特殊能力
「で、なぜこんな所にいるんですかノアちゃん?」
これはケイにとってはかなり率直な意見、いや、疑問でもあった。
防護フィールドから出る瞬間の彼女の笑顔と、希望や不安、ましてや全ての感情が混ざっているかのごとく、真実を悟られぬよう密かに隠れているような、紺碧の瞳。
ケイが今まで経験したどんな瞬間よりも血が騒いだ、あのステキな気持ちを、今では返せと叫んでやりたいくらいだ。
「はぁ…やっぱりあなたの脳みそは腐り切っていたのね」
辛辣に罵倒されるケイ。協力する立場でありながら、もはや頭も上がらない状態である。
「すまん。ノアちゃん。俺にではなく俺の腐った脳みそに説教を垂れ込んで下さいよ。」
「やだわよそんなの。まるで私がバカみたいじゃない。」
つい1時間前、バトルスーツに身を包んだケイと、ワンピース一枚を着るだけのノアは、ケイの家の防護フィールドを出た。
私たちの冒険の始まりとまで啖呵を切って起きながら、後について行ってみればいつの間にかビルの中(正確には地下だが)に入り、ゲームでよく目にする集会所のような所のテーブル席に鎮座させられている次第だ。
「ほらスカポンタン、あなたも私の崇高な説明を聞く前に、何か腹ごしらえをしましょう。代金は出世払いで、ここは私が持っておくわ。」
「す、スカポンタン?マジ昭和くせぇな…」
手渡されたボロボロのメニューを受け取り、中を見てみる。驚愕した。
「じゃがいものステーキ…ポテトサラダと季節のサツマイモを添えて…何?嫌がらせか何か?今までの中で一番笑えない冗談何ですけど?」
「あなた…さっきから何言ってるの?あの街の状況で動物を飼育出来るとでも思ってるわけ?」
そう。この世界、パラレルワールドでは大きく分けて政府側と反政府勢力、レジスタンス側との間に大きな格差が生じている。
声を低くし、今度はかなり、割と、結構真面目な表情でケイに説明を始める。
「これは重要だからちゃんと説明しておくわ。その空っぽな頭をひねくり回してよく聞いておくことね。」
「うん、説明する気あるんだよね?」
「まず簡単に説明すると大きく分けて三つね。まず一つは、政府側とレジスタンス側との間に生まれた格差により、政府の圧力で一般市民の生活が地下のみに強いられていること。二つ目は、この地下の生活に耐えられなくなった人間が非感知システムを持たずに地上へ出た場合、ほとんどの確率で政府軍、精鋭部隊に殺害されること。そして三つ目。これは市民の99%は知らない、いや、知れない事よ。それは、政府のこの横暴な政策の裏側にある真の目的。」
三つ、この世界の現状の概要を説明してもらう。
「なるほど。これだけ聞く既にこの国はフラグが立っていると?」
「まだ立たせないわ。なぜなら三つ目の99%の人間は知らない情報を、私が知っているもの。」
「あんた、1%のピープルだっとは…脱帽だな全く」
ウェイトレスの持ってきた水を一口飲み、先を進める。
「一つ目の格差。これはどこの世界でも起こりうる事で、政府側の意見が市民に理解されず、色々都合の悪い事が生じる前に手を打った状態が今の状況ね。それまでは温厚に済んでいたけれども、ついにしびれを切らしてレジスタンスを立ち上げ、抵抗を試みた一般市民達は、無惨にも圧倒的経済力と軍事力の前に屈服せざるを得なかった。政府側はこの事件を恐れ、体制を整えて反撃を仕掛けてくる前に街を一気に攻め落としたの。しかも不意打ちで。」
「おいおい、それ本当なら政府のお頭
さんは相当病んでると思うぜ?」
「そこで二つ目の市民の惨殺。何ヶ月か前、情報収集する為に地上へ出た男は非感知システム付きスーツを着ないで外に出たの。ところが、出て間もなく精鋭部隊に見つかり、抵抗したがために殺されたわ。それこそまさに今のこの状態、地上に出た人間は即刻に捕えられるか、抵抗した場合その場で処刑よ。」
(なるほどね。だからこの世界の地上という地上は人がいなかったのか)
ケイはてっきりこの街には人が住んでいないと思っていた。
正確には、住んでいたけれども、同座標なだけであり実際には地下で生活をしていた事になる。
「ここまではまぁ見れば分かるって所よね。あなたのスポンジ脳みそでも理解できたと思うわ。」
「あのねぇノアちゃん。一言が多いのよ一言が!そこグッと飲み込みましょうよ!」
「そして最後が…」
「聞いちゃいねぇな!」
「はぁ…話の骨折らないで貰えるかしら?」
ケイは悟った。この少女、間違いなく無自覚で毒舌を吐いている。
今までの会話でどことなくスルーされがち、もしくは噛み合わないような気がしていたのは、全てノアが無自覚で罵倒の次々を発していたからだ。
