神様との共同生活が始まりました…
翌朝、たっぷりと睡眠を取り終えた俺はゆっくりと目を開けた。俺の視界に見えるのは当然、よく見知った俺の部屋の天井だ。
その事実にひとまず安堵し、先ほどまで見ていたのであろう夢を思い返す。
「それにしても変な夢だったなあ…」
朝っぱらから神様に拉致られ、脅迫されて異世界転移。その後も何故か神様が同行してきたり、俺にとんでもないチートが与えられていたりなど、非常に不可思議な夢であった。
「まあ、不可思議じゃない夢なんてそもそも存在しないけどな。さてと、気を取り直してゲームでも…」
「あ、おはようコウキ君。よく寝たね。」
ゲームでもしようかと思いベッドから起き上がった俺を待ち受けていたのは、少年のような少女(神様)リリアだった。彼女はベッドの横、つまり先ほどまで死角だった場所にある椅子に座り、こちらを見ている。
妙にニコニコしているのはなぜだろうか。ケンカでも売っているのだろうか。
「はぁ、人がせっかく全てを夢だったことにして現実逃避しようとしてたのにお前は…」
「いやいや、今更無理でしょ。まあ気持ちは分かるけどね?」
「てかお前何笑ってるんだよ、俺の寝顔がそんなに面白い?」
「違うよー、ただ君がすごーく気持ち良さそうな顔で寝ているもんだからさ。見ているこっちまで笑みが溢れてきちゃったんだよ。」
「人の顔見て笑うとか最低だな。」
「話聞いてた!?絶対聞いてなかったよねコウキ君。自分から話振ってきた癖に。」
どうやら俺の寝顔を見ていたことまでは否定しないらしい。俺の寝顔を見て何になるのかは分からんが減るもんでもないしまあいいだろう。というか今更ながらなんでリリアは俺の部屋にいるんだ?もしかして腹が減ったから俺を起こしに来たのか?
「飯はもう食ったのか?」
「それがまだなんだよねー。さっき冷蔵庫の中漁ったんだけど、まあ予想通り何も無くてさ、それで君を起こしに来たんだ。」
やっぱりそうだったか。てか神様ともあろう人が勝手に人の家の冷蔵庫漁るってどうなの?やはりいきなり人を拉致って脅迫するような神様にマナーなんて求めちゃいけないという事なのだろうか。
まあどのみち冷蔵庫には何も入ってなかったわけだし別に構わないんだけどさ。それにしても、それが予想通りってのは俺がヒキニートだからですかね。それとももっとまともな理由からなのか。まともな理由があることを強く願うが。
「冷蔵庫に何もないってのは、俺が創造したのがあくまで家とその設備だけだから、だよな?」
「多分そうだと思うよ。」
「じゃあこの創造スキルで飯も創造出来たりする?」
「君がしっかりイメージできるものなら創造出来るはずだよ。」
ふむ、まともな理由があって安心した。それに良い情報を聞いたな。イメージさえできればなんでも作れるということか。
それにしても俺がしっかりイメージできる料理、となると必然的にアレしか無くなるな。あれは正直料理と言っていいものなのかは分からないが…。まあ何も食わないよりはマシだろう。
「じゃあ、ほい。」
そう判断した俺はリリアを連れてリビングまで行き、アレを二人分、机の上に創造した。
今更ながらやはりこの創造スキルは便利だな。好きな時に金も使わず飯が食べられる。引き篭もりにとってこれ以上便利なものはない。
しかし何だかリリアの顔はものすごく微妙な顔をしている。何故だろうか、お気に召さないのだろうか。
「………こ、これって、もしかして…」
「もしかしなくてもカップラーメンだよ。」
「他にないの!?イメージさえ出来れば何でも創造出来るんだよ!?」
「いや、他にって言われても…。あっ、味?シーフードじゃ嫌だった?」
「そこじゃないよ!カップラーメン以外はないの?って聞いてるの!」
「うーん、最近はこれしか食ってなかったから他の料理なんてちゃんとイメージ出来ないしなあ。てかカップラーメン普通に美味いからな?これで我慢しろ。」
そうは言ってみるが、リリアはやはり不満げだ。ふむ、やはりカップラーメンは神様の口には合わないのかね。しかしそうだとしても俺はこれ以外には創造できないし…。
「もっと栄養あるもの食べないと身体壊すよ?」
「お前は親か。でも今に限っては仕方ないだろ、他に飯が無いんだから。まあ朝なら抜いても問題ないけどな。」
「うーん…。じゃあ街に行こうよ!街に行って何かもっと栄養のある食べ物を食べよう?」
「いや街ってどこにあんだよ。辺り一面草だぞ?」
「10キロくらい歩けば街があるよ?」
「10キロとかお前…。俺を殺す気か!?」
「チート与えてあげたのもう忘れたの!?」
まあ確かにチートのおかげで10キロなんて一瞬で着くだろう。これが比喩ではなくマジで一瞬だろうから怖い。ただ正直長年ヒキニートをやってた俺からすると街なんてのは恐怖の対象でしかないわけだ。だって人が無駄にいっぱいいるし。
「とにかく俺はこの家から出んぞ。もっと栄養があるものが食べたいなら自分で行ってこい。」
「むー……」
俺がそう言うとリリアはむー、と唸りながら悩みだした。ははーん、さてはこいつも家から出たくないんだな?あー、分かる分かる。わざわざ家から出るのめんどくさいもんなー。それにこいつだっておそらく長年神界に引き篭もってたんだろうし。やはりこいつも俺と同類か。
そんなことを考えていると、リリアがこちらをチラチラ見ながら、そして躊躇いがちに口を開ける。ん?やっぱりリリアも家から出たくないのか?
