ついに神様に告白されました…
「それはある暑い夏の日のことだった。」
いつものように、特に変わりばえのしない小学生生活を送っていた当時小学4年生の俺は、この日もまた、普段通り学校へ通っていた。
そしてまた、いつものように学校帰りに近くの公園に寄り、多くの友達と共に、鬼ごっこやドロケイやら今となっては何が面白いのかわからないような遊びを、ひたすら日が暮れるまで続けていた。
確か彼女と出会ったのはそんなある日のことだったような気がする。公園で遊び終えて帰ろうとした俺の視界に、一人の少女が映ったのだ。
彼女は俺よりも少し年上のようで、そしてとても美しい少女だった。更には夕焼けが背景として彼女の美しさを際立たせ、それは俺を完成された絵を見ているかのような錯覚に陥らせる。
そんな俺は、今となっては何故だか分からない、だが無意識のうちに、彼女へ話しかけてしまっていた。
「あなたが神か。」
今になっても何故こんな言葉が出たのか不思議でならない。ただおそらく当時の俺は、彼女の持つ美しさに、惹かれたのだと思う。
「君は変なことを言う子だね。名前は?」
「俺はコウキ。お前は?」
「私は…うーん、じゃあリリィって呼んで?」
俺の謎の発言にも顔をしかめず、ただ笑って俺の名前を訪ねる彼女は、非常に大人びて見えた。それは俺が小学生だったから、というだけではないだろう。彼女にはそう思わせる何かがあったのだ。
「ここで何してるんだ?」
「うーん、何してると思う?」
「質問を質問で返すなよ…」
それから俺たちの仲は急速に深まった。この日、これから一緒に遊ぶことを約束した俺たちは、その約束をずっと守り続け、毎日のように公園で遊ぶことになったのだ。
そしてそれはいつしか友達に陰口を言われるまでになった。それはもちろん、俺が彼らと公園で遊ばずに、可愛い女の子であるリリィを優先してしまっているからである。
それでも俺は別に気にしていなかった。リリィと一緒に居られるだけで満足だったのだ。思えば俺はこの時、初恋を体験していたのだと思う。
しかしそんな刺激的で甘酸っぱい日常が続いたのは、一ヶ月にも満たなかった。
「なあ、明日近くでお祭りが開かれるんだ。一緒に行かないか?」
「お祭りかー。うーん、行きたいのは山々なんだけど実は最近金欠でね?いやー、誰か心優しい人がご飯代とか諸々を奢ってくれれば行けるんだけどなー?」
「……あぁ、分かったよ、俺が奢る。奢るからそのうざったい視線をやめろ。」
ある日俺はリリィをあるお祭りに誘った。当時の彼女は金が無いなどとほざいていたが、この短期間で仲を深めた俺は、それが嘘だとすぐに看破する事が出来た。実は彼女には、嘘をつくときについ鼻をさすってしまう癖があったのだ。…まあ、嘘だとわかっても奢ってしまうのは惚れた弱みというやつだ。
とにかく当時の俺は、リリィと楽しいデートが出来る、と意気込んでいたのだ。
しかし実際にはそうはならなかった。と言っても別に夏祭り中に何かが起きたわけではない。その間は普通に、リリィと店を冷やかしたり花火を見たりして楽しんでいたのだ。だがそれを思いっきり覆すほどの悲劇が、俺たちを襲った。
それが起きたのは夏祭りが終わった直後だ。
「リア充ども、爆発しやがれーー!!!」
その声とともに果物ナイフを振り回すおっさんが俺たちの方へ向かってきたのだ。もちろん俺らはそもそもリア充じゃなかったわけだが、それでも彼にとってはムカつくものだったのだろう。
しかしそんなことは知るよしもない俺らは、それをただ固まって見ていた。
