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第四章 蓋をしたはずの気持ち 1

 年の近い友達が出来てから月日は経ち、シーナとシエテは16歳となっていた。

 シエテは身長がぐっと伸びて、身長があまり伸びなかったシーナは、そんなシエテを見上げないといけないくらいに身長差が付いてしまっていた。

 

 シーナは身長は伸びず小さかったが、体つきは多少ではあったが女性らしくなっていた。

 長身でスタイルの良いフェルエルタと並ぶと分かりにくくはあったが。

 

 シーナは、今現在も領地の外に行くことは叶っていなかったが、初めて出来た友人と過ごすことが楽しくて忘れていたこともあった。

 

 現在は、カインから許可を得て始めた養蜂で蜂蜜を採るのが楽しみになっていた。

 今年は、養蜂2年目となり去年よりも沢山の蜂蜜が採れるだろうとシーナはワクワクしながら過ごしていた。

 

 蜂蜜が取れたら、フェルエルタに教えてもらってお菓子を作りたいと考えながら庭園の作業をしていた。

 今は、剪定も任されるようになっていた。

 

 シエテと手分けして庭園の作業をしていると、屋敷の方が賑やかになったのが分かった。

 作業の手を止めて屋敷の方を見ていると、一人の男がシーナの方に歩いてくるのが見えた。

 

 シーナは、歩いてくる男を見て眉をひそめた。

 

(はぁ。領主さま、王都から戻ってくるといつも少し窶れてて、顔色も悪い。どこか悪いのかな?)


 カインは何故か、王都に行って戻ってくると必ずと言っていいほど、窶れて目の下に隈を作り、顔色を悪くさせて戻ってくるのだ。

 数日屋敷で過ごすと元に戻っているが、まるで生きた屍のようなその姿を見るとシーナは落ち着かない気持ちになった。

 

 今回も目の下に隈を作って、窶れた様子のカインは庭園で作業をしているシーナに声をかけに来た。

 シーナはいつもその行動に首を傾げていた。


「戻った。元気にしていたか?」


 カインは、ニコリともせずにシーナに問いかけた。シーナも、以前とは違い立場をわきまえて一歩引いた口調で答えた。

 

「おかえりなさいませ。領主さま」


 以前とは違い距離を取るシーナに表情を歪めたが、カインは何も言わなかった。

 カインは、「ああ」とだけ言ってその場を後にしようと踵を返した。

 しかし、その体はぐらりと傾き地面に片膝をついた。

 

 シーナは驚き、カインに駆け寄った。

 支えるために触れた体は、氷のように冷たかった。


「領主さま、屋敷の人を呼んでくるので木陰で休んでいてください」


 そう言って、シーナが駆け出そとしたがそれはカインによって阻まれた。

 カインは、シーナの腕を掴んでそれを止めた。そして、顔色の悪い表情で緩く首を振って拒否した。

 

「不要だ。少し休めば元に戻る」


「でも……」


 そう言って、ヨロヨロと近くにできた木陰に移動しようとしたので、シーナは慌ててそれを支えて木陰まで移動した。

 

 木陰に着くとカインは、片腕を枕にして横になり目を瞑った。

 カインは額に汗をかいていて少し苦しそうにしていた。

 シーナは、なんだか見ていられなくなりカインの横に座ってから声をかけた。

 

「領主さま、少し失礼しますね」


 そう一言断りを入れてから、カインの頭を少し持ち上げてから体をずらして、太もものしたに頭が乗るようにした。

 膝枕の形を作ってから、カインの額に浮かぶ汗を持っていたハンカチで優しく丁寧に拭った。

 

 最初は戸惑っていたカインだったが、疲労からか少しして寝息を立て始めた。

 

 寝入ったカインを上から見下ろしながらその青銀のさらさらな髪を優しく梳くように頭をなでた。

 どのくらいそうしていたのか、カインが寝返りをうって何か寝言を言った。

 

 それはとても小さく、シーナは聞き取ることは出来なかった。

 何度も何度も、優しく頭をなでていると、太ももに暖かい雫が落ちてきた。

 

 驚いて下を向くと、カインの瞑った目尻から透明な雫が流れるのが見えた。

 シーナはその涙を見て心がざわつくのを感じた。

 困惑するシーナを他所に、カインは苦しそうに言った。

 

「‥ない。ゆ‥てとは…い。ひとりでい…てしま…とを。あ…る。ご‥。ごめ・」


 切れ切りに聞こえる苦しそうな声は、誰かに許しを乞うていたようにシーナの耳には聞こえた。

 弱々しいそんな姿は見ていられないと、シーナは顔を逸らした。

 

「イシュ‥ル。あ…る」


 顔を逸らした途端聞こえてきた微かな声に、シーナの肩は怯えたように竦み自然と震えた。

 

 切れ切れではあったが、たしかに言ったのだ。「イシュミール。愛してる」と。

 

 その日から、シーナは繰り返し同じ夢を見るようになった。

 幼い頃に見た、前世の夢。ただし、幼い頃には何故か見なかった、残酷な場面を。

 

 そう、過去のことを夢物語のようだとふわふわした感覚でいられたのは、詳細を知らなかったからだ。

 腕が切断されたことや、喉が潰されたこと。カーシュが死んだこと。

 妹に裏切られたこと、カインに睨まれたこと。

 知ってはいたが、そういう事が起こったという事実しか知らなかったのだ。

 どの様にしてそうなったのかを詳しく知らなかったからこそ、幼いシーナは受け止められていたのだ。

 

 腕を切断される恐怖。痛み。

 血を止めるために焼かれる腕の痛み。熱い鉄が押し付けられて流れる血が沸騰し、周囲に充満する血の匂い。

 カーシュが男に何度も何度も斬られて血を流し殺される場面。

 イシュミールが男に覆いかぶされて喉を締められて苦しくて苦しくて助けを求め、動かないカーシュに手をのばす場面。

 徐々に体が朽ちていく恐怖。

 腐ってぽとりと右足が簡単に離れていったあの感覚。

 

 そして、カインから向けられた、あの憎悪の籠もった視線。

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