「ね、ねえ?コウキくんはさ、なんでそこまでして家から出たくないの?地球だったらともかくさ、もう引き篭もる必要はないんじゃない?」
しかし彼女の口から出たのは予想とは違う言葉だった。その予想外の言葉に、俺はつい剣呑な雰囲気を醸し出してしまう。
「……地球だったらって、それ昨日も寝る前に言ってたけど、やっぱりお前、知ってるな?」
「………」
そしてその後の俺の言葉をきっかけに、先ほどまで騒がしかった俺たちに沈黙が訪れた。
そう、俺だって何も理由なく引き籠もっているわけじゃないのだ。なんならリリアにもらったチートを使ってヒャッハー!したいとまで思ってるくらいである。ただそうしない理由を、どうやらリリアは知りたいらしい。
もっとも、俺が引きこもるようになった理由は知っているみたいだ。勿論俺の言葉に肯定したわけじゃないが、その代わりに沈黙がそれを証明してくれている。
まあ、今でも俺が引き篭もっている理由を説明するには、やっぱりまず引き篭もり始めた理由から答え合わせも兼ねて話す必要があるだろう。まあ別に隠したいわけでもないしな。それが終わった後で、リリアが俺の過去を知っている理由についても聞くことにしようか。
そう決めた俺は早速、リリアに向かって語り始めた。
「そう、あれは確か暑い夏の日のことだった。」
「あ、あの!サカイズミくん、これ!」
当時まだ小学生だった俺が突然女子に手渡されたのは、ピンク色の手紙だった。それは可愛らしくハートマークのシールで留められており、その時点でこの手紙が何かを察した俺は、心臓の高鳴りを自覚しつつ、ゆっくりとシールを剥がす。そこに書いてあったのは、
『放課後、体育館裏に来てください。』
というメッセージだった。予想通りの内容に俺は叫びたい気持ちを何とか抑え、体育館裏へと向かう。
向かった先にはすでに人がいた。もちろん、それは俺に手紙を渡してくれた子だ。その子は俺がちゃんとこの場に来たのを確認すると、照れているのだろうか、顔をとても真っ赤にして俯く。そしてそれを見た俺もまた、顔を真っ赤にして下を向いていた。
「あ、あの、サカイズミくん!」
「はっ、はい!」
「実は、実はわたし、サカイズミくんのことっ…」
ここで勝利を確信した俺は思い切ってゆっくりと顔を上げた。せっかく相手が勇気を出してくれているのだ。俺が恥ずかしがっているようじゃ、いけない。そう思っての行動だったが、顔を上げた俺の視界に映るのは予想外の光景だった。
「なーんてね?私があんたみたいな引き籠もりを好きになるわけがないっしょ!!マジウケるんですけどー!!」
そこにいたのは顔を真っ赤にさせて笑う女子と、その友達であろう複数の男女だった。いつからいたのだろうか、そんな当たり前の疑問さえパニックで思い浮かばない。
それでも俺は即座に騙されたことを理解し、その場から走って離れた。その後のことはよく覚えていない。ただ家で、泣きまくったことだけは覚えている。
この時の記憶は当時の俺を苦しめただけでなく、今でも黒歴史として俺を苦しめ続けているのだ。
「ええええ!?今の回想なに!?なんか僕の知ってるやつと違うんだけど!?」
「あっ、間違えたわ、これじゃなかった。クソッ、何で俺はこんな黒歴史を無駄に思い出してしまったんだっ…」
あぁー…。俺としたことが選ぶ黒歴史を完全に間違えてしまった。おかげでリリアは困惑しっぱなしだし、俺は黒歴史を無駄に暴露してしまって穴があったら入りたいような状態だし…。
もう嫌…。
「リリア。」
「な、何?」
「俺、もっかい寝てくるわ。」
「……えっ、今シリアスな感じだったよね?遂にコウキ君の知られざる過去が語られる感じだったよね?」
「そんなの知ったことか。俺には安眠スキルがあるんだ、意地でも寝てやる。」
「えええ!?そんなっ、そんなのチートの無駄づか…」
そうして俺は再び、眠りについた。