先日助けていただいた犬ですがっ!!
キキーッ!!!!ドンッ!!!
何が擦れる高い音。そしてすぐに聞き慣れない低い音が聞こえた。
一瞬、時が止まったかのように思えるほどスローモーな世界。その世界の中でただただ空を漂っていた。
冷たい風にカラカラと回る落ち葉。そして、走馬灯だろうか、色々な記憶の断片。そんなくだらない思い出に浸りながら落ちていく。
ろくな生き方してなかったな…。
そんな事を思いながら目を瞑る。つまらない映画を見ているような感覚。
長いようで短い時間…
そんな映画も終わり、空の底に浸いた。
まるで、ベットのような優しい感触…。異常に重たいまぶたを上げ、目を開ける。
すると、いつもとは違う横向きになった現実が出迎えてくれた。
いつの間にか自分は、道路脇に倒れていた。
なぜ?という疑問と道で眠ってしまっていた羞恥心から早くその場から逃げ出そうと、体を起こそうとするが上手く力が入らない。
不思議に思い、ふと身体に目を向けると、いつもの身体が美しい赤色になっていた。
たぶん血だろう。こんなに出たのは初めてだが…。だが、不思議と痛くも何ともない。
ただ、身体が怠くて動かないような感じ…。
どうしてこうなったんだっけ?
なんか頭が、ぼぉ~として上手く思い出せない。上手く働かない頭を無理やり働かせる。
なんだっけ…。そ、そうだっ!!犬だっ!!!犬はっ!?
力を振り絞り周りを見渡しそれを探す。
そうだった、犬が轢かれそうになっていたんだ。それを助けようと道路に飛び込んだんだった、そして自分が轢かれたのか。
出来る限り見渡したが見つからなかった。
見つからないって事は無事でどこかに行ったのだろうな。と真っ赤な身体で見知らぬ犬の安否を思っていると何か聞こえたような気がした。
「だぃ…ですか?」
天から微かに声が聴こえる。
「大丈夫ですかっ!?」
透き通った声、美しい音。天使のような…。あっ…そうか、自分死んだのか…。
でも、あまり悲しくない。悲しみよりも喜びが込み上げてくる。
やったっー!!!!これ絶対天国行きだっ!!!!こんな美しい声の天使がきたんだからっ!!
ああ~生きててよかった~って今死んだのか…。はは…は…。
なんか死んだかと思うと身体が痛くなってきた…あれ…?
いっ!!!いでぇぇぇ!!!!!!!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!!!!
痛みと共にブラックアウトしていく世界。
お、お願いだから痛みなく天国に連れててくれぇ…。
そして、意識は遠のいていった。
・・・。
・・・・・。
目が覚めるとそこは見知らぬ白い天井だった。そして少し固い白いベット…。
「よかった…地獄じゃないみたいだな…。」
ふと、そんな事が口から漏れる。
「残念ですが、天国でもないですよ(笑)」
クスッと笑うナース服の若い女性。看護師だろうか。
「でも、よかったです 目が覚めたようで…あっ、先生呼んできますね」
ああ、ここ病院か…。なんだ…病院なのか…はあ…。まあ、本当に天国に行けるだなんて思ってなかったけど…。
「はぁ…。」
つい、深いため息が出てしまう。
「目が覚めてすぐに、そんな顔でため息つく人なんて初めて見ましたよ(笑)」
病室に入ってきた先生?にまた笑われてしまった。どうやら、よほど酷い顔でため息をついていたらしい。
「ため息つける元気があるなら大丈夫ですね~一応簡単な応診はさせてね」
ずいぶんと若い先生だ。先生というと年老いたイメージがあるせいで少し違和感がある。
「は、はい…。」
「君は、どうしてここに運ばれたのかわかるかな?」
「ええと…。車に轢かれた…から?」
先生から出された短い質問に簡単に答える。
「そうだね、じゃあ…なぜ車に轢かれたのかな?」
「なぜって…。犬を助けようと…。」
そう言うと、なぜか先生の隣にいる看護師さんが暗い顔になったのがわかった。
「あの…。あの犬ってどうなったか知りませんか…?」
なぜか恐る恐る聞いてしまう。
「いえ、私は存じていませんね~でも安心してください、現場にはいなかったらしいので、きっと無事に生きていると思いますよ」
「そ、そうですか…。それならいいんです。それなら…。」
無事に生きている。その言葉を信じ、あまりこの話を深く追及するのはやめた。
「次の質問いいかな?」
そうさっきの話から切り替えるように、先生が短く聞いてくる。
「はい…。」
「じゃあ、君は車に轢かれる前何をしていたのかな?」
「なにって……。あれ…。」
おかしい、いくら思い出そうとしても思い出せないのだ。
そんな様子を見て先生が口を開く。
「もしかして、思い出せないのかな?」