「リリィ、危ない!!」
おっさんの持つナイフがリリィの元へ迫ってきていると理解したのは、少し遅れてからだった。咄嗟にリリィを庇おうとした俺は、パニックになっていたこともありリリィを抱いたような形になってしまう。
だがそのおかげでナイフがリリィに当たることはなく、俺の背中に刺さるのみとなった。
そこからの事はよく覚えていないが、おそらくナイフで刺されたことで本能的に危機感を感じ、リリィを守るためにがむしゃらになっておっさんの方へ向かっていったのだろう。
気がついたら俺は、俺のものではない血でまみれたナイフを持って、倒れたおっさんを見下ろしていた。
はっとなって辺りを見渡すも、肝心のリリィは見つからず、視界に映るのは俺に対する周りの困惑と嫌悪の表情のみ。
「……人殺し。」
どこからかそんな声が聞こえたような気がした。悲鳴も聞こえた気がする。でもそんな事はどうでも良かった。俺にとっては、そんなことよりもリリィが怪我をしていないか、無事かどうかが一番重要だった。
そう思って咄嗟に後ろを振り返るも、肝心のリリィの姿は見えない。俺がおっさんと戦っている間に誰かに誘拐でもされたのか、それとも…
しかしそこで思考を止め、そんなわけはないと首を振る。
人を殺してしまった俺に怯えて逃げた可能性。一番現実的なその可能性からは意図的に目を逸らしたまま。
結局、それからリリィが俺の前に現れることはなかった。
俺が引き篭もり始めたのはそれからだ。その時にはすでに親を亡くしていた俺は、誰にも止められる事なく、引き篭もり生活を始めることができた。しかしそれは決して周りの俺に対する目線が怖かったからじゃない。ただただ、好きな女の子に嫌われたかもしれない、そんな思考に頭を支配され、彼女に再び会うのを恐れたからだ。
しかしふと考えてみれば、俺は彼女の通う学校も、家も知らない。つまり彼女の活動範囲が全くわからないのだ。そんな彼女に会いたくないのならば、家から出ないことを徹底するより他には無い。
そうして俺はそれから7年以上、こうして引きこもり生活を続けている。
「どうだ、お前の知ってるのと同じだったか?」
俺が間違えて黒歴史をリリアに披露してしまった次の日、つまり今日、俺は仕切り直してリリアに過去を説明した。
リリアは俺の過去を知っているらしかったので答え合わせも兼ねてこうして説明してみたわけだが、どうやら少し認識違いがあったようだ。なにしろ、リリアが困惑した表情を見せているしな。
「…コウキ君が引き篭もり始めたのは、周りの目線が怖かったから、じゃなかったんだね?」
「まあ、そうなるな。」
どうやらリリアは俺が引きこもったのが、周りの目線に対する恐怖のせいだと思っていたらしい。まあ、普通はそう思うよな。逆の立場なら俺でもそう思う。てかそうだよな。7年間も引きこもってた理由が、好きな女の子に会いたくないから、とか…。我ながら情けなさすぎだろ。
「じゃあ、何で今もまだ引きこもってるの?そのリリィって子は地球の人間なんだから、ここなら外に出たとしても絶対に会う事はないでしょ?」
すると彼女から二つ目の質問が飛び出した。まあ真っ当な質問だな。しかし、本気でこれを聞いてるってのを考えると、やはり神様というのは万能ではないということなんだろう。まあ、そんなんとっくに分かってたけどな。だってこいつなんて自分の体にコンプレックス持ってるし、ただの人間をわざわざ脅迫してまで異世界に送り込むくらいだし。そして極め付けに今、こいつ鼻をさすっただろ?
