第二章 彼女はそれにまだ気づいていない 1
四人が王都観光をするために向かったのは、商業区画だった。
商業区画には、食べ物屋は勿論、服やアクセサリー、雑貨、書店など様々な店が集まっていた。
シエテとフェルエルタは、シーナに似合いそうな服やアクセサリーを見つけてはそれをシーナに買い与えようとした。
その度にシーナは、「試着するだけでとっても楽しいよ!」と言って二人が購入しようとするのを必死に止めていた。
クリストフは、そんなシーナを見て「別に、姉ちゃんは稼いでるし買ってもらえばいいのに。そんなに嫌なら、俺が買ってもいいよ。っていうか、俺がプレゼントしたいな」と言って、シーナの味方なのかそうでないのか微妙なポジションだった。
そんな訳で、三人からのプレゼントをなんとかやり過ごしている間に、昼時となっていた。
四人は、宿泊施設で聞いたおすすめの食堂で昼食を摂るべく移動を開始した。
おすすめされた食堂は、どちらかと言うとカフェといった雰囲気の女性に好かれそうな洒落た作りの店だった。
シーナは、店に入るなり可愛い作りの店内に瞳を輝かせていた。
そんなシーナを見つめる三人の心はひとつだった。
「シーたんの喜ぶ顔最高に可愛い」
「シーちゃんの笑顔最高(に尊い。シーちゃん可愛い)」
「シーナちゃんの笑顔は最高に可愛い」
花のような可愛らしい笑顔を浮かべるシーナをさらに甘やかに見つめるシエテたちは、店内に居た他の客や店員たちの目を釘付けにしていた。
―――あの四人組が、麗しすぎて幸せすぎる。はぁはぁ。
店に居る他の客や店員たちの注目を一切気にせずに四人は、通されたテーブルで楽しそうにメニューを見つめていた。
シーナは、メニューを見ながら真剣にふわふわオムライスとトロトロデミバーグの2つで迷っていたが、シエテが蕩けるような笑顔で悩むシーナに言った。
「シーたんは、そのオムライスとハンバーグで悩んでるんだよね?2つ頼んで俺と半分こにしよう?そうすれば2つ食べられるよ」
シエテの提案にシーナは、メニューから顔を上げて瞳を輝かせた。
そして、シエテの瞳を見つめてぱっと輝く笑顔を見せた。
「ありがとう!!でも、にーには良いの?」
「うん。シーたんの笑顔が見られるのが一番嬉しいから」
そう言って、シーナの頭を優しく撫でた。
仲良しな双子の様子を見て、一歩出遅れたフェルエルタは内心悔しく思ったが、恐らく自分が提案してもシーナは遠慮して頷かなかった可能性を考えてこれで良かったと思いながら、シーナの笑顔を心に焼き付けるべくガン見していた。
おすすめされるだけはあって、頼んだ料理は全て美味しく、四人はとても満足した気分で食事を進めていた。
食べながらの会話は、この後何処を見て回るかということだった。
シエテとフェルエルタは、シーナに似合う服をどうしてもプレゼントしたいと言って聞かなかったため、シーナは困り顔をしながらどうにか諦めてもらえないかと頭を悩ませていた。
結局二人に諦めてもらう良い案が浮かばないまま、食事が終わったため店を出た。
シエテとフェルエルタの強い希望で結局もう一度、洋服店が多く並ぶ区画に向かうことになった。
四人で楽しく会話をしながら店に向かっていると、シーナの目に偶然一人の女性の姿が目に入った。
それは、本当に偶然だった。
女性は、一人で店先に飾られている靴を見ていた。
シーナの目には、女性が赤い色の靴と青い色の靴で悩んでいるように見えた。
そんな女性を見ていたシーナは、その女性の背後に忍び寄る男の姿が目に入った。
あっと思ったときには、既に遅かった。靴の色で真剣に悩んでいる女性のバッグから財布が抜き取られていたのだ。
シーナは、体が勝手に走り出していた。
驚くシエテ達に、「あのお姉さんのお財布が取られちゃったよ!!」と言い残して男を追うべく走り出していたのだ。
男も、シーナに気が付かれたことが分かったようで、必死に走るスピードを上げた。
シーナは、男に撒かれないようにと必死に追いすがった。
裏道など、複雑に曲がりくねった道を走る男を追いかけてシーナは全力で走った。
最初に体力が尽きたのは男の方だった。
足がもつれたようで、蹌踉めいた所を透かさず距離を詰めてとうとう男を捕らえることに成功した。
シーナは、ぜえぜえと荒い息を吐きながら、捕まえた男に盗んだものを返すように言った。
「おっ、おじさん……。お姉さんに、お財布……。返して……」
「しっ、知らねーよ!!」
そう言って、諦め悪く男は白を切って暴れだした。
男は、腕を掴むシーナを振り払うように腕を振るった。
逃さないように、必死に男を掴んでいたが暴れまわる男の拳が頬に当たり、怯んだ隙きに男を掴む手が緩んでしまったのだ。
男は、その隙きを逃さずにシーナの頬をもう一度、今度は明確な狙いをつけて固く握った拳で殴りつけた。
頬を殴られた衝撃でシーナは、堪らず男を掴む手が離れてしまい地面に勢いよく叩きつけられて転がってしまった。
地面に倒れ伏したシーナを尻目に男は捨てぜりふを残して走り去ってしまった。
「けっ!このクソガキが!!」
シーナが、起き上がったときには既に男の姿は何処にもなかった。
その場に残されたシーナは、女性の財布を取り戻せなかった悔しさと、一人で動かずにシエテ達に頼れば財布を取り戻せたという後悔から、その場をなかなか動くことが出来なかった。
更に悪いことに、男を必死に追いかけていたためここが何処なのかまったく分からなかったのだ。
初めてくる王都で迷子になってしまったシーナは途方に暮れた。
悪いことは続くもので、迷子になったシーナの頭上には暗雲が立ち込め始めた。
そして、冷たい雫がポツポツとシーナの肌を濡らした。
冷たい雫は、あっという間に大雨となりシーナの全身を濡らした。
心細さと雨の冷たさでシーナは泣きそうな気持ちで、ただ下だけを見ながらトボトボと力なく歩いていた。
どのくらい歩いたのだろか、急に雨が止んだ。
いや、雨は止んではいなかった。
シーナが雨が止んだと思ったのは、彼女に傘をさしてくれる人物がいたのだ。
シーナは、シエテがシーナのことを見つけてくれて傘をさしてくれたのだと思い、込み上げる嬉しさからぱっと顔を上げた。
そして、改めてシーナに傘をさしてくれている人物を見て表情を嬉し気なものから強張ったものに変えたのだった。
そこには、青い顔色で目の下に隈を作ったカインがいたのだった。




