第六章 巡り巡って 2
シーナとカインが地下から出ていったのを確認したミュルエナは、もう聞こえてはいないと思いつつもカインに向けて言った。
「旦那様、今までありがとうございました。あんたが、あたしの提案を受け入れていなかったら、国を巻き込んででも復讐していたかもね……。でも、時間は掛かったけど誰にも迷惑掛けないで思う存分復讐できるってもんですよ。さて……」
そう言ってから、ミュルエナは『ぱちんっ』と指を鳴らした。
すると、部屋中を赤く染めていた炎は消え去った。
その場には、ミュルエナの持つランプの灯だけがあった。
そして、再び『ぱちんっ』と指を鳴らすと、地下の入口の方で、上の階に向かって煙が吐き出された。
「よし、偽装は完璧。ってことで早速料理を開始しますかね。時間も無いことだし、手早く手早く」
そう言って、大人しくしているイシュタルに近づいていった。
そう、これは全てこの日のためにミュルエナが準備をしていたことだった。
いつかカインがイシュタルに刑を与えるとなった時に、法的なものではなく自分で執行するための状況に持っていけるようにあれこれと準備を行っていた。
幸いなことにカインは、王都の屋敷に滞在することがあまりなかった。
時間は十分にあったのだ。
だから、ありとあらゆる状況でも自分で手を下せるような場を作り出すべく屋敷のいたる所に仕掛けを施したのだ。
今回は、イシュタルの行動による偶然も重なったが、上手いこと事を運ぶことが出来た。
しかし、時間がなかった。
火事に見せかけたため、煙で誤魔化しているが火が出ないのでは怪しまれてしまう。制限時間は、カインが結界を展開してから数分と言ったところかと考えた。
火事に見せかけると言っても、縫い包みからイシュタルに燃え移った火は本物だった。
ただし、特性の魔道具で着いた火を自由に操作できるという便利なものだったが。
ミュルエナは、イシュタルの髪を掴み顔を上げさせた。
そして、痛みに顔を引きつらせるイシュタルに一際優しく言った。
「ねぇ、あんたは拷問をされたことはないよね?アレってとってもとっても痛くて辛くて。でも、本物の拷問師はね、対象が死なない程度に加減するんだって。でも、あたしはそんな甘いことは出来ないから、思う存分させてもらうね」
そう言って、イシュタルを床に投げ捨てた。
掴んでいた髪が少しだけ抜けたようで、汚いものでは払うかのようにその赤い髪の毛を払った。
そして、床に蹲るイシュタルに馬乗りになりいつか自分がされたように、その指の爪を剥いでいった。
あのときとは違って、今は時間がないので五本の指を一気に剥がしていった。
余りの痛みに、イシュタルは泣き叫んでいたがミュルエナは、それに構うことなく爪のない指を隠し持っていた暗器で一気に潰した。
「はい。痛いでしょう?でもね、お嬢様はもっと痛くて、怖くて、辛かったはずです。こんなものじゃ到底お嬢様が感じた苦しみは分からないよね。全然足りない」
そう言って、今度は逆の手も同じ様にしていった。
暴れるイシュタルを簡単に押さえつけていたミュルエナは、面倒くさそうにイシュタルの顔面を拳で殴って大人しくさせるという行動をとってから言った。
「カーシュも苦しかったと思うよ。大切なお嬢様を守れなかったって。あたしさ、カーシュのこと好きだったんだよね。あいつさ、全然そのことに気が付いてなかったけど。あはは。あたしって馬鹿だからさ、結構あからさまにしてたのに、あいつ全然気が付いてなかったんだよ……。あたしの初恋は、相手にその思いを言葉で伝えることも出来ずに終わったんだよ。ねぇ、この気持あんたにはわからないでしょう?」
返事を期待しての言葉ではなかったが、イシュタルはモゴモゴと言葉を返した。
「わかる……。わたくしも、姉様を愛していたんだもの……。わたくしも、同じよ―――」
バキッ!!