ツッコまれる事を想定内にしないがために、ケイのツッコミは虚しく空を裂いていた。
「あの、ごめん。もういいから話続けて下さい…」
話が折れる前にケイのメンタルがへし折られたので、負けず嫌いの彼が泣く泣く白旗を上げた。
「最後の三つ目。これはとても大事な事。聞き漏らすことは論外な上に、誰かに聞かれるとあまり芳しい状況にはならないと思うから、1回しか言わないわよ。しかも小声で。」
念には念を押しまくってくる彼女。
これまでの内容とは明らかに雰囲気が違う。
聞くことに責任が生じ、聞いた後はその責務を果たす義務がある。言わずとも、肌で感じる、そんな覇気が今の彼女を纏っていた。
小さく、しかし重々しく息を吸い込むと、彼女は語り始めた。
「3つ目の政府軍の目的。それはあなたにあるわ。」
…へっ?ナニヲオッシャッテイルノヤラ?
「この世界の安泰を脅かしている政府。実はパラレルワールドの存在には薄々勘づいていたの。あなたがやって来る以前、政府はもう一つの世界、世界①の存在をある程度感知した。詳細は明かされてはいないけれど、世界①と世界②が互いに影響しないよう配慮する事が当初の政府の役割だった。けれど、そこにある疑念が生まれた。」
「疑念…もしかして俺みたく時間をどうのこう乱す奴が現れたとか?」
「…無駄に勘が鋭いのね。まぁほとんど正解だわ。この世界には昔から時々世界①から迷い込む人がいた。同時に、世界②から向こうへ飛ばされる人もいた。そうした現象が生じた時、この世界では妙な出来事が起こった。何だかわかる?」
唐突に質問されたケイは、無言で両手を挙げ、降参の意を表明する。
「荒れた情勢、乱れた政治。これらがその異人の登場によって改善さたの。」
「おいおい、改善されてこの有様はひどくねぇか?」
「愚問だわ。もちろん最初は政府もその状況を喜んだ。しかし、それは政府の無力さを露見する実態でもあった。なら話は簡単ね?異人が舞い降りれば空気が変わる。異人を操れば、空気を変えられる。その事実に気が付いた政府は、異人確保に躍起になり、思いのままの世界を創るために暴れ始めた。という訳よ。」
「…その、異人の利用価値に気が付いたのは…?」
「丁度半年前。政府は事前に研究し、確証を得ていた、世界①と世界②の人間の違い。それは人間の発する微量の電磁波の周波数の差。人から放たれる周波数なんて、所詮は雀の涙。そんなものをどうやって感知してるのかは知らないけれど、そこに明らかに違う周波を発する者が現れれば、警報がそれを知らせるだけの簡単なシステム。それを使って、あなたを捉え、好き放題しようとした…ってとこかしら?」
小首をかしげ、人差し指を顎の下に当てて斜め上を向く。
そんなノアは、性格という壁を取り除けば非常に女の子らしい雰囲気を持っただろう。
しかし、内容が内容なだけにビビったケイはそんな事にも気が付かない。
「好き放題って…マジであれ危なかったんだな…じゃあこのスーツ?は極論、世界②の人間と同じ周波を出す仕組みになってるのか。いやぁこれはなかなか思い責任負わされたもんだな。」
そんなやり取りもはや15分。
結局悩んだ末に消去法で辿り着いた「じゃがいものステーキ~季節の芋を添えて~」が、悠々と運ばれてきた。
「こうして見ると圧巻だな…」
運ばれてきた芋料理は想像を遥かに超えてきた。
焼かれた芋の上に、さらに芋が盛られる異様な光景。
味はともかく見た目だけで言えば十分な威圧感を放っている。
「何をしているの?早く食べなさいよ。」
そう促され、ケイはテーブルの隅に置かれた塩と胡椒に手を伸ばす。
普段ケイは塩を先にかける。これは決まった、ルーティンの様なものだ。
しかし、あいにく塩は先にノアが使っていたため、ケイは胡椒からかけた。
ルーティンから外れたこの瞬間、時空が乱れる。
ケイが胡椒をかけた時、ノアのコップに亀裂が入る。
「…不吉ね…」
などと言いつつ気にせずに芋を頬張るのあ。
(コップにヒビとか凶兆じゃねぇか)
呑気に構えていたケイだが、これだけでは終わらなかった。その後特に何事もなく芋を食べ終えたケイは、ナイフとフォークを皿に並べようとする。
(いちごオレといい、塩胡椒といい、これなんかあんぞ)
勝手な憶測。しかし、辻褄も合わなくはない。ちょっとした好奇心から、小規模実験を思い浮かぶ。
(ナイフとフォーク…逆にしてみっか)
普通ナイフとフォークを並べて食後を意味するが、その時の並べ方には基本的なマナーがあり、人々はその通りに並べて食事を終える。
皿の左側、ナイフの刃を内側にし、その右隣にフォークを並べる。
そこでケイは、その全ての決まり事を真逆にする。
(どうだ!)
