第四章 蓋をしたはずの気持ち 5
「ぬっ殺す!!愚弟!!ぬっコロコロ殺す(だっ、誰がそこまでしていいといった!!許さん、許さんぞ!!)」
そう言って、暴れるフェルエルタがシエテとともに草陰から転がり出てきた。
しかし、転がり出てきたフェルエルタとシエテはとんでもない事になっていた。
フェルエルタは、シエテの左腕を両足で挟んだ状態で、その左の親指を天に向くような形にした上で手首を掴み、自身の体に密着させていた。
そして、骨盤周辺を支点にシエテの左腕を反らせていた。
シエテの左腕の肘関節は完全に極まっていた。
俗に言う、腕ひしぎ逆十字固めをシエテに極めた状態でフェルエルタは、クリストフに狂犬のような獰猛な視線を向けていた。
シエテは「ちょっ、フェルエルタ!ギブ!ギブ!!」と、フェルエルタに訴えていたが黙殺されていた。
クリストフは、「ちっ!後もう少しだったのに」と、悪怯れる様子もなくシエテに関節技を極めている姉を一瞥した後にため息を吐いた。
そして、シーナの体の上から退いてから、シーナの身を起こして言った。
「シーナちゃん。急にごめんね。でも、俺は本気だから。冗談でないから、俺を一人の男として意識して欲しい。シーナちゃんの隣りにいる男として俺を見て欲しい」
そう言ってから、優しくシーナの髪を手櫛で梳いた。
シーナは、産まれて初めて異性からアプローチをされたことに遅れて気が付き急に恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。
(うっ、うそ……。クリストフが、私のこと。えっ、ど、どうしたらいいの?でも、クリストフは友達で……。どうしよう、どうしよう)
シーナが自分のことで狼狽えて、耳まで赤くなっている様子を見たクリストフはこれで良かったと腹を決めた。
シーナの様子がおかしくなったのは、領主が屋敷に戻ってきた日だと気がついていた。しかし、いくら何でも二人の間に何もあるはずはないと高を括っていた。
だが違った。先程カインを見たときの、シーナの見せた一瞬の怯えたような表情にクリストフは、何かあったのだと確信した。
少し焦っていたのもあったが、どうしても抑え切れなかったのだ。
誰にも奪われたくない、無垢なシーナの全てが欲しいと。
正直、クリストフは転がり出てきた姉に感謝をしていた。
もし、あの時姉が出てこなかったら、無理やり唇を奪うだけではなく、とんでもないことをしでかしていた自信があった。
クリストフは、これからはもう照れ隠しで道化を装うのはやめようと決意した。
そうでないと、いつどこの誰にシーナを奪われてしまうか分からないのだと今回のことで気付かされたのだ。
だから、出来るだけ優しくし、甘やかし、愛を囁く。
シエテの牽制だって関係ない。
もう、心は偽れない。
クリストフがそんな事を決意している一方、事の次第を見ていたカインは胸のモヤモヤが先程の比ではないことに動揺していた。
(俺はどうしたんだ?もしかして……。いや、それはない。そうだ、もし、もしだ。あのまま、彼女と結ばれていたら、きっとあの子くらいの子供だっていたかもしれない。そうだ、娘のように思っていたあの子の、あんな所を見てしまって俺は、動揺しているだけだ……。それ以外ありえない……)
自分に言い聞かせるようにカインは、何度も何度もそう心の中でそう繰り返し考えた。
カインがその場を去っていくのを横目に見ていたシエテは、これで良かったんだと思いつつも、未だに自分の関節を極めたままのフェルエルタに腹の底から訴えた。
「フェルエルタ~~~~。いい加減にしろ!!!!」
そう言われた、フェルエルタは慌てる素振りもなく関節技を解いた。
そして、無表情で小首をかしげながら言った。
「(本気で)忘れてた(てへぺろ(・ω<))」
「いや、普通忘れないからな!!それに、首を傾げても、凄んでるようにしか見えないから、逆に怖いわ!!」
相変わらずの二人のやり取りに、クリストフは思い出したと言わんばかりに言った。
「そう言えば、姉ちゃんはどうしてシエテに腕ひしぎ逆十字固めを極めてたんだ?」
そう言われた二人は顔を見合わせてから、それぞれ明後日の方向に視線をさまよわせてから声を揃えて言った。
「シーたんのため」
「シーちゃんのため」
見事にシンクロした後、二人は顔を見合わせて心から嫌そうな顔をした。
ただし、表情筋の一切動かなかったフェルエルタはいつも通りの無表情だったが。




