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【六人目】

 青年は闇の中を歩いていた。

 薄暗い階段を、丁寧にゆっくりと降りていく。手にしたカンテラがかろうじて前を照らしていて、壁から直接伸びた燭台(しょくだい)には蝋燭(ろうそく)の小さな炎が揺れている。

 カツン、コツン、と青年の足音が闇の中に落ちる。どこまでも長く、冥府の底にまで到達しそうなほどの距離を、ただ黙々と辿ってきた青年は、ついに最下層にまで辿り着いた。階段はそこでなくなり、あとは黴臭い廊下が伸びているだけだ。


「この先か」


 面倒臭そうに青年が呟く。

 前に捕まえたらしい()()()()()()が、青年に合わせろと要求してきたのだとか。意味はよく分からないが、霊薬の被害者は全て処刑すると青年は決めている。

 だから、今回も同じことだ。ただ殺すだけ。

 カンテラで前方を照らしながら進んでいくと、最奥の牢獄から明かりが漏れていた。どうやら、標的はあの牢屋にいるらしい。


「おい、マナ患者。お望み通りきてやったぞ」


 牢獄を覗き込むと、石造りの小さな部屋の中にポツンと壮年の男が立っていた。格好は紳士と呼んでも差支えはなく、綺麗なシャツと山高帽、それから外套というものだった。牢獄に相応しくない服装である。

 青年は鉄格子の鍵を開け、牢獄の中に入る。どこからともなく取り出したワイングラスを掲げると、処刑を阻止するように壮年の男が青年の手首を掴んだ。


「ユーイル・エネン様でお間違いはありませんね?」


 聞こえてきた言葉は流暢なもので、妄言でもなんでもなかった。ただ、確認するように青年の顔を覗き込んでくる。

 灰色の瞳に見据えられても、青年は平然としていた。「そうだ」と自信ありげに応じる。

 手首を掴まれていようが関係ない、相手は誰であろうと殺すだけだ。


「処刑の時間だ。悪いがオマエには死んでもらう」

「ええ、ええ。事が終わればいくらでも」


 ギリ、と紳士に掴まれた手首が痛い。ものすごい力で握られているのは、火を見るより明らかだった。

 異変を察知するより先に、青年はワイングラスから溢れてきた鮮血を槍のようにして壮年の男に突き刺す。何本も何本も何本も。物理的に針の(むしろ)と呼んでもいいほど槍を突き刺して、青年の手首から紳士が手を離した。

 背筋を撫でたあの恐怖はなんだろうか。青年は張り詰めていた息を吐き出して、ワイングラスを静かに掲げる。

 その時。


「いけませんね。貴方をお連れするように命じられておりますので」


 紳士の体が縦に()()()()()()()、立ち尽くす青年を頭から飲み込んだ。

 あんなマナ患者は見たことがない。――つまり、彼はマナ患者ではなかったのだろうか。

 食われてしまった今では、考えることもできないが。


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