【五人目】
「ユウ、大丈夫か?」
「うん、平気。大丈夫……」
嘘だ。本当は、少しだけ怖い。
遥か上空を悠々と飛び回るドラゴンに跨る部下の竜騎士の背中にしがみついて、少年が細々とした声で平気だと告げる。
震える手を誤魔化すように力強く竜騎士の甲冑にしがみつき、少年は強がりの言葉を吐き出した。
「行こう」
「おう」
竜騎士がドラゴンの手綱を引いて、さらに空高く上昇する。
得体の知れない軍勢が故郷を襲撃し、少年たちは故郷を守る為に奮闘する。前線では仲間の魔騎士が応戦してくれていて、魔法使いである少年がその援護に向かおうとしている最中だった。
戦うことは怖い。できるなら平和に農作業でもしていたいのだが、故郷が失われてしまうのが一番嫌だ。
少年は己を奮い立たせて、竜騎士となった仲間に頼む。
「お願い、もっと飛ばして!!」
「おうよ、任せろ!!」
威勢のいい返事と共に、ドラゴンが加速する。
吹き飛ばされないようにと懸命にしがみついた少年は、ふと誰かの視線を感じて硬く閉ざしていた瞼を持ち上げた。
「い、つのま、に」
そこにいたのだろうか。
加速するドラゴンと並走する、黒い靄のようなもの。ドラゴンも相当の速度で空を駆け抜けているのだが、ぴったりと黒い靄は追いかけてきている。
「チィッ、なんなんだこれ!! 全然剥がれねえ!!」
「僕が魔法で応戦する。レントウは気にしないで!!」
少年は腰に括りつけられていた魔導書を拳でぶっ叩き、起動させる。
鎖で雁字搦めになっていた魔導書は乱暴に目覚めさせられると、真っ白な紙面に文句を書き連ねてくる。
『殴らないでも起動します』
「雷撃・第三番魔法の用意」
『かしこまりました。魔法陣の用意を致します』
じわりとページに浮き出てくる文字は、すぐさま魔法陣を浮かび上がらせる。
それほど複雑な魔法陣ではないが、集中しなければまたやり直しになってしまう。少年はゆっくりと精神を集中させて、素早く魔力を抽出する。
紫色の魔力がジジジ、ジジジと虚空に幾何学模様を刻み込み始め、少年はあっという間に魔法陣を完成させる。
「雷撃・第三番魔法!!」
魔法陣の中心から轟雷が飛び出して、黒い靄を襲撃する。
しかし、轟雷は黒い靄の中心に吸い込まれて消えて、靄はなおもドラゴンに並走してきていた。
「そんな、魔法が効かない!?」
「そんなことってあんの!?」
「あるけど滅多にない!!」
特に、少年の魔力は強すぎる傾向にある。弱い魔法を使っただけでも中程度の威力を持ってしまうので、必然的に魔力を大量に消費しやすい魔法陣を好むようになったのだ。
そんな威力が他の魔法と桁違いな少年の魔法陣を受けていて、まだ無事でいられるのはおかしい。
すると、唐突に黒い靄がざわめき始めた。まるで「よくもやったな」と怒るかのように蠢くと、少年めがけて体当たりをしてくる。
「うわッ!!」
「ユウ!!」
体当たりをモロに受けてしまった少年は、竜騎士から手を離してしまい、空中に投げ出されてしまう。
あまりに唐突の出来事で、いつも使えるはずの浮遊魔法すら手段として浮かばなかった。ただ唖然とした表情の竜騎士を見つめながら、少年――ユウ・フィーネは思う。
(――また死んだ)
そうして、少年の意識は闇に葬られた。