「何がわかるもんか!!この狂人が!!あんたのはただの異常な執着で、あたしの気持ちなんてわかるはずない!!」
そう言って、何度もイシュタルの顔面を容赦なく殴りつけた。
イシュタルは、息も絶え絶えに許しを請うた。
「い゛た゛い゛……ほ゛う゛、や゛め゛て゛、や゛め゛て゛ぇ」
気が済むまで殴ったミュルエナは、今は時間がないということに遅まきながら気が付き冷静さを取り戻した。
そして、これではまだ足りないと今度は何処から取り出したのか細く長い棒状のものをイシュタルの目の前に晒した。
その棒状のものは剣だったようだが、鞘から抜かれた抜身の姿は異常だった。
見たこともないその剣は、少し反り返り片刃だった。しかし、異常なのはその片刃の状態だった。
酷い刃こぼれをしていて、錆びついていたのだ。
とても斬ることは出来ないだろうと思われるそれを取り出したミュルエナは、淡々とした口調でいった。
「あんたは見えてないからわからないけど、この刀であんたのことを切り分けるね」
そう言ってから、懐から取り出した鎖でイシュタルの四肢を壁と繋いだ。
そして、楽しそうな声音で言った。
「この刀は、元々業物だったんだけど、この日のために敢えて刃こぼれさせてから、錆びつかせたんだよ。もう大変だったんだよ。折らないように、ここまで刃こぼれさせるのって。じゃ、右腕からね」
そう言って、繋がれたイシュタルの右腕をギコギコと斬り始めた。
錆と刃こぼれの所為で、徐々に肉は無理やりではあったが斬ることは出来た。しかし、骨は何度刃を動かしても斬ることが出来なかった。
「あ~、なかなか斬れないなぁ。時間がないのに。よし、仕方ない。骨は砕こうか」
そう言って、刀の柄でグズグズの傷口を何度も何度も叩いたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!」
イシュタルは、獣のような声を上げて暴れたが、四肢を鎖で繋がれているためミュルエナの行動を妨げることは出来なかった。
口の端から泡を吹いて、今にでも意識が飛びそうだったが、何故か意識は飛んでいかなった。
何度か柄で殴り骨を十分に砕けたところで、右手を斬るための行動を再開させた。
再び、サビつきボロボロの刃で肉を断つ作業をしているミュルエナは、思い出したでも言うような軽い口調でイシュタルに追い打ちをかけるような言葉を放った。
「あっ、そうそう。どんなに痛くても意識は飛ばないからね」
その言葉を聞いたイシュタルは、先程から与えられる痛みで気を失わない事が不思議でならなかったが、ミュルエナの言葉で絶望的な表情を浮かべた。
「あは!あんたのその顔いいね。そうそう、もっとそういう顔見せてよ。ああ~、楽しい。心のままに、復讐を遂げられるって最高だわ!!って、そうそう、優しいあたしだから種明かしだよ。実は、あんたの食事に毎回少量の薬を混ぜてたんだよね~。あっ、大丈夫。死ぬようなもんじゃないよ。それはね、どんな痛みを与えられても耐えられるって薬さ。拷問用に開発されたもんでね。痛みはそのままに、でも痛みで意識が飛ぶようなことが出来なくなるっていうすぐれものだよ!!」
そう言っている間に、右腕は切断されていた。説明を続けなから、左腕も同じ様に切断していく。
右腕を切り離す作業で要領を得たミュルエナは、話しながら肉を斬り、骨を砕き、また肉を斬るという工程を繰り返していった。
「あたしもね、自分でどうしようもないやつだって分かってるよ。初恋拗らせて、復讐に燃えてさ。でも、この復讐を終えない限り何も前に進まないんだよね。旦那様は、なんか可愛い恋人?出来たみたいだけど。あたしは……。何の思いも伝えられないうちに終わったから……。聞いてよ、あたしカーシュが王都に戻ってきたら告白するつもりだったんだよ。笑っちゃうよね。帰ってきたカーシュは、冷たくなってたんだよ。ボロボロで、真っ白な血の通ってない肌だった。もうね、そんなカーシュ見たら…………。そう、これは復讐と八つ当たりの両方って感じかな~。それに、お嬢様にも全然恩を返せてなかったし。よっと。これで下ごしらえは完成!!」
そう言ったミュルエナは、イシュタルの体の上から退いてその体を見下ろした。
不格好に四肢は切断され、血が大量に流れていたがまだイシュタルの意識はあった。
ただし、虫の息だったが。
イシュタルは、小さく「あっ、あっ」と呻くだけで他に言葉を発することはなかった。
その姿を見たミュルエナは、しまったと言った表情をした。
「あ~、気を失わないけど、イッちゃったねこれ……。改良しないと。でも、この女のお陰でこの薬の欠点が分かって儲け儲け。よし、じゃ、最後に焼き上げたら料理は完成だよ」
そう言って、イシュタルに黒い液体を掛けていった。
そして、十分に液体を掛けた後に用意した火種をイシュタルに落とした。
火種は、イシュタルの体に触れる前に大きな火に変わり、一気にイシュタルの体を炎で包んだ。
体中に火が付いたことで、一瞬意識を取り戻したイシュタルは、狭い部屋の床を転げ回った。
「あ゛か゛か゛か゛か゛か゛!!わ゛た゛く゛し゛か゛ほ゛え゛て゛る゛!!あ゛つ゛い゛、い゛た゛い゛、た゛す゛け゛て゛!た゛゛れ゛か゛、ね゛え゛さ゛ま゛!!こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛、ゆ゛る゛し゛て゛、ゆ゛る゛し゛て゛!!!」
「はんっ!!自業自得だよ!!誰もあんたを許さない!!地獄に落ちろ!!って、こんなことしてるあたしこそ、地獄行き決定感ありますが、それはそれってことで」
イシュタルに掛けた液体は特殊なもので、一気にものを消し炭になるまで燃やすことが出来るものだっっため、あっという間にイシュタルは黒焦げとなっていた。
まだ、息があるようで、小さく体が痙攣していた。
しかし、後数分と言ったところだろう。
このまま止めを刺すかと考えを巡らせていたが、もうタイミリミットだった。
カインが結界を起動させたのが分かった。だから、この復讐劇はこれで幕引きだ。
そして、ミュルエナは証拠隠滅というわけではないが、部屋に仕掛けていた爆薬に火を付けたのだ。
ドゴッンン!!!
大きな音を立てて、地下からその上の部屋は爆発の影響で崩れ、瓦礫に埋め尽くされたのだった。




