7話.事件
アルルが村に戻った時、村中は喧騒に包まれていた。ここ数日でオレがお世話になった人から、知らない人まで。おそらく村中の大人が出てきているのでは無いだろうか。
因みに、現在時刻は午前4時くらい。
時計なんていう便利な物はこの村には無いが、異世界で暮らすうちに大体の時間感覚は身に着いた。東の空から薄っすらと太陽が昇り始めている事から、オレの体内時計は大体正確だろう。
何が言いたいかというと、今は早朝なのだ。それも、普通なら寝ている時間帯。数日間この村で暮らしていたが、この時間に村人がこんなに集まっているなんて事は無かった。
何かあったのだろう。取り敢えず、情報収集に徹する事にする。丁度、アルルも村人達の輪に加わった事だしな。余程焦っているのか、オレの潜伏している茂みにまで話し声がはっきりと聞こえる。オレが移動する必要は無いだろう。
「アルル! アッシュを見てないか!?」
「アッシュ……? 見てない」
「くそっ! やっぱりか!」
「どうしたの……?」
「アッシュが何処にもいないんだよ!」
――――何だって? どういう事だ?
「……どうして?」
アルルの口から出された言葉はオレの気持ちを適格に代弁していた。訳が分からない。何故、今のタイミングでアッシュが居なくなる?
「昨日から家に帰って来てないんだ!」
――は?
「ちょっと待ってくれ! オレは昨日アッシュと宿で話したぞ!」
思わず、隠れるのを止めて叫んでしまう。
ここで声を上げる事のリスクは分かっているつもりだ。オレは所詮よそ者、この村の人達からしてみれば部外者でしかない。きっと、怪しまれるだろう。何故そんな所に隠れていただとか、お前が来たからアッシュが居なくなっただとか。前者は兎も角、後者の様な滅茶苦茶な疑いを掛けられる可能性もある。
だが、それがどうした?
確かにオレは邪神の手先、ダンジョンマスターの一人だ。いずれオレ達は勇者達を滅ぼす。勿論、アルルも。そこに妥協をするつもりは一切無い。でも、オレも元は現代社会で過ごしていた一般人だ。最低限の倫理観は持っている。恩のある人達の危機に知らん振りを決め込む程、人間を辞めたつもりはない。
それにオレ自身、アッシュの事が心配だというのもある。アイツの様に自分の夢を堂々と言える子供が、その夢を奪われていい筈が無い。恵まれた環境にいるのだから、彼には真っ直ぐに育って欲しい。
まあ単純な話、オレもアッシュが心配なのだ。リスクと天秤に掛けて、アイツを取るくらいには。
「……シン!? お前、なんでそんな所にいるんだ? いや、その前にお前は今まで何処にいたんだ!?」
案の定、村人の視線はオレに集中した。さて、おそらくここがターニングポイント。現在オレは疑われている。アッシュがオレの部屋に行ったきり、行方不明。そしてオレは村の何処を探しても見つからず、今になってノコノコと出てきた。正直、疑われる要素しかない。
――だからこそ、会話の主導権を握る。アッシュがいない原因には心当たりがある。オレがアッシュを誘拐していない以上、怪しいのはたった一つしか無い。盗賊団だ。この村は隣の村からも離れてるし、交通の便はあまり良くない。おそらく、というよりは確信をもって言える。アッシュがいない原因は、盗賊団だ。
「確かに、オレは先程までこの村にいなかった。だがそれには理由がある。アッシュに話をした後、山の方に向かう怪しい人影を見たんだ。盗賊が出るとかいう物騒な話も聞いたからな。追跡してたんだが、結局見失ってしまったので戻って来たんだ」
流れる様に嘘をつく。この際事実はどうでもいい。新参者のオレが何を言った所でオレへの疑いは晴れる事は無いだろう。だからこそ、オレの潔白はオレ以外の者が主張する必要がある。今オレの持っているカードは、アルルが盗賊団がいる証拠を見つけたという事を知っている事。それを生かす。
「嘘をつくな! そんな都合のいい話を信じられるか! お前がアッシュを何処かへやったんだろう!」
――ほら、来た。予想通りの返答。ここまでお膳立てすれば、お前は動くだろう?
「待って……さっき山奥で盗賊のいる証拠を見つけた」
そう、お前は動く筈だ、アルル。オレを有利にする方向へ。オレの想像通りに。
「なっ!? じゃあまさか、本当に盗賊がアッシュを……?」
そして、ちょっとでも疑いが此方から外れれば、後はオレのペースに持ち込める。
「盗賊がアッシュを……? 大変だ! 直ぐに助けに行かないと!」
村人達の不安を煽るようにワザとらしく叫ぶ。不安は人から人へと伝染する物だ。それも加速度的に。
「確かに……! 早く助けないとアッシュが危ない!」
誰かが言った言葉を皮切りに、村は再び喧騒に包まれる。泣き出す女の人、焦りだす大人達。最早、この村は集合体として機能していない有象無象の集まりとなっていた。
「私が行く」
場を沈めたのは、この村の勇者の一声。信頼、実績、強さ。それらを兼ね備えた少女の一言だった。流石は勇者、あれ程混乱していた場を一瞬で鎮めやがった。
「オレも手伝う。旅をしていたから、ちょっとは役に立てるかもしれない。それに、このままではオレが疑われてしまうしな」
アルルに次いでオレも宣言する。
そう、結局やる事は一つしか無いのだ。アッシュを助ける。そうする事でしか、オレの完全な潔白を証明する事は出来ない。
オレは村人からの信頼を取り戻す必要がある。この村で自由に動けなくなるのは厳しいしな。
だから、これはアルルを殺すという目的の上でも必要なプロセスだ。
……いや、言い訳をするのは辞めるか。今回、オレが動く理由はたった一つ。アッシュを助けたい、だから助ける。それだけだ。
悪の手先だって、たまには人助けをしてもいいだろう?
あの邪神も言ってたじゃないか。
「その心に従って自由に生きろ」ってね。




