【後日談】 シーナの隠し事 2
「ごめんなさい。私は……、イシュミールの生まれ変わりなんです。今まで騙していてごめんなさい。でも、この世を去ってしまう前に言わなくちゃいけないって……。ごめんなさい」
シーナの口から出た、衝撃的な言葉で俺の頭は混乱していた。シーナがこの世を去る?シーナがイシュミールの生まれ変わり?信じられない内容だったが、彼女が俺に嘘をつく理由がない。
そのことから、全てを事実と受け入れた俺は、自然と涙が出ていた。
イシュミールが、また俺のことを愛してくれた事実に。シーナが死んでしまうという事実に。
夫婦になって、一年も経っていない。
まだまだ、シーナと共に経験したい沢山のことがあった。
二人で旅行をしたいと笑いあった。まだ、それを叶えていない。
二人の子供はどんな子になるのかと、囁きあった。まだ、俺達の子供と出会えていない。
二人で年をとって、おじいちゃんとおばあちゃんになっても一緒にいようと、誓ったのに。まだまだまだ、全然一緒に過ごせていない。
シーナは、俺に愛を示してくれた。俺はその愛にもっと沢山の愛を返したい。まだまだ全然足りない。それに、シーナがイシュミールだというのなら、まだまだ足りない。もっともっと愛して、甘やかして、大切にして大切に守ってあげたかったのに。
どうして……。
俺は、シーナに伝えたいことが沢山あったのに、何も言葉にすることができなかった。その代わりに、俺は止めどなく涙を流し続けていた。
シーナは、そんな俺の涙を優しく拭ってから困ったように笑って言った。
「カイン様は泣き虫ですね。泣かないでください。きっと、また会えます。きっと、生まれ変わってもまた会えます。きっと、またあなたを……、す、きに……なり…………ま、す……」
シーナは、そこまで言うと俺の涙を拭ってくれていた腕をぱたんと、力なく降ろしていた。
眠るように静かに……。
そんなシーナの姿を見た俺は、シーナに縋り付いて泣いた。
「待って、待ってくれ!!シーナ、駄目だ!!俺を一人にしないで!!行かないでくれ!!シーナ!!!!」
俺は、そう叫んで更にシーナに縋り付いていた。
すると、俺の頭上からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
そこで、俺は何故か頭上から聞こえてくる笑い声に首を傾げた。
それと同時に、後頭部がものすごく痛みを訴えていることに違和感を感じていた。
一人で色々と考えていると、更に頭上から声が聞こえてきたのだ。
「はい。カイン様を一人にはしませんよ。ずっと一緒です。何処にも行きません。絶対に離れません」
優しく俺にそう告げた声に、俺は勢い良く身を起こした。
目の前に、先ほどとは打って変わって元気そうなシーナの姿があった。
安堵した俺は、目の前のシーナを力の限り抱きしめていた。
苦しそうにしながらも、シーナは俺の抱擁を黙って受け入れてくれていた。しかし、後方からの声で俺は、我に返ったのだ。
「領主様、不法侵入は犯罪です」
シエテの言葉に、俺は反論していた。
「不法侵入ではない!!俺は、シーナの夫だ。家族の家に入るのに何ら問題はないはずだ」
そこまで、言い返した後で俺は、今までのシーナとのやり取りが夢だったのだと気がついた。
だが、何処から夢だったのかが全くわからない。というか、何処で俺は気を失ったというのか、まったく状況の理解が追いつかなかった。
そんな俺の気持ちがわかったのかは分からないが、シーナが俺の後頭部を優しく撫でながら教えてくれたのだ。
「カイン様、ごめんなさい。私も詳しくは分からないんですが……、うたた寝していたら、ものすごい音が聞こえて……。それで目を覚ましたんです。そうしたら、カイン様が倒れていて、それで……、ですね……。カイン様の背後ににーにがいたことから、カイン様を気絶させたのはにーにだと思われます……。本当にごめんなさい」
だろうな……。ということは、うなされているシーナの声を聞いて部屋に入ってすぐに気を失ったということだろう。
ということは、生まれ変わりも、シーナの死も全て夢だったということか。
何故そんな夢を見たのか、心当たりが無いこともない。
俺は、まだ心の何処かでイシュミールのことを引きずっているということだ。だが、これは俺が一生抱えていくと決めたことだ。だけど、ふとしたシーナの仕草にイシュミールと似たところを見ると何故か二人を重ねてしまうことがあったのだ。
俺は、そのことに罪悪感が湧いていた。
二人は別の人間なのだと分かっていても、何故か二人を重ねてしまう。その思いからの、発想だろう。
それに、最近のシーナの元気のない様子から最悪な未来を予想していたということも。
自分の夢が全て妄想であったことに、安堵の息を吐きながらも、ここぞとばかりにシーナを問い詰めることに決めた俺は少し芝居がかった仕草と口調で畳み掛けることにした。
「シーナ……。俺はとても心配したんだ。元気がなかったし、俺を避けているみたいだったし。ここ数日は、会うこともできなかった。俺たちは、夫婦なんだ。何か俺に悪いところがあったら言ってくれ。直すように努力する。だから、一人で抱え込まないでくれ。二人で解決していこう」
俺が、真剣にシーナの瞳を見てそう言うと、シーナは気まずそうに一瞬視線をそらした後に、少し顔を赤らめてから小さな声で言った。
「えっと……、最近太っちゃったみたいで……。元の体型に戻るまで……、距離を置こうと……」
そう言って、恥ずかしそうにもじもじするシーナを見て、俺は心底安心したんだ。
嫌われたわけでないと分かって、俺は心の底から安堵した。
「そっか、嫌われたわけじゃないんだな……。良かった……」
俺が、ついそう口にすると、シーナは勢い良く俺の方を向いていった。
「まさか、あり得ません!!私は、カイン様が大大大好きなんです!!だから、少し太っちゃったことが気になって……。私のほうが、嫌われないようにするために、カイン様にコソコソしていたんです」
そこまで言い合ってから、お互いになんだかおかしくなって、額をくっつけ合って笑い合っていた。
「そっか、シーナは俺のこと、大大大好きなんだな。それはとても嬉しいよ」
「えへへ。はい。大大大好きなんです」
二人で笑い合っていると、背後から盛大な咳払いが聞こえてきた。
「ゴホン!!えー、あー。二人の誤解が解けたことで、もう一つ誤解を解いておきたいことがあるんですが」
おっ、完全にシエテの存在を忘れていた。というか、シエテにとって俺は義理の弟とはいえ、領主でもあるんだ。シエテにどつかれたことを言及しなくてはな。ケジメは大事だ。決して、日頃シーナとのイチャイチャを邪魔される腹いせとかではないぞ。
そんなことを考えていると、シエテは爆弾発言をしてくれたのだ。
「シーたん。医者に行こう」