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第三章 イシュタル 3

 イシュタルは、腕の中にあるイシュミールの指から忌々しい指輪を外した。

 本当は、投げ捨てたいところだがカインを油断させるには必要だったため、嫌々自らの指にはめた。

 

 そこに、生き残っていた騎士たちがイシュタルの元にやって来た。

 彼らのことも、もう必要なかったので同じ様にお互いに切りあって死ぬように命じた。

 

 全員が事切れたことを確認してから、倒れているイシュミールに近づいた。

 イシュミールの苦しそうな表情を見たイシュタルは、表情を険しくした後に優しくその顔を撫でた。

 そして、用意していた薬を取り出した。

 イシュミールの右の瞼と額にその薬を塗り込み、自らの右の瞼と額にも同じ様に塗り込んだ。

 そして、自分の額とイシュミールの額を合わせた状態で呪文を唱える。

 呪文を唱え始めると薬を塗った部分が熱を持ったのが分かった。

 イシュタルは、合わせた額を通じてイシュミールから伝わってくるものがあるのを感じた。

 呪文を唱え終わる頃には、あるものは全てイシュタルのものになった事を実感した。

 イシュタルは、イシュミールが目覚めたときのことを考えて歓喜に震えた。

 そして、丁寧にイシュミールの腕を布に包んだ。

 

 全ての準備が終わったところで、一人だけ別のお願いをしていた騎士が獲物を連れてやって来た。

 

 獲物は、急いだ様子で洞窟に入ってきたのだ。

 そして、中の様子を見て言ったのだ。

 

「こっ、これは……!!イシュミール!!イシュミールは、無事なのか!!」


 そう、イシュタルは一人の騎士に王宮に向かうように命じたのだ。

 騎士には「イシュミール様たちが、何者かに襲われました。至急救助を!!」と、王宮にいるカインに伝えるように命令したのだ。

 

 そして、イシュミールの身に迫った危機を知ったカインはまんまと安全な場所から誘き寄せられたのだ。

 そのことに内心ほくそ笑んだイシュタルは、それを噫にも出さずに、イシュミールになりきってカインに近づいた。

 

「カイン様!!カーシュが!!それに、イシュタルが!!わたし……、わたし、どうしたら……」


 そう言って、カインに泣いたふりをしながら駆け寄った。

 カインは、イシュタルをイシュミールだと思ったようで、腕を大きく広げて優しく迎え入れた。

 しかし、腕の中のイシュタルを見てカインはハッとしたように、その身を遠ざけようとした。

 

「おっ、お前!!イシュミールじゃないな!イシュタルだな!どうしてこん―――」


 そこまで言ったカインは、イシュタルの瞳を見てしまった。

 カインが自分の瞳を見た瞬間にイシュタルは、力を解放した。

 そして、呆然とした表情でイシュタルの瞳を見つめるカインに、甘い声音でこう吹き込んだのだ。

 

「ふふふ。やっと掛かった。殿下、わたし(・・・)がイシュミールよ。あそこに倒れているのがイシュタルよ。いい?分かったわね?」


 しかし、カインはそれに弱々しく抗った。

 

「イシュミール……。おまえは、ち、がう。イ、イシュミールは、お、れの。おま、えは。ち、ちがう……」


 しかし、瞳を逸らすことも儘ならないカインは次第にその瞳の光を失いやがて、暗い金の瞳は輝きを失った。

 

 カインが堕ちたことを確信したイシュタルは、笑いが止まらなかった。

 思う存分に笑った後に、カインの連れてきていた騎士たちにも力を使って辻褄を合わせた。

 

 イシュタルが雇った男たちを使って襲ってきたこと。カーシュと騎士たちがそれからイシュミールを守ってくれたこと。イシュタルがイシュミールを傷つけようとしたこと。それをカーシュが命がけで防いでくれたこと。その時に、イシュタルの腕が切り飛ばされてしまったこと。イシュミールが、イシュタルの傷の手当をしたこと。

 

