第二章 彼女はそれにまだ気づいていない 3
そっと部屋を出たシーナは、カインの後を急いで追った。
廊下を少し行くと、カインが廊下の突き当りで立ち止まっていた。
不思議に思って、影から息を殺して見ていると突き当たりだと思っていた床が動き、その下に階段が現れた。
カインは、蝋燭に火を灯してから階段を降りていった。
シーナは、迷った末に恐る恐る階段を降りていった。
階段を降りた先には、いくつかの扉があった。
カインはまっすぐに一番奥にある扉に入っていった。
駄目だと思いつつも、シーナはカインの後を追いかけた。
カインの入っていった部屋の扉はほんの少しだけ開いていた。
シーナは、好奇心に従い駄目だと思いつつもその隙間から中の様子を窺った。
部屋の中は、カインの手にしている蝋燭の明かりが灯るだけで、とても薄暗かった。
カインは、部屋の入り口にあるテーブルに蝋燭を置いてから中ほどまで進んだところで立ち止まった。
部屋の奥の方には、誰か人がいるようだった。
(こんな暗い部屋に?誰だろう?)
そんな事を思いつつ、目を凝らすと奥の方に居るのが女性だとシルエットから分かった。
シーナには、カインが女性を囲っているように見えた。
すると、シーナの胸は刃物で斬られたかのような痛みを覚えた。
何故か痛む胸を押さえつつシーナは思った。
(そうだよね。領主さまも大人だし、恋人がいてもおかしくないよね?でも、どうしてこんな暗い部屋に?)
シーナがそんな事を考えていると、女性の様子がおかしいことに遅まきながら気がついた。
女性は、とても取り乱した様子で床を這っていたのだ。
恋人である女性が床を這っているというのにカインは微動だにしなかったのだ。
そこで、シーナは何かがおかしいと思ったが、それが何かは分からなかった。
ただ、中の様子をじっと見ることしか出来なかった。
シーナが中の様子を見ていると、女性が何かを言っていることに気がついた。その声は次第に大きくなり、部屋の外から覗いているシーナの耳にも聞こえるほどにまで大きくなったのだ。
「ねぇ、どこにいるの?お願い、わたくしを一人にしないで!!お願い!!」
女性は、そんな事を言いながらさらに必死に床を這って、何かを手で探るように探していた。
カインは、そんな女性が目に入っているはずなのに声をかけることもせずにただそんな女性を見下ろしていた。
カインの表情は、シーナからは見ることは出来なかったが、カインの握っていた拳が小さく震えていたことだけは、シーナの目にもはっきりと見えた。
その間も、女性は床を這い必死に何かを探してた。
そして、その女性はとうとうカインの足元に落ちていた赤ん坊ほどの大きさの兎の縫い包みを見つけて、それを手元に手繰り寄せた。
その縫い包みをとても大切なもののように、そっと腕の中に抱きしめた。
女性の表情は見えなかったが、聞こえてくる声音からそれがその女性にとって、とても大切なものなのだとシーナには分かった。
「見つけたわ。もう、どこにも行かないでね。わたくしを一人にしないでね?」
女性がそう言って、さらにその縫い包みをぎゅっと抱きしめた。
そして、その女性は大切そうに抱いた縫い包みに向かって言ったのだ。
「姉様。もう、何処にも行かないで。わたくしと、ずっと一緒にいてね?お願いよ?」
その言葉を聞いたシーナは、背筋が凍りつくのが分かった。
(いま……、あの人。ねえさまって……。まって、まって。だめ、そんなこと考えちゃだめ。まさか、そんな……。あの人は、イシュタル?どうして、どうしてなの?領主さま?どうしてここにイシュタルがいるの?まさか、かん…きん……してるの?どうして?領主さま……、カインさま……)
シーナがそんな事を考えていると、カインがイシュタルに掴みかかり拳を大きく振り上げた。
しかし、その拳は振り下ろされることはなく、カインはイシュタルが大切に抱いていた縫い包みを引き剥がし放り投げただけだった。
しかし、縫い包みを取り上げられたイシュタルは、大きな悲鳴を上げた。
「いやーーーーーーー!!姉様!!!姉様は何処!!!いや、嫌よ姉様、姉様ーーーーーーーー!!!!行かないで、わたくしから離れていかないで!!!」
悲鳴を上げるイシュタルの襟首を掴んだままだったカインは、襟首を締め上げるようにしてイシュタルの体をガクガクと揺すりながら怒鳴りつけた。
「イシュミールはもういない!!!俺とお前が彼女を殺したんだ!!彼女は死んだんだ!!!」
「姉様はそこにいるわ!!さっきまでわたくしの腕の中にいたわ!!貴方がわたくしからまた奪ったのよ!!姉様を返して!!返せ返せ!!!返してよ!!!姉様、姉様!!!!」
カインの言葉を聞いたイシュタルは、イヤイヤと首を振って泣き叫んだ。
イシュタルの叫び声と、カインの怒鳴り声を聞いたシーナは、体から急激に力が抜けていくのが分かった。
立ち上がることも出来ず、ただ震える体を両手で抱きしめることしか出来なかった。
そして、シーナは自然と頬を伝う雫に気がついた。
それは、何に対する涙だったのか、シーナには分からなかった。




