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第四章 蓋をしたはずの気持ち 4

「にーに、お姉ちゃん。おかえりなさい」


「シーたん。ただいま。空いてる壺、家から持ってきたよ。そっちの作業はどう?」


「聞いてよにーに!クリストフったら、搾り機に一気に蜂の巣を入れて搾ろうとするんだよ!搾り機が壊れちゃわないか心配してるのに、どんどん入れて搾っちゃって。蜂蜜を入れる壺をにーにたちが持ってきてくれる待ちたかったのに、零れた分はどんどん舐めちゃうし。受け皿に零れた蜂蜜も舐めちゃうし」


「え~、だってシーナちゃん。それは舐めてもいいって言ったよね?」


「言ったけど、作業が終わってからちゃんとスプーンで掬ってってことだよ?どうして、受け皿のそのまま舐めちゃったの?」


「だって、トロトロで美味しそうだったんだよ!それに、作業前に全部洗ってるし、直接舐めても大丈夫だよ!!」


「めっ!お行儀悪いことしちゃ駄目なの」


「わかった。それなら、俺もちゃんと反省する。だから、結婚しよう!」


 カインが思わず見てしまった作業小屋の中では、そんなやり取りが繰り広げられていた。

 

 それを見たカインは、脱力してしゃがみこんだ。

 そして、自分が考えていた恥ずかしい妄想に頭を抱えた。

 

(おっ、俺は、なんてことを考えていたんだ!!というか、あの女性……。俺の事をいやらしいって……。えっ、まさか俺が恥ずかしい妄想をしているって……。いやいや、ないない……。ない、よな?)


 そんな事を一人考えているカインを他所に、中ではシエテとフェルエルタが持ってきた壺に、残りの蜂の巣を搾る作業がされていた。

 

 作業が終わったところで、シエテは思い出したように空いたままの扉に向かって声をかけた。

 

「そう言えば、領主様?どうしてここに?」


 その言葉を聞いたカインは、はっとして顔を上げた。

 忘れかけていた目的を思い出したカインは、立ち上がり小屋の中に入ってからシーナに視線を向けた。

 シーナは、カインと視線が合うと顔色を変えた。

 そして、カインが声を掛ける前に、シエテに一言断りを入れてシーナは外に飛び出していってしまった。

 

「にーに、ごめん。ちょっと……、外の空気吸ってくる」


 カインとすれ違いざま、シーナは一瞬だが怯えた表情を見せた。

 直ぐに追いかけようとしたが、それよりもクリストフがシーナの後を追いかけて行ってしまい、カインは取り残されるような形となった。

 

 どうしたら良いかと、カインが迷っているとフェルエルタが声をかけてきた。

 

「領主様。追いかけないで。愚弟のターンだから(頑張れ、愚弟。シーちゃんと義理の姉妹になるためには、愚弟の頑張りが必須。よくわからないけど、今がチャンスな気がする。愚弟よ。確実に、このチャンスを掴み取るのよ)」


 フェルエルタの、何を考えているのか分からない視線と目が合ったカインは、一瞬迷ったが、知ったことかと視線を振り切るようにして走り出した。

 

「おい、フェルエルタ。今のどういう意味だ?」


「どうもない。全部シーちゃんのため(シーちゃんは、領主様のこと避けた。領主様の存在は、危険な気がする。愚弟じゃ、シーちゃんと全然釣り合わないけど、その分は私が埋める。そう考えると、全部丸く収まる。うん。良い案)」


「は?そう言って、お前の欲望ダダ漏れだから。シーたんは、シーたんを心から大事にできる奴にしか任せられない」


「なら、(私は)適任(可愛いシーちゃんを大切に出来る!と断言できる!!問題ない)」


「全然、問題ありまくりだろうが!!」


 そう言って、シエテも走り出した。それを追うようにフェルエルタも走り出したのだった。

 

 

 作業小屋から、それなりの距離を行ったところでカインは立ち止まった。

 茂みの向こうに、シーナとクリストフが座って何かを話しているのが見えた。

 シーナは、三角座りをしていて膝に顔を埋めていた。

 クリストフは、その横に座り真剣な表情をしていた。

 

 カインは、二人の話が気になってしまい、駄目だとは分かっていても茂みに身を潜めて耳を欹てた。

 

 少し聞きづらかったが、二人の会話が聞こえてきた。

 

「なぁ、ここ数日元気がないのは……」


「何でもないよ。ただ、ちょっと怖い夢を見るだけ」


「どんな?よかったら聞くよ?それに、人に話したほうが楽になるって言うし」


 シーナは、ただ緩く首を横に振っただけで何も答えなかった。

 クリストフは、それにも滅気ずに話を続けた。

 

「そっか、言いたくないなら聞かないよ。でも、辛いことがあるのなら頼ってもらいたいな。俺、シーナちゃんのことが大好きだから」


「ふふふ。クリストフはいつもそう言うよね。好きってなんだろうね?」


「う~。その人の事が気になって、いつもその人の事を考えちゃう。その人の笑顔が見たいとか。ちょっと困った顔が可愛いとか。嫌われたくないとか。色々な感情が、こう、胸の中で暴れて、ジタバタしたくなったり。自分のことなのに、自分で制御出来ない気持ち?」


 そう言って、クリストフはそれを表現するかのように手を振り回して暴れる振りをして見せた。

 膝から顔を上げて、クリストフの珍妙な動きを見たシーナは、くすりと小さな笑みを見せた。


「ふふ、なにそれ?変なの」


「シーナちゃんはそういったことない?」


 クリストフに問われたシーナは、何かを考えるように顔を上げて、流れる雲を目で追いかけた。

 

「じゃぁ、苦しそうな顔を見たら、自分も苦しくなったり。別の人を見ているのが分かって、悲しくなったり。もしかして、これもそうなのかな?」


 空を見上げていたシーナは、クリストフの方を向き、とても悲しそうな眼差しで静かにそう言った。

 

 クリストフは、その表情が余りにも辛そうで、そんな辛そうな目をしてほしくなくてつい声を上げてしまった。

 

「シーナちゃん!!どうして、どうして。俺にしなよ!俺なら、シーナちゃんを大事にするよ!」


「どうしたの?私はもう、みんなに十分なくらい大事にされているよ?」


「違うよ!!俺は、君が一人の女の子として好きなんだ。愛しているんだよ!一生を添い遂げたいくらい大好きなんだよ」


「クリストフ……」


 驚いた表情をしたシーナを見たクリストフは、大きく澄んだ青い瞳に映し出された自分の欲に歪んだ表情を見て後悔したが、もう止められないし、止まることなんて出来ないと考えてシーナを押し倒し、その細い手首を掴んで柔らかい草の生い茂る地面に縫い止めた。

 

 驚き、瞳を大きく開いたシーナを見てクリストフは自然と喉が鳴った。

 

 青々と茂る若い草の上に仰向けに倒れたシーナの緩く編んだ三編みが解けて広がり、少し薄い胸が呼吸するたびに小さく上下していた。

 なにか言いたげに小さく開いた唇は、薄く色づき、きっと柔らかくて甘いのだろうと欲望を掻き立てた。

 花に蜜蜂が誘われるように、その薄く開いた唇に自らの唇を寄せようとした。

 後もう少しで、お互いの唇が触れ合うといったところで、茂みから人影が転がり出てきてそれを阻止したのだった。

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