「…お前さ、本当にそれでバレないとでも思ってたのか?リリィさんよ。」
「……な、何のことかな?」
「はぁー、もうめんどくせえから言うけどな?昔からお前、嘘をつくときについ鼻をさすっちゃう癖があるの、知ってた?」
「えっ、それ本当に!?…あっ。」
「お、今お前、墓穴ほったな?」
「ちょ!ずるいよ、それー!」
「まあ、癖に関しては事実だしな。」
「そんなぁ…。絶対バレてないと思ったのに…」
ということでドヤ顔でネタばらしをしてやると、リリアはひどくショックを受けたようで、少し泣き顔になっていた。なんだこいつ、そんなにショックだったのかよ。絶対隠し通す気なかった癖に…。だってリリィからのリリアとか、これ真面目に隠す気があったなら相当バカだぞこいつ。
まあ、ひとまずこれで俺が説明できるものは全て説明したはずだ。次に質問するのはこっちの番だな。
「なあ、今度は俺からも聞いていいか?なんであの時、いなくなったんだ?」
そう、俺が今一番不思議に思っているのはあの時リリアがいなくなった理由だ。リリアが普通の女の子だったならあの行動は理解できるんだが、実際は地球のトップに君臨する神様だ。そんな奴が人殺しを恐れて逃げるなんてことは流石に考えにくい。
「それに関しては……本当にすみませんでしたっ!!」
「………えっ。」
「…………」
「………えっ、いや、ちょ、え?」
しかしその質問に対する回答はなんと、超アクロバティックな土下座であった。いや、何神様が土下座しちゃってんだよ、それになんで敢えてアクロバティックにしたんだこいつ…。
「…お前、アクロバティック土下座とか、バカにしてんの?」
「えっ、あれ?アクロバティックな方が誠意が伝わるってアナが……」
「な訳ねえだろ!!てかなんでアナはそんな誤知識をこいつに教えてるんだ!」
おいおい冗談だろ、アナはまだ常識人タイプかと思ってたのに…。とんだ見当違いだったようだ。
いやまあアナに関しては今はどうでもいいんだよ。重要なのはそこじゃない。結局肝心なことは無駄にアクロバティックな土下座のせいで何一つわかってないからな。
「で、結局どういうことなの?」
「実は、その…」
俺が再度尋ねると、リリアは躊躇いがちに、そして非常に申し訳なさそうに、語り出した。
まあ要約すると単純だ。どうやら彼女は神界で仕事があったにも関わらず、それを無視してこっそりと抜け出し、地球に遊びに来ていた、と。そしてそれをたまたま俺たちがおっさんに襲撃されたタイミングでアナに見つかり、連れ戻されたと。なるほど、なるほどなるほど。
「結局アナのせいか!!ってかそれなら俺がずっと悩んでたこの7年間は一体なんだったんだ!」
「いや、コウキ君は悪くない。全部アナが悪いんだ!」
「いやお前は開き直ってんじゃねえよ。じゃあなんだ?別にお前は俺のことが嫌になったわけじゃなく、ただサボりがバレて怒られてただけってか?」
「おー、よく怒られてたのまで分かったね、さすがコウキ君だ。」
「だ!か!ら!開き直ってんじゃねえよ!」
どうやらリリアは結局完全に開き直ることに決めたようだ。まあ俺とリリアに関しての謎が一通り解けた、ということで今回は許してやろう。もっとも俺としてはリリアにネガティブなイメージを持たれていないことが分かったので、正直かなり救われた気分だ。もちろん勘違いのせいで長い時間を無駄にしてしまった感はあるが。
対して向こうはどう思っているのだろうか。多少は俺に対して申し訳なさなんかを感じたりしているのだろうか。まあたとえそうだとしても、リリアが申し訳なく思う必要は全くないんだがな。だって全部アナとおっさんのせいだし。
しかしそんなことを考えているとリリアは神妙に、そして非常に申し訳なさそうに、話し始めた。
「その、コウキ君。」
「うん、何?」
「あの、理由は何であれコウキ君が僕の事をずっと想ってくれたのは正直に嬉しい。でも同時に、くだらない理由で僕は君の人生を壊しちゃったわけだから、すごい申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ。」
「お前…。じゃあ俺を異世界に連れてきたのも、チートをくれたのも…」
「あはは、そうだね…。ほんとにごめん。」
やはり向こうは俺に対して申し訳なさを感じているようだ。それも、かなり。なんだかここまで来るとかえって俺が申し訳なくなってくるな。
ふむ、まあとりあえず俺はこいつのせいで人生が壊れたなんて思ってないし、それを伝えよ……あれ?今気づいたけどなんでこいつ顔を赤くさせてモジモジしてんの?何?今シリアスな雰囲気だったよね?
ま、まさかこいつ、俺が昨日披露した黒歴史を再現しようとでも言うのか。いや、それにしては脈絡がなさ過ぎる。おいおいマジでどういうことなんだよ。
「それで、そんな僕が今更君に気持ちを伝えるなんて、すごく身勝手なことだって分かってる。でもごめんね、これだけは言わせて…?」
「コウキ君、僕は君のことがずっと、好きでした。そして今も、大好きです。」
ちなみにリリアの一人称が変わっているのは、単に彼女が地球へ遊びに来ていた時に、一人称が僕だと変だ、ということで取り繕ったからです。