何か言おうと思うが何も口から出てこない。
「ああ、大丈夫大丈夫…良くある事だから、衝突事故など強い衝撃のある事故だと、少し前の記憶が飛んでしまう事がよくあるんだ」
「は、はぁ…。」
なんともふ抜けた返事をしてしまう。
「ちなみに、名前とかはわかるよね?どうかな?」
それは、わかる。大丈夫だ…。
「衣隅 利守です…。」
衣隅 利守。それが自分の名前。
「おお、よかった~よかった~覚えいたか~」
少し安心したような表情になる先生。
「という事は、やはり事故による一時的な記憶障害かね~」
「一時的?」
「ええ、おそらく日常生活を送っていればそのうち少しずつ思い出してくるはずですよ」
いくら事故より前の最後の記憶を思い出そうとしても、夏の暑い日に木漏れ日を見ていて…それから、急に冬になり事故にあった。という何とも不思議な記憶。
「うぅ…。」
急に頭が痛んだ…。
「む、無理して思い出そうとしなくていいですよ。ゆっくりでいいんです。そんなに慌てなくても大丈夫ですから」
「は、はい…。」
「でも身体の方は何ともなくてよかったですよ…」
「えっ」
そんなはずはない。確か血が出ていたはずだ。
「あ、あの…どこも怪我してないんですか?」
先生が、不思議そうな顔をする。
「?…ええ、どこも怪我はしていませんでしたよ」
「でも、確かに…。」
そう言い身体中を手で触り確認する。が、身体は擦り傷一つ無い。
「だいぶ混乱されているようですね。無理もないでしょう。いきなり記憶が無くなっていたら私でも戸惑いますからね」
そう言い先生は席を立つ。
「じゃあ、今日の所は大丈夫ですのでお家に帰ってゆっくり休んで下さい」
「入院とかしなくても大丈夫なのですか?」
「特別どこが悪いって訳でもないからね~それに…。怪我人じゃない人を入院させとくと上がうるさくてね…(笑)」
と、軽く笑い先生が病室から出ていく。
なんというか、病院の先生だとは思えないフランクさを持った先生だった。
病室残っていた看護師さんが口を開く。
「変わった先生でしょ?あれでも腕は確かなんですよ(笑)」
笑いながら話すものだから、腕が良いのかもわからない。本当に謎な先生だった。
「あっ、それじゃ…後日また診察にいらして下さいね」
なんとも軽い対応の病院だった…。
後日っていつだよという突っ込みをいれながら手続きをして病院を出て、病院を振り返る。
少し新しいような小さな病院。最近できたのだろうか…。
そんなことを思いながら、ため息をつく。
「はあ…。帰るか」
何か色々な事があったが、なぜだ?とか、どうして?とかもうそんなのは考えるのはやめた。とにかく家に帰るか…。
「さすがに数ヶ月で部屋が無くなってたりしないよな」
と数ヶ月前の記憶を頼りに帰り道を歩む。
数分ぐらい歩いていると、何となく見覚えのある建物が見えてきた。
「あるにはあるよな…。」
記憶では、安いマンションの一部屋が居住地だった。
「問題は部屋があるかだよな…」
少し重い足取りでその建物の前に着いた。
数ヶ月前に住んでいた、マンションの玄関で立ち止まり深呼吸をする。
「大丈夫だよな…」
恐る恐る郵便受けを探す。
405号室が自分の部屋のはずだ。
「405…405号室…」
「405号室あったぞ…名前は…」
ここまで郵便受けを慎重に見る人もいないだろって言うほど見つめる。
405号室 衣隅利守 のネームプレートを見つける。
「よかった…あった…」
ポケットに入ってある鍵を玄関の鍵に刺しひねる。
ウィーンと鳴り自動ドアが開く。
中に入り自分の部屋を部屋番と記憶を頼りに探す。
「確か4階のだった…」
エレベーターで4階に行き、405号室の前まで来た。
「よし…」
小さくそう言い、鍵を入れひねる。カチャという音が響く。
ドアを開け、記憶では数ヶ月ぶりの部屋に帰ってきた。
中に入り、電気をつける。
「よかった~‼無事着けた~」
一気に謎の緊張感や不安感から解放された気がした。
部屋は、数ヶ月前の記憶より異常なほどに綺麗に片付いていた。
「部屋こんな綺麗だったけ…?まあ、数ヶ月もあれば色々変わるよな~」
記憶を無くしてもっとショックを受けると思っていたが、意外とそうでもない。
とりあえず、色々あって疲れた…今日は寝よう。
そのままの格好のまま、ベッドで眠りについた…。
――ピンポーン!!!!
突然、自分の部屋のインターホンが鳴り響く。
「!?」
慌てて飛び起き、思わず部屋の中をキョロキョロとしてしまう。
時計を見て驚いた。3時…夜中の3時!?
「だ、誰なんだこんな真夜中に…」
色々な不安がよぎる、もしかして記憶の無い数ヶ月の間に何かしたのか…借金とか…
――ピンポーン!!!!
