第六章 巡り巡って 4
シーナの性知識の欠落には理由があった。
シエテは、カーシュの記憶を完璧に引き継いだこともあり、両親は勉強や常識などを教えたことがなかった。
そして、シーナも夢で見るイシュミールの行動からある程度の知識と常識を身に着けていた。
そのため、両親はシーナにも何も教えていなかった。
両親は、「うちの子たちは頭がいいなぁ」「ええ、本当に賢いわ~」とのほほんと受け入れていたのだ。
そのため、二人の知識は前世で得たものがほとんどだったと言える。
そう、前世のイシュミールは性知識に乏しかったのだ。
理由は簡単で、イシュタルがイシュミールにそう言った知識が与えられないように、家庭教師に言い聞かせていたのだ。
婚約に伴い、家庭教師はイシュミールの知識の乏しさに危機感を覚えた。
もし、イシュミールが何も知らないと発覚すれば自分の家庭教師としての立場がなくなり、今後仕事がなくなると考えたのだ。
そのため、イシュタルのお願いにギリギリ反しない程度の知識を与えたのだ。
そしてイシュミールには、小さな子供に教えるようなファンタジーな内容で子供を授かる方法が伝えられていた。
さらに家庭教師は、曖昧に「初夜は殿下に身を委ねればいいので、夜になった時にこの様に言えば分かってくださいます。『末永く可愛がってください』と言うんですよ」と、最終的にカインに押し付けるべくそう言っていたのだ。
なのでイシュミールは初夜については、一つのベッドで寝るくらいの知識しかなかったのだ。
シエテも薄々はシーナの知識の欠落を感じていたが敢えて目を瞑っていた。
可愛いシーナを嫁に出すつもりなど無かったので、それでいいと思っていたのだ。
しかし、ここに来てその事が仇となった。
可愛いシーナの口からシモネタが飛び出すとは思っていなかったのだ。
何も知らないシーナが、「カイン様は、どうていなの?どうていは悪いことなの?」と言った時、イシュミールの事が頭をよぎったのだ。
遠い昔、ミュルエナに童貞や衆道と疑われた時のことを思い出し遠い目になっていた。すると、カインが恨みがましい目で見てくるのと視線が合った。
瞬時に、シーナの性知識の欠落について責められていると感じたシエテは、自然な様子を装ってそれとなく視線を避けたのだった。
そして、心の中で呪詛を吐いた。
(くくく。シーたんの無垢な瞳を向けられた状態での答えづらい話題に苦しむがいい。そして、墓穴を掘って精精苦しむんだな!!)
そんな事を思っていると、シーナのどうして?教えて?攻撃が過激さを増していた。
「カイン様?ところでどうていとはどういったものなのですか?みなさんの反応から、カイン様くらいの年齢であれば、どうていということは、おかしいということみたいですが?それに賢者?もしかして、何かの修行をしているかどうかということ?私はにーにに鍛錬をしてもらったけど、賢者になれるほどではないから、私はどうていではない?う~ん。どうてい?」
そう言って、可愛らしい顔から何度も繰り返し発せられる言葉に周囲は黙り込んだ。
カインはと言うと、あまりにもシーナが真剣に童貞を繰り返すものだからこの際説明すべきかと真剣に考え始めていたが、自分が童貞なのかと考え始めた瞬間に完璧にシーナ以外の人間が凍りついたのだった。
そして、全員が同じ思いで心の中で突っ込んでいた。
―――誰か!!この子に正しい知識を!!
そんな中、救世主ならぬ女神と思えるような人物が現れたのだ。
そう、フェルエルタが音もなくシーナに近づきその口を両手で塞いだ。
「シーちゃん。その言葉は、あまり口に出しては駄目。変態にはぁはぁされちゃうから……」
そう言って、シーナを窘めたのだ。
しかし、知らない言葉について知識を深めようとしているだけのシーナはそれに反発した。
「お姉ちゃん……。でも、意味がわからないんじゃ、責められているカイン様を助けられないよ?お願い意味を教えて!」
そう言って、少しだけ潤んだ瞳でフェルエルタを見つめた。
可愛すぎるその姿にフェルエルタは、陥落しそうだった。
しかし、ここで負けるわけにはいかないと、抵抗しようとしたが、無駄だった。
可愛いは正義である。
小首をかしげて、潤んだ瞳で上目遣いに可愛い仕草でおねだりされて断れる者はいないと結論づけたフェルエルタは言った。
「意味は……、そういった経験がないこと……」
「そういった経験?それってどういう意味?」
「えっと、その……」
言いよどむフェルエルタに、カインと周囲は声援を送った。
―――頑張れ!!ここが踏ん張りどころだ!!
何度も口ごもるフェルエルタをシーナはじっと見つめた。
そして、苦しそうにフェルエルタは吐き出したのだった。
「ゴハッ!!これ以上は無理……。弟よ……後は、頼んだ……」
そう言って、倒れ伏した。
急に話を振られたクリストフは、まさか自分に話が来るとは思っていなかったため飛び上がり逃げようとした。
しかし、周囲の人間は飛び上がった人物が指名された人物だと悟り、逃げられないように退路を塞いでいた。
舌打ちしたクリストフは、どうにかしてこの状況を打破できるものはないかと視線を彷徨わせたが、無駄だった。
そうこうしているうちに、シーナがクリストフの側に来て口を開いたのだ。
「ねぇ、クリストフ?そういった経験ってどういう意味?」
じっと見つめられたクリストフは、大量の冷や汗を滝のように流していた。
視線を逸らそうとしても、ついつい可愛いシーナに視線が吸い寄せられてしまった。
観念したように、クリストフは少し曖昧な答えを口にした。
「えっとだな……。男と女が……、あれだ……。えっと、こうな?触れ合うって言うか……」
「男と女が触れ合う?」
クリストフの答えを繰り返し口に出したシーナは、触れ合うということについて考えを巡らせた。
シーナの頭の中に、地下室でカインを胸の中に抱きしめた場面が思い起こされた。
その瞬間、ぼんっ!と音が鳴るくらい急激にシーナは赤面した。
顔だけではなく耳や、首までもが赤くなっていた。
熱くなった頬を両手で押さえてから、恥ずかしそうに言った。
「そっか、触れ合い……。それじゃ、カイン様はもうどうていじゃないね?さっきまで私の中で……って、きゃー恥ずかしい」
そう言って、両手で顔を覆いイヤイヤと首を振った。
その言葉に、一番はじめに反応したのはシエテだった。
それはもう、鬼の形相で光の速度でカインに近寄りアッパーカットを食らわせたのだった。
カインは、気が付いたときには宙に舞っていた。
そして、どさりっという音を立てて地面に激突したのだった。
「この鬼畜外道が!!こんなに小さくて華奢なシーたんに、お前の欲望で塗れた塊を突っ込んだのかよ!!死ね!!変態鬼畜外道ロリコン糞ゴミクズ野郎が!!」




