神様はどうやら暗い過去を持っているようでした…
「命の恩人たる僕のお願いを、まさか聞けないなんてこと、あり得ないよね?」
「え、ええ、まさか…」
「うんうん、よろしい!」
「あ、あの、その前に状況を確認したいんすけど、IFルートってなんすか?」
「あー、それはまんまの意味だよ。単純に僕が君を助けなければ、ああなる運命だったってこと。君、朝目覚めた時の記憶はあるでしょ?そのタイミングで僕が君をここ、神界に連れてきたのさ。そうすれば君がトラックに跳ねられることはなくなるでしょ?その代わり、君という存在ごと地球から消え…おっと、何でもない。」
「消え…なんすか!?えっ、それどっちにしろ俺死んでない?地球から存在を抹消されてない?」
神様とやらに命を助けられ、さらに脅迫までされている。これだけでもはや俺の理解できる領域を超えてるのに、存在が消えた?待って、意味わかんねえ。
「待て待て落ち着けウェイトウェイト。君、ほっとけば死んでた、OK?」
「OK。」
「そこで、僕が助けた。代わりに君は存在が地球から消えた。OK?」
「それは本当に助けたと言えるのか…」
「リピートアフターミー、OK。」
「お、OK。」
理解ができていない俺に対して神様が説明をしてくれてはいるが、説明の仕方がおかしい。理解していなくてもそこを無理やりOKと言わせて理解出来たことにしてる。神様マジ怖い。いや、怖いのは分かってた。でもそれは畏怖の対象とかであって、こんな893みたいな怖さだとは…
「君、心の中聞こえてるからね?」
おかしいって。絶対おかしいよ、何この怖さ。神様ってみんなこんな感じなの?みんな脅迫とかするの?
「まあ、いいや。そんで、僕は君の恩人、つまり君は僕のお願いを聞く、いいな?」
「は、はい!聞きます!」
もはやOK?じゃなくて、いいな?になってるし…。この人絶対893の神とかだろ。
「よろしい。それでお願いなんだけど、君には異世界に行って欲しいんだ。」
「異世界?ですか?」
「そうそう、君も知ってるでしょ?異世界転移ってやつ。まさにそれだね。」
「理由をお聞きしても?」
「あー、理由とかはないよ。ただの暇つぶし。」
「は?」
「あ?」
「な、何でも無いっす。」
ということはつまりあれですか、俺はただの暇つぶしで地球から存在を抹消されたと、なるほどなるほど。いや何がなるほどだよ。何もわかんねえよ。この人には絶対逆らっちゃいけないってことしか分かんねえよ。
「あ、君が想像してるみたいに、ただ僕が暇で、とりあえず人で遊んでみるか、とかではないから、安心して?」
「あ、違うんすか。」
「もー、君は僕のことなんだと思ってるのさー。」
「89…」
「ん?よく聞こえないな。もうちょいはっきり言えよ、な?」
「命の恩人様です!」
「だよねー、そうだと思ったよー。で、話を戻すけど、実は君がこれから行く異世界の神様は僕の友達でね?その子は自分の世界に外部から干渉を受けるのが大っ嫌いなんだよ。そ!こ!で!外部、つまりこの地球から誰か送り込んでやろうかな、と。」
うわ、最低だ。最低だよ、この人。こんなんただの嫌がらせじゃねえか!
あれ?でも待って、外部からの干渉を嫌うってことは、つまり外部から来た俺は真っ先に殺されるんじゃね?
「良い質問だね、君。」
「質問してないっす。あとナチュラルに心読むのやめてください。」
「良い質問だね、君。」
「えっ。」
「良い質問だね、君。」
「あ、ありがとうございます!」
もうやだこの人、お家帰りたい。この人といるとマジで心臓弱りそう。
「それに関しては安心して。対策をとってあげるから。」
ん?どっち?俺の心臓の方?それとも命の方?
「命に決まってるでしょー。」
「なるほど。」
「その対策として、君には最大限チートをつけてあげよう。」
「おおお!!あなたが神か。」
「いや、そうだけど。何?やっぱそういうのに憧れてたの?」
「もちろんです、神様。憧れない人なんていませんよ。」
「君が乗り気でよかったよ。じゃあ、早速異世界へ送るね。」
「え?待って、異世界の説明とかは?チートの内容とかは?」
「あはは。」
「あはは、じゃねえよ!えっ、ホントに?マジで?」
「じゃあね、コウキくん。せっかくなんだから、異世界をちゃんと楽しむんだよ?」
そうしてコウキは異世界へと転送され、その場には少年ただ1人が残った。先ほどまで騒がしかったこの空間にも、ようやく静けさが訪れる。
「はぁー、行っちゃったねー、コウキくん。」
「よろしかったのですか?神様。そのお姿で。」
「はは、仕方ないよ、あの姿で顔向け出来るわけがないじゃん。」
突然、少年のすぐ後ろに現れた天使らしき女性の言葉に、少年は驚くこともなく複雑な表情で返事をする。
その顔に浮かぶのは悲しみか、悔しさか、いずれにせよネガティブな感情であることは間違いない。
「………」
「本当に、過去の僕を殺してしまいたいくらいだよ。でも、今の僕にできるのは、これくらいしか無いから。」
「何故、謝らなかったのですか?許してもらえたかもしれないのに。」
「許してもらえるわけがないよ…。それに、怖すぎる。彼に、憎悪の目を向けられるかもしれないと思うと。」
そう言うと少年、いや少年のように見える少女は顔を上げた。
「まあ、何にせよ彼にはとにかく異世界を楽しんでもらわなきゃ、ね?」
「……えぇ、そうですね。」
先ほどとは一転、顔を上げた少女の顔には、もはや悲しみの感情など、残っていなかった。