また、鳴った。
でも、もしかしたら誰か大切な人かもしれないし…
ドアの前まで忍び足で歩き、ドアスコープを覗きこむ。
「えっ」
思わず驚き、声が出てしまった。
絶対に恐い人が立っていると思っていたからだ。
だが、ドアの前に立っていたのは、一人の女の子だった。
自分は、この女の子なんて知らないぞ。誰なんだろ…友達だろうか…もしかして恋人だったり…
そんな事考えているうちにまた、その女の子がインターホンを押そうとしていた。
「ああ!居ます!!居ますよ~」
思わず、そんな事を言いドアを開けていた。
ドアを開けその子を見る。外見から見るに高校生ぐらいだろうか?
「あのっ!!」
女の子の元気な声が深夜のマンションに響く。
「恩返しに来ましたっ!!」
ぜんぜん意味が理解できず、思わず聞き直してしまう。
「ええっ…と…何しに?」
また、女の子が口を開く。
「あなたに助けられた犬ですっ!!恩返しに来ました!!!!」
いやいやいや!?それ言うなら鶴だろっ!?
鶴が機織りしてドーーンっ!!的なやつだろ!?
と心の中で突っ込みをいれて、すごく胡散臭さを感じドアをゆっくり閉めようとする。
「ちょ!ちょっと!!なんで閉めるのですか!?恩返しに来たんですって!」
ドアをガッシリと掴まれ閉めれなくされる。
「ちょっと!!手!離して下さい!!まさか、あんた新手の詐欺とかか!?」
「ち、違いますよっ!!なんでサギなんですか!?鳥じゃないですよ~犬ですよっ!!犬!!」
誰も鳥のサギの話なんてしてねーよ!?
自分と見知らぬ女の子とのドアの引っ張り合いが続く。
「こ、これ以上やるなら、警察を…」
と言いかけた時、バンッ!!!!と二軒隣の部屋のドアが開く。
「何時だと思ってるの!!!!喧嘩なら外でやるか、部屋の中で静かにしなさい!!!」
突然の大きな音と怒号で驚いたが、確かに、深夜に大声で話していたらそりゃ近所迷惑になりますよね…
「す、すいません…でも、この子がですね…」
と女の子に目を向けると女の子はその場で座り込み泣いていた。
「グスッぐすん…」
「えっ…ええ…と…」
「可哀想に泣いているじゃない、あんた彼氏ならもう少し彼女に優しく接してあげなさいよ」
すごい勘違いをしているマンションの住人が話に割って入ってくる。
「え…いえ彼女では…ですから」
「はいはい、わかったから…そういう話は、中でゆっくり話し合いな、今度は静かにするんだよ?」
と言うと無理やり女の子と自分を自分の部屋に押し込めた。
なんか話を流されたあげく、勘違いされたまま部屋に見知らぬ女の子を入れられたのだが…どうするのこれ?
「ええとあの…大丈夫?」
とりあえず、無難な言葉をかける。
「ぐすん…うん…」
まだ、少し涙声の女の子。
「何かごめんね?本当なんかわからないけどごめんね?」
なんで謝っているのかもわからずとりあえず謝る。
「大丈夫だから…グスッ…恩返しを…」
「と、とりあえず中に入ってゆっくり話し合おうか」
見知らぬ女の子を部屋の中に入れ、お茶を出し…ゆっくり話を聞くことにした。
「で、自分に何のようなのかな?」
「恩返しに来ました!!」
また、話が戻った…。
「ええ…。その恩返しとは?自分何か君にしたっけ?」
「はい!私を助けてくださいました!!」
やべぇ…全く記憶にねぇ…という事は、記憶を無くした数ヶ月間に助けたのだろうか、自分もずいぶんお人好しだな。
「ええと…ごめんね、いまいち君を助けた事覚えなくて…」
「ええっ!?昨日の事ですよ!?」
「昨日?昨日は確か事故した事しか…」
「それですよ!!それ!!轢かれそうになってた私を助けて下さいました」
「事故?轢かれそうになってた?んん?それって犬だったような」
「だから、私はその犬なんです!訳あって今はこの身体ですけど…」
やべぇ…意味わからん幻覚や幻聴が見えてきたかもしれない…昨日の事故で頭どこか打っておかしくなったのかもしれない…
だって、私は犬です。とか言う女の子が目の前にいる。普段なら大喜びだろうが今はそうはいかない。事故の後遺症だろうか…なんか色々不安になり急に冷静になる。
「ああ、なるほど幻覚か…そうだな、明日もう一度病院行くか」
などと適当な事を言ってベッドに横になり眠る。
途中、女の子が起こしにくるがそんなの関係ない。だって幻覚なのだから自分は寝る、寝たら治るだろう。
ああ、なんか色々災難続きな一日だったな~ああ~疲れた~おやすみぃ・・・・。
そうして、長かった一日がようやく終わった。