無論、推測は当たった。今度はノアの皿に、亀裂が走る。
(やっぱり!俺が何がする時、俺の行動が日常と外れた瞬間、身の回りに異変が起きる!!)
この推測を伝えるため、ノアに話しかけようとした時、先に声をかけられた。
「あなた…『分岐』の能力を操れるのね」
『分岐』。確かに彼女はそう言った。
ケイがこの世界にやって来た大きな原因の一つとして挙げられる事象。
それを操れるとなれば、元の世界に帰れることも視野に入ってくる。
「それって!もしかして俺が元の世界に戻るたっ」
「無理ね」
「…へっ?今操れるって言ったやんけ?」
想像だにしない返答。元の世界に戻れないとということはなかなかに重大な問題点である。
「あなたは確かに『分岐』を操れる。けれど、それはこの世界のみで有効な、事象を決定づける能力。けれど、憶測にしてはいい線ね。世界①に帰る。すなわち、それは世界②を上手く分岐させ、世界①に繋げる事を意味するわ。」
(…なるほどね。つまり俺の行動次第でこの世界の事象を操れ、上手く行けば世界を繋げる事によって、『帰る』という事象を作れるわけだ)
この現象の扱いについて、独自で結論を導き出すケイは、更なる答えをも導き出す。
「つまり、俺の行動が世界を変える、たった一つの鍵であり、その行動につきまとう責任は、比類なき重さを背負っている。てとこかな?」
「ご名答。と言っておくわ。それなら私があなたに言いたいことは一つ。分岐の能力の使い方についてだわ。」
「使い方…分かるのか?」
実際問題、ノアには分岐の能力がない。なのに自信満々に説明すると断言されても、戸惑う事しかできない。
「これはあくまで私の憶測と経験則でしか言えない事。本題は、あなたの分岐は恐らく2パターンあるわ。」
「2パターンって事は、使いようによっちゃあ便利にもなるし、逆に災いももたらす事になんのか」
「そういう事。けれど、時間が無いわ。腹ごしらえも終わったことだし、そろそろ作戦の準備に入りたいの」
「おっ!!待ってました作戦!!何やんのさ?!」
次の言葉を、餌を待つ犬のように待つケイは、思いがけない一言に凍りつく。
「政府軍の小規模拠点、と言っても高さ10階のビルだけれど。そこへ侵入して、政府軍の目的、行動記録、諸々の情報が入ったファイルを盗むわ。」
「…まじ?」
「おおまじよ。ファイルと言っても、データをコピーしなければならない。そこにたどり着く前に、きっと多くの敵が邪魔してくるわ。ケイ。あなたのその『分岐』を使うチャンス到来ね」
そう言ってノアは、ケイの腕を引っ張り、店から出ようとする。
「ちょっと、まだ能力の説明を…」
「言ったでしょう?移動中に説明するって。あなたのうずまき管はどうなってるの?」
「いやいや。まだ説明受けて…うずまき管?」
意味不明。理不尽。何を言ってるんだこの女は。
だけど、負の感情は、湧いてこない。
手を引かれ、後ろを振り向く時、決まって彼女は笑顔を見せる。
その笑顔を見ると、高揚感に満たされ、色々なマイナスの感情は無くなってしまう。
冒険の始まりは、嫌いじゃない。