 全ては、イシュタルの妄言だった。

 しかし、イシュタルの魅了に掛かったカインと騎士たちはそれを鵜呑みにした。

 カーシュと騎士たちの遺体は、丁重に扱われて、それぞれの家に戻され埋葬された。

 イシュタルだと認識されているイシュミールは、意識のないまま王宮に連れられたのだった。

 

 カインとイシュタルの言葉を信じた国王陛下によって、イシュミールは囚われ人となった。

 

 事件を聞いた両親は直ぐに王都にやって来ていた。

 両親には事前にある程度の計画を刷り込んで(・・・・・)きていたので、上手いこと調子を合わせてくれた。

 

 カインはその後、イシュタルの力の影響なのか体調を崩して寝込んだが、イシュタルにはどうでも良かった。

 

 イシュミールが目覚めた時に、イシュタルは歓喜したのだ。愛おしい姉の右目の視界を手に入れたことに打ち震えたのだ。

 

 今までは、決して見ることの叶わなかった愛おしいイシュミールの見ている景色が、自身の右目に映る度に喜びで体と心が震えた。

 

 右目が見えていないことに気づいて動揺する視覚、カインを見て絶望する視覚、一人きりになり青い空を見つめる視覚。全てが愛おしかった。

 それを見ているのが、イシュタルの喜びだった。

 イシュタルは、とうとう生きている(・・・・・)イシュミールと一つになれたという思いから、一時の間は、満足感を得ていた。

 

 そう、一時は満足したイシュタルだったが、直ぐにイシュミールとの視覚を共有するだけでは足りないと思ったイシュタルは、次の行動に出た。

 大切に保管していたイシュミールの腕の使い道を実行するべく、領地から呼んでいたお願いを聞いてくれるメイドの一人に手配させた。

 王都では、力の掛け直しは出来ないと分かっていたため、領地を出る前に十分に(・・・)力を掛けてきていた。

 

 そのお陰で、今の所は呼んでおいたメイドたちや両親は王都でもイシュタルのお願いを聞いてくれていた。

 

 メイドは、イシュタルの要求に従って腕のいい細工師を探してきた。

 その細工師には、イシュミールの腕が傷まないように(・・・・・・・・・)加工してもらってから、思い出の縫い包みの中にその腕を隠した(・・・)のだ。

 

 完成したそれを受け取ったイシュタルは、微かに香る姉の甘く優しい香りに包まれてたしかに幸せだった。

 しかし、そんなイシュタルにとって予想外の事態が起きていた。

 

 イシュミールの世話は、イシュタルの命令で動いているのとは別のメイドに任せていた。

 そのメイドには、イシュミールを大切に扱うようにと念を押していたのだ。

 それなのに何故か(・・・)そのメイドは、イシュミールをぞんざいに扱っていたのだ。

 それに気が付いたときには、既に遅かった。

 

 一生閉じ込めて、その瞳に映るものを独り占めし、十分にイシュミールを実感しようとしていたというのに、メイドがイシュミールに食事を与えずに、怪我の手当もせずに死に追いやったのだ。

 それにようやく気が付いたイシュタルは、慌ててイシュミールの元に向かった。

 そして、その場には臥せっていたはずのカインが居て、何かを腕に抱いて泣き叫んでいたのが目に入った。

 

 共有していたはずの視界が急に無くなっていたことで、イシュタルは気が付いていたはずなのにそれに気が付かないふりでその空っぽの部屋を見回した。

 愛おしいイシュミールの姿が何処にもなかったのだ。

 イシュミールのふりをすることも忘れて泣き叫ぶカインを問い詰めた。

 

「ねえ、姉様は?姉様は何処?ねえ、ねえ!!!」


 しかし、カインは何も答えなかった。

 そして、その腕に抱く小さな何かを布で包んでから立ち上がって空っぽな声音で言った。

 

「イシュミールは、俺とお前の所為でもうこの世にいない。居なくなってしまったんだよ」 


「嘘よ、嘘よ!!だって、だって!!」


「イシュミールは……、死んだんだ……」


「う、うそよ……。あああああああーーーーーーー!!!」


 イシュタルは、その事実を受け止めることが出来ずに、泣き叫んだ。そんな資格はないはずなのに、イシュミールがもうこの世界にはいないと言う事実に涙が止まらなかった。

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