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第四章 蓋をしたはずの気持ち 2

 カインは屋敷に戻ってきてすぐに、シーナの様子を見に行った。

 2年前に初めて会った時から、何故か気になる女の子だった。

 初めは、カインをおっさんと呼ぶ失礼な子供だと思った。

 もう会うことはないだろうと思ったが、気が付くと翌日も少女に会うために森に向かっていた。

 その時だ。初めて少女の青く澄んだ大きな瞳と目が合った時に失ったと思ったはずの心が揺れた。

  

 一度会うと、別れ際にまた会いたいと思ってしまう。

 離れがたいと思ってしまう。そんな自分に嫌悪した。

 



 初恋だった。彼女を見た時、これが運命の人との出会いなのだと思ったほどだった。

 幼い頃、誰からだったのかもう忘れてしまったが、この国に伝わる運命の人という言葉を聞いたのが始まりだった。

 

 精霊の血が流れる王族や貴族はもちろん、少しでもその血が流れるものは稀にではあるが運命の人と出会ってしまうという。

 一度出逢えば、その二人はその運命に抗うことは出来ず添い遂げるという。

 幼い頃は、その話を聞いていつか自分にもそんな運命の人が現れるのかと、胸を高鳴らせたものだった。

 勉強は嫌いだったので図書室には滅多に行かなかったが、運命の人のことが書かれている書物を読むことだけは好きだったため、書かれた書物を読むために何度か訪れた。

 昔の出来事なため、眉唾な話が多かった。

 例えば、運命の人だった令嬢が異世界に逃げたため執念で異世界から再召喚した王子の話や、性別を超えて運命の人と結ばれた王子の話など、まるで夢物語のような話だ。

 

 しかし、初恋の相手が違ったと知った時そんなものだと思った。

 だが、直ぐに初恋の相手は間違ってはいなかったと知り、やっぱり運命の人なのだと思った。

 

 彼女もカインのことを慕ってくれて、贈った指輪をいつも愛おしそうに撫でていた。

 

 彼女と結ばれて生涯を共にすると思っていた。

 

 思っていたが、そうはならなかった。

 

 自分が迂闊で愚かで、子供だったせいで守れなかった。その所為で初恋の相手が悲惨な死を迎えることとなってしまった。

 

 正気に戻った時には何もかもが手遅れだった。彼女は右足だけを残し、この世から消えてしまったのだ。

 遺体すら残らなかった。残ったのは、小さな右足だけ。

 これが、自分に与えられた罰なのだと思った。

 

 彼女を失ってから、感情が一切動かなくなった。だがそれが何だというのか。

 カインは、彼女からすべてを奪ったのだ。

 

 カインは慟哭した。

 だが、彼女はもう戻らない。

 それからは、何もかもどうでも良くなった。

 

 彼女との繋がりは記憶の中にしか無かった。


 何故か、彼女から贈られた刺繍の入ったハンカチがなくなっていた。

 大切にしていた、彼女と庭園を散歩した時に摘んで、お揃いだと笑い合って押し花にした栞も。

 彼女が髪につけていたリボンを引っ張ってイタズラした時に、困った顔をした後に優しく微笑んで髪を結っていたリボンを解いて手渡してくれた。あの、白いレースのリボンも。

 

 何もかも宝箱から消えていた。

 

 これも、罰なのかとカインは思った。

 彼女からの贈り物を持つ資格もない自分に対する、罰なのだと。

 

 そして、罪だと分かっていても彼女を偲ぶ形見を欲したカインは凶行に及んだ。

 協力者もいたため、事はうまく行った。

 しかし、ポッカリと空いた心の穴は決して埋まらなかった。

 

 そんな時、協力者の一人が言ったのだ。

 

「王子殿下……。過去だけを見ているだけでは駄目です。私も人のことをとやかく言える状態ではないですが……。お嬢様はきっと、今の王子殿下を見たらきっと悲しみます。だから、少しでも良いので前を見ましょう」


 それからカインは、無気力なことに変わりは無かったが少しずつ前を向き始めた。

 

 その第一歩として、イグニシス公爵家に行くことを思いついた。

 公爵家には昔、強大な魔力を持った令嬢が生まれたそうで、その力の所為で呪いを受けていたのだ。

 その呪いを何とかするべく、公爵夫妻はなにか手立てはないかと書物を集めたという。

 カインは、当時何故自分が正気を失っていたのか分からなかった。

 元凶と思われるイシュタルに問いただしても口を割らなかったのだ。

 

 知りたかった。愚かな自分が陥ったものが何だったのかを。

 知ったところで今更ではあるが。だが、知りたかったのだ。

 

 そして、イグニシス公爵家で知った。

 

 カインは知ったその足で王都に戻って、また罪を犯した。

 

 いつもその罪と向き合うと、心が荒れた。失ったはずの、蓋をして奥底に封印したはずの心が慟哭した。

 

 それからは、イグニシス公爵家と王都を行き来するようになった。

 

 イグニシス公爵家で調べ物をする際に、領地経営を学んだ。

 知ってはいたが、公爵に連れられて領地を周ったり実際に仕事も手伝った。

 

 彼女を失ってから初めてやりがいを感じた。

 失ったはずの心が戻ってきたように感じた。

 改めて思うと、ただの思いつきだったとカインは苦笑いを浮かべた。

 

 王都に居ると心がすり減り、凶暴な気持ちが抑えられなかった。

 だから、直轄領で王都から一番離れたディアロ領を拝領したいと我儘を言った。

 

 カインの酷い状態を見ていた国王陛下と王妃はそれを許した。

 カインが少しでも立ち直れるのならと。

 

 それからカインは王位継承権を放棄して、カイン・ディアロとして生きることになった。

 

 拝領した領地の屋敷は広大で見事な庭園が広がっていた。

 特に、薔薇の咲き誇る様は見事としか言いようがなかった。

 だが、カインはそれに背を向けた。彼女との思い出が湧き上がり愛おしさで頭がおかしくなりそうだったから。

 だから、領地に就任してすぐに庭師の夫婦に薔薇をすべて他のものに植え替えるように指示を出した。

 薔薇は、直ぐに庭園から姿を消した。

 

 カインは、領地を良くするためにと屋敷に居るときは、執務室に籠もり書類仕事をした。

 もともとそれなりに豊かだったディアロ領は、更に豊かになっていった。

 

 罪を忘れるように領地を周り、罪と向き合うために王都に向かう。

 そんな生活を何年も送っていた。

 

 偶然だった。

 

 小さな少女に会った。

 太陽のような少女だった。

 目が合った時、すり減って無くなったと思っていた心が大きな音を立てるのが分かった。

 そのことに動揺して身動きが取れなかった。

 気が付くと、毎日のように彼女の顔を見に行った。

 顔が見たい。声が聞きたい。

 

 自分はなんて浅ましいのだと、顔を歪めた。

 だが、やめることは出来なかった。

 彼女のことを忘れたわけではない。罪を忘れたわけではないと言い訳をしながらも、彼女のもとに向かってしまうのをやめられなかった。

 

 王都から戻るとどうしても彼女の顔を見たくなった。

 少女がそこにいるのだと確認せずにはいられなかったのだ。

 

 ああ、こんな俺を許さないでくれイシュミール。

 

 すまない。許してとは言わない。ひとりで逝かせてしまったことを。愛してる。ごめん。ごめん。イシュミール、愛してる。

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