分岐
ここはどこだ。いや、その前に今は何時?いやいや、今何年だよ?
こめかみに鋭い痛みが走る。ついさっきまでゲームしてて、疲れたからそのまんまベッドにダイブして…
気がついたら、そこは荒廃したビル、燃え尽きた家々が視界を埋め尽くしていた。あちこちが割れている舗装道路からは、この世界に似合わぬ綺麗な緑色の草が、死から逃れようと言わんばかりに力強く生えている。
見たところ、荒廃した…街とでも言おうか、その街だったらしき場所に点在するビルは、かなり未来の技術で建てられたと思われる。家に関しても同じだ。
一体ここはどこなんだろう?思い出そうとする度に頭痛が起こり、まるで思い出す事を禁じられているように錯覚する。
頭痛と戦っていた時、さっきまではいなかったのに目の前に少女が立っていた。
透き通る青い目、荒廃した街の色とは正反対の純白のワンピース、そして、煙と雲で覆われた空から差し込む光を浴び、鏡のように美しく反射する銀髪。
何を言いたいのか、何を求めているのか、じっとこちらの目だけを見ている。すると、そっと手を伸ばしてきた。
その手を取ろうと、俺は荒れくれた道路へと、一歩を踏み出した。
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「ピピピピピピピピ…」
「んぁああ!!うっるせぇな!」
力の限りに目覚めさまし時計に一発をくれてやる。
(夢……か…)
ここ3日間くらい同じ夢を見続けている。いつも必ず、少女に触れる前でこの腐った現実に戻ってきてしまう。
「202×年7月24日…7時55分…」
カーテンを開け、ゲームとPCとベッドしかない質素(笑)な部屋に、光を差し込ませる。
今日は…平日。だが、つい何日か前に夏休みに入ったばかりだった。「ケイ」は朝食を摂るために台所へと向かう。
冷蔵庫を開け、中を覗いてみる。
「やば…牛乳切らしとるやんけ」
ケイの日課、いや、ルーティンと言うべきだろうか。毎朝コップ1杯の牛乳を一気飲みせずして彼の一日は始まらないのだ。
「しゃーない。ビニコン行ってくるか」
余談だが、ケイの変な癖として一つ挙げられるのが、彼の話す言葉はいつも「ケイゴ」である事だ。「ケイゴ」と言っても、目上の人間に対して発する言葉とは全く違う。「ケイの話す語」ということで略してケイゴどある。自分中では大きく確立された言語であると勝手に認識している。
ケイは軽く寝癖を直し、使い古した長財布を引っつかみ、玄関を開けた。日常生活が自宅警備気味のケイは、目に襲いかかって来るであろう強い日差し予期し、フライングをして目を細めた。だが、そんな必要は皆無であった。
そこは、全く違う世界だった。毎晩夢で出てくるあの、荒廃した街が目の前に広がっている。瞬きも忘れ、呆然と立ち尽くす。目の乾燥に気づき、一瞬目を閉じると、そこにはもう荒廃した街も、ビルも見えなかった。
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ケイは最寄りのコンビニへ、いつもの低温殺菌牛乳を求めて足を運んだ。乳製品類が並ぶ棚へと行き、巨大な欠伸をしながら牛乳を手に取った…つもりだった。
「おりょ?いちご…牛乳…いちごミルク…いちごオレ!」
イマイチ呼び名が分からない飲み物だったが、商品名を見て納得したらしい。
「俺が欲しいのは牛乳だぜ?」
自分に言い聞かせるようにして隣に陳列されている牛乳を取ろうとした。が、生憎未入荷、と言うより売り切れだが、そこにはあるはずのいつもの牛乳は無かった。
「まぁたまにはいちごオレも悪くはないよな」
あまり多くは飲んだことはないが、ケイはいちごオレを買って、家に帰った。
テレビを見ながら冷たいいちごオレを一気飲みする。丁度今夜の天気予報をしていたところだ。
「今夜は大気が不安定になり、明け方まで激しい雷雨が予想されるでしょう。」
お天気アナが軽やかだが、どこか安心できるような口調で予報を読んだ。今夜は大分荒れるらしい。と言っても、自宅警備員のケイにはあまり業務妨害にはなりそうにもなかった。
今は晴れているのに、急激な天気の変化が今後の生活の変化を暗示しているということは、この時は気づくよしもなかった。
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「ん〜ったぁ!んじゃあ晩飯食べるべ!」
ケイは父と2人暮し。しかし、父は職場に近い所にアパートを借りて暮らしている。本当は一緒に引っ越すつもりだったが、父はケイの学校の事も考え、週一のメンテナンスを契約として一人暮しを許してくれた。と言っても、監視の目もなければもちろん、引きこもり気味になってしまうのは避けられない道である。
けれど、ケイは掃除、洗濯、料理、全てを上手くこなせる。なので、晩御飯が質素になって、ジャンク寄りになるような事はゲームのイベントから手が離せない時以外はまずありえない。
「さん…にー…いっち!!!ほいやぁああ!!!」
大声で叫びながらお好み焼きをひっくり返す。ケイいわく、お好み焼きは一品なのにも関わらず、栄養価のバランスに優れているので比較的頻繁に作る料理のひとつらしい。
朝買ったいちごオレとお好み焼きをかっこみ、ゲームの続きをしに部屋へ戻った。
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あれから何時間経ったのだろう。時計を見ると、あの異様な光景を見てから実に半日経っていた。
結局また今日もゲームをして過ごしただけだったが、進まなかった部分がなかなかどうして上手くいったので満足感に満たされていた。
さっき食べたお好み焼きは、かなりお腹の中で落ち着いていた。
部屋の中がかなり蒸し暑く、寝付こうとしてもなかなか寝付けない、嫌な環境だ。
結局寝れずに2時を回った頃、妙な事が起こった。ケイは嵐の吹き荒れる音を聞いて天井を見ていればいつか寝れる、と思っていた。
が、妙な事に外の嵐の音が全くしない。ついさっきまで吹き荒れる音にイライラしていたのに、いつからか静寂に包まれた状況に違和感なく順応していた自分に驚く。外の天気が気になり、カーテン引いて外を見た。
ケイは絶句した。そこには、普段見慣れたいつもの景色はもう存在していなかった。その代わり、自分の家の敷地内は青緑色のバリアの様なものが張られ、その外は、夢で見たあの荒廃した街が現れていた。
状況が飲み込めないまま、とりあえずジャージに着替え玄関を開けて外に出る。自分の家は一軒家で、大きくはないが芝生が敷かれた庭がある。その芝生が存在する端から、球体を描くように謎のバリアの様なものが存在している。
ケイは家の門まで足を運び、バリアの中から外の世界を見渡す。驚いた事にこの状況に恐怖の感情は湧かず、代わりに強い好奇心に襲われていた。今まで全く見たことの無い世界が、突然現れた。いや、正確には見た事はあるが自意識の中では見た事がない、つまり夢では見た事があるけれど、それはただの夢だ。果たしてこれが夢なのか、明晰夢?良く分からないが、少なくともケイの住んでいる「現実」とはとてもかけ離れた環境に心が動かされた。
安全かどうかも分からない。バリアに触れたらサイバー系映画でよく見る圧力光線で焼かれるかもしれない。しかし、そんな疑念、疑惑はケイの好奇心の前に虚しく散っていくだけだった。
ケイは固唾を飲み込み、必要は無いのに目を固く閉じながら、バリアから飛び出した。