4話.出会い
コアルームを飛び出し、部屋の片隅で息を潜める。侵入者はまだこの部屋まで到達していなかった。罠などを警戒してゆっくりと進んでいるのだろうか、だとしたらオレは随分とツイている。どうせ罠なんてこのダンジョンには存在しない。ありもしない罠に気を取られて、進行速度が遅くなっているお陰で侵入者を迎え撃つ準備が出来た。別に準備と言える程、高尚な物でも無いが。
現状をもう一度整理して見る。まずは此方の防衛戦力から。スライム一匹に戦闘経験の無いオレ。戦力は無いに等しい。
次は侵入者の戦力だ。数、種族、能力共に不明。苦しい闘いになるだろう。
だが、此方にも明確なアドバンテージが二つある。一つは、此方はダンジョンの構造を知っているという点。地の利は此方にあるだろう。
もう一つは、数だ。此方は一人と一匹。このダンジョンの通路は狭く、複数人が並んで通る事は出来そうにない。つまり、この部屋には一人ずつ入ってくるという事だ。この優位点を上手く利用出来るかがポイントとなるだろう。
作戦は単純明快。この部屋に入って来た奴から、スライムとオレで左右から挟んで倒す。数的有利を生かせ無ければおそらく、オレはここで死ぬだろう。まともに戦っても勝てる訳が無い。敵が自分たちより弱いなんて奇跡を信じるのは無理だ。だからこそ、可能ならば一撃必殺が望ましい。持久戦になればなる程、此方に勝ちの目は薄くなってくるだろう。重い一撃を急所に入れる。勝負は最初の数秒で決まるだろう。
集中力を高め、部屋の闇に紛れる。息を潜め、侵入者がこの部屋に来るのをジッと待った。
………………。
そして、その時は訪れた。部屋に入って来た真っ黒なシルエット。着けている防具や、持っている武器の形状はダンジョンが暗いせいで分からない。でも、コイツが入って来た瞬間、一つだけ理解出来た事がある。
コイツは――勇者だ。
本能的に理解してしまった。コイツは倒すべき敵にして殺すべき相手。こんなに早く邂逅する事になるとは。出来るならばもう少し、ダンジョンが成長した状態で戦いたかったが、贅沢は言っていられない。現実に今、オレと勇者が出会ってしまった。考えられた中でも最悪のケース。今から始まるのはお互いの命のやり取り……殺し合いだ。
だが、それがどうした?
――生き残るのは、オレだ。
オレの覚悟に呼応して、スライムが勇者目掛けて決死の突撃をする。
「――ッ!」
闇からの奇襲は確かに勇者の意表を突いた。油断していた勇者の腹に一発。常ならば、気にもしないであろう弱小モンスターからの一撃。その一撃は、ほんの僅かではあるが勇者の体勢を崩す。
「うおおおおっ!」
スライムは自分の仕事をした。次はオレの番だ。体勢を立て直される前に追撃を仕掛ける。既に賽は投げられた。渾身の力を引き絞り、右の拳を振りかぶる。狙うのは一点。人体の急所、顎だ。
振りかぶった勢いをそのままに、相手の顎の先端へと拳を叩き込む。ヒットすると同時に身体の全体重を前に押し込み、吹っ飛ばす。
「やったか?」
やれる事はやった。おそらくこれ以上の攻撃は出来なかっただろう。これで立ち上がられたら、もう此方に打つ手など無い。その時はダンジョンと一緒に死ぬしかない。
一秒、また一秒と時間が過ぎていき、空間にオレの息遣いと、スライムが跳ねる音のみが浸透していく。
勇者が起き上がる事は無かった。一応、様子を確認しに行く事にする。顎を強打したので流石に気絶しているとは思うが、念には念を入れたい。何故ならこっちは圧倒的弱者。警戒しすぎという事はない筈だ。
倒れている勇者の近くに行き、状態を確認する。幸いと言うか当然と言うか、勇者は気絶していた。
「……女?」
先程は必死過ぎて気付かなかったが、勇者は女だった。だから何だという話だが。男だろうと女だろうと、どうせオレのやる事は変わらない。勇者の持っていた剣を引き抜き、喉元に突きつける。後は振り下ろすだけで、この勇者の冒険はここで終わる。ダンジョンのレベルは上がり、オレの死ぬ確率はグンと減る事になるだろう。
オレは今から、この女を殺す――。
…………本当に?
……突きつけた剣を振り下ろす事は出来なかった。剣を横に投げ捨てる。金属が奏でる独特な音が部屋に反響した。
「なんで……」
オレに、勇者を殺す事は出来なかった。何故なのかはオレにも分からない。生かしておくメリットなんて何処にも無い筈だ。
殺す、勇者を殺す――――殺せ。
胸の中にある殺意は微塵も衰える事無く燃え上がっている。この感情がおもむくままに行動すれば、きっと楽になる。
――――殺せ、殺せ、殺せ。
殺したい。あの勇者を今すぐにでも殺したい。でも、この衝動が行動に発展する事は無かった。先程から脳の何処かが必死に警報を鳴らしているのだ。彼女を殺してはいけないと。オレはこんなにも彼女を殺したいのに、意思に反し身体はちっとも思い通りに動かない。
彼女を殺したいオレと、殺したくないオレとが胸の中に同居し、その存在を叫んでいる。
――殺せ。
殺意に従って、心の叫びを全力で無視し、投げ捨てた剣を拾い構えなおす。
そして、オレはこの剣を――――。
「ん……ここは?」
「ああ、目が覚めたか」
結局、オレは彼女を殺す事が出来なかった。反吐が出る。何度試しても、剣を振り下ろすことは出来そうに無かった。
あの後、オレは彼女を外まで運び出し、起きるのをずっと待っていた。
「えっと……貴方は?」
「ああ、オレはシンだ。旅をしている」
「私はアルル。この近くの村の勇者」
自分の名前を名乗っておいて何だが、オレはこの勇者と仲良くなる気は全く無い。寧ろ、殺したくてしょうがない。胸の中の殺意は微塵も衰えていなかった。
「そうか、アルル。君はあの場所で気絶していたんだ。何か覚えてないか?」
「ごめんなさい……何も」
「そうか。なら自分の村に早く帰った方がいい。きっと疲れているんだろう」
「そうする。えっと、貴方はこれからどうするの?」
――来た。この質問を待っていた。これこそが、目的遂行の為に必要な事。
「すまないが、そろそろ食料が尽きかけていてね。良かったら、村まで案内して欲しい」
勿論、これは大嘘だ。オレの目的は村や、食料などではない。その先にある。
「分かった。着いて来て」
歩き出したアルルに着いて行く。ダンジョンの守りをスライムだけに任せるのは不安が大きい。でも、このままではいけない。無抵抗の勇者一人殺せないようでは、これから先はやっていけない。遅かれ早かれ、死ぬ事になる。オレが生き残る為に、アルルは絶対に殺す必要がある。
でも、その殺意をオレ自身が邪魔してくる。だからこそオレが納得し、殺意だけに身を任せる事が出来るだけの理由が欲しい。
何でもいい。ゴミを捨てたとか、子供をいじめたとか、そんな些細な事でいい。この勇者がそんな事をした瞬間、オレはきっと何の抵抗も無く、コイツを殺せる。
「えっと、シンさん?」
「シンでいいよ。敬語は要らない」
――そう。オレは絶対にこの勇者を殺す。




