナは幼い子供のように泣きじゃくったのだった。
カインは、シーナのまさかの勘違いに驚いた。
しかし、それに驚いたのは、カインだけではなかった。
諦め混じりに、二人のことを見ていたシエテも、残念そうに見ていたフェルエルタも、生暖かい眼差しで見ていたクリストフも、まさかあれだけ甘ったるい雰囲気を出していたにもかかわらず、シーナが勘違いするとは思っていなかったのだ。




