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第四章 蓋をしたはずの気持ち 3

 シーナの膝枕で眠ってしまった日の翌日、カインはソワソワしながらも書類仕事をしていた。

 

 柔らかく、甘い匂いに包まれたカインは久しぶりにぐっすりと眠ってしまった。

 あの日からカインの眠りは浅くなり、まともに眠れたことなど無かったのだ。

 

 久しぶりに体が軽いと感じた。

 

 ソワソワしながら仕事をしていたが、いつの間にか必要な書類が全て書き上がっていた。

 カインは覚悟を決めてシーナに昨日のことを謝りに行こうと執務室から外に出た。

 

 昨日は長い時間シーナの膝の上で眠ってしまった。

 そのことが少し恥ずかしくもあったが、カインは会いたいと感じる心を抑えることが出来なかったのだ。

 

 執事には散歩に出るとだけ言って、執務室を出て庭園に向かった。

 庭園を見渡すと、ソル夫婦が作業しているのが見えた。


 カインは、何気なさを装ってシーナの居場所を聞いた。

 しかし、残念なことにシーナは街に降りていると返事が返ってきた。

 

 残念に思いつつも、屋敷にそのまま引き返した。

 だが、その次の日も、そのまた次の日もシーナに会うことは出来なかった。

 

 シーナとのすれ違いが数日ほど続いたある日、ソル夫婦からシーナが森に行っていると話を聞いたカインはその足で森へと入っていった。

 

 ソル夫妻の話によると「領主様、養蜂のこと。本当にありがとうございました。シーナったら、今日は蜂蜜を搾るって森に出かけているんですよ」と、言うことだったため、養蜂をしている場所を思い出しながらその場所に向かった。

 

 数日ぶりにシーナの顔を見られると思うと、カインの足取りはいつもよりも早いものとなっていたが、そのことにカインは気が付かなかった。

 

 数分ほど歩くと、目の前に養蜂場と小さな作業用に作られた小屋が見えてきた。

 巣箱の付近にはシーナの姿が無かったことから、小屋の中で作業をしていると考えて、小屋に向かって進んだ。

 

 カインは作業小屋の扉の前で立ち止まった。

 数日前にシーナの膝枕で眠ってしまったことを思い出し、どんな顔をすれば良いのかと急に照れくさくなってしまったのだ。

 そんな事を考えていると、小屋の中から人の声とギシギシという物音が聞こえてきた。

 てっきり、シーナが一人でいると思っていたカインは胸がモヤモヤとした。

 カインは、胸に手を当てて首を傾げた。

 

(ん?どうしたんだ?急に胸が……。今日の食事のメニューはそんなに重いものではなかったはず……。先程まではなんとも無かったのだが?)


 そんな事を考えていると、小屋の中から聞こえてくる声が先程よりも大きなものとなりカインの耳に届いた。

 

「だっ、だめ!!そ‥に…ないよ」


「だい…ぶだよ。もう、こん‥トロト‥なってる」


「だめだよ。それ…うは、む…ら」


 シーナとシエテではない知らない男の声が切れ切れに聞こえてきた。

 カインは、とっさに扉に張り付き耳を欹てた。

 

 中からは、先ほどと変わらずギシギシという音とその他にもピチャピチャという水音が聞こえてきた。

 

 シーナと知らない男との会話も鮮明に聞こえてきた。

 

「駄目だよ。そんなに大っきいの。壊れちゃうよ」


「大丈夫だよ。少しずつ入れるし。ちゃんと解すから」


「そっ、そんなに一気にいれたら溢れちゃうから!!」


「あぁ。本当だね。もうこんなに壺から溢れちゃったね。もったいないことしちゃったなぁ。でも、俺が舐めるから勿体なくないよね?」


「駄目だよ。そんなとこ舐めたら汚いよ」


「大丈夫だよ。全然汚くなんてないし。だって、最初に一緒に洗ったから凄くキレイだよ?全然汚くなんてないよ?」


「そういうことじゃないよ。そんなとこ直接舐めちゃ駄目なの」


「でも、このままじゃどんどん溢れちゃうよ?良いの?」


「良くないよ。だからお願い。それ以上は入れないで」


「え~。でも、いっぱい入れたほうが一度に沢山出ると思うんだけどなぁ?」


「駄目!!ちょっとずつ優しくして。そんなに乱暴にされたら壊れちゃうよ!!」


「俺はとっても丁寧に扱ってるよ?ほら、よく見て。ここだよ。凄くよく締まるから、ちょっと揺らすとどんどん溢れてくるよ?」

 

「そういうことじゃないよ。早く、それとって!」


「え~。でも零れた分は俺が舐めても良いって言ったよね?もっと甘いの舐めたいよ~」


「言った。言ったけど、無理に零そうとするの禁止!!」


 そこまで聞いたところで、中で起こっている事を想像したカインは居ても立っても居られなくなり、混乱したカインは勢いよく作業小屋の扉を開けた。

 いや、正しくは開けようとしたが出来なかったのだ。

 カインが扉を開ける前に、背後から声をかけられたことで実行することは出来なかったのだ。

 驚いたカインは、飛び上がりそうになった自身をぐっと堪えた。

 

「領主様?扉に張り付いてどうしたんですか?」


 後ろから声を掛けられたカインは、冷静さを装って振り向いた。

 そこには、カインを胡乱な目で見るシエテと、無表情のフェルエルタが立っていた。

 

「何も……」


 何と答えて良いのか分からずに、それだけ口に出して黙ったカインをシエテは胡散臭そうに見た後に言った。

 

「領主様?中に入りたいのですが、退いていただけますか?」


「あっ、いや。今は不味い。色々と不味い」


「は?何が不味いんです?それよりも早く退いてくれませんか?」


「いや、しかし」


 一人、慌てふためくカインを他所に、シエテはそれに構わずにカインを押し退けて扉を開けた。

 カインは、中で起こっていることを想像して顔を背けた。

 

 そんなカインを知ってか知らずか、シエテは何事もなかったように中に入っていった。

 それに続くように、シエテとともにいたフェルエルタも中に入っていった。

 フェルエルタは、カインとすれ違いざまに小さな声で言った。

 

「領主様。いやらしい」


 そう言われたカインは、驚き思わず視線でフェルエルタを追った。

 そして、見てしまったのだ。

 作業小屋の中で、蜂の巣を搾っているシーナとクリストフの至って健全な姿を。

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