17話.馬車で
隣町、と言ってもドド村の近くには町は無い。
目的地である隣町――トルト町は、道中にある村を二つ通過した先にある。時間にして馬車で一日程。最早隣とかいうレベルでは無いのだが、そこに突っ込んではいけないのだろう。遠くはあるが、一番近い町ではあるのだ。
もしかしたら、異世界人の感覚からすると一日弱で移動できる範囲は近いのかもしれない。地球で過ごして来たオレとしては、一日移動に掛かるというのは、物凄く遠く感じてしまうのだが。
兎に角、ダンジョンが見つかった為、ダンジョンが成長する前に破壊する必要がある。その為に各村から有志を募集し、トルト町の警備隊と合わせて短期決戦でダンジョンを攻略するらしい。
ドド村からの戦力は勇者であるアルルとハルト。そしてオレだ。現在、オレ達は馬車の中にいた。
現代日本の車での移動に慣れたオレからすると、馬車の移動は苦痛でしかない。固い椅子にはダイレクトに地面からの振動が伝わってくる。正直、乗り心地が悪い。
それに、乗り心地が悪い理由はもう一つある。
……馬車の中に会話が無いのだ。
別に、アルルやハルトと仲良くなりたいとか、単純に気まずいとかそういう事じゃない。無言の空間も、それはそれでいいものだ。
オレが危惧しているのは、先程から思考を埋める様に展開されているこの殺意。
アルルとハルト、二人が揃ってから脳裏に蠢く殺意は一層強くなった。思考を他の事に割かなければ、理性が本能で埋めつくされる程に。
勿論、この本能に従いたいという気持ちはある。だが、今のオレはそれ以上に恐れている。コイツ達を、殺すという行為を。
この気持ちに従えば、きっとオレは取り返しのつかない所まで落ちてしまうと、そんな漠然とした予感があった。
「シンは、今までどんな生活をしていたんですか?」
唐突に、ハルトがオレに尋ねてきた。彼も無言の空間に耐えられなかったのだろうか。
「突然、どうしたんだ?」
まさかと思うが、何かおかしな行動をしてしまったのかもしれない。
……正直、この殺意が行動に表れなかった自信はない。勇者一人なら、何とか理性で殺意を抑える事が出来た。でも、アルルとハルト。この二人が同じ空間にいるとキツイ。ダンジョンマスターとしての闘争本能とも言える物が、オレの殺意を強く後押ししていた。
「対した理由はありませんよ。唯、先程から恐い顔をしていた物ですから」
……やばいな。顔に出てしまっていたのか。
前にも言ったと思うが、オレは内心を隠すのが得意だ。現代社会を生きるには、不平不満を隠すのは必須だった。いいや、隠すだけでは足りない。つまらなくても楽しそうに、反吐が出る様な行為でも皆がやるなら笑顔を張り付ける。そうしないと、あの世界では生きていけなかった。
それなりに年季も入っている。何せいつから誤魔化すのを始めたのか、オレですらよく分からないのだから。
表情に笑顔を張り付けるのは、何も特筆すべき物が無かったオレの、唯一の特技とも言える。特技というか、生活の一部だ。既に意識する事無く、人と接するときは笑顔を張り付ける癖がついているのだから。
……だからこそ、今のオレの状態は大分ヤバいのだろう。いつも無意識で出来ている行為が、意識的にも出来ないのだから。
「そうか? すまん。ちょっと具合が悪くてな」
「ああ、確かに馬車は慣れていない人にはきついかもしれませんね。それなら……ほら、そこの彼女の様に寝ているといいですよ」
ハルトが指した先には、寝ているアルルの姿が有った。寝ている姿は、普通の少女の様に見える。少なくとも、絶大な戦闘能力を誇る勇者には見えない。
……オレ、アルルが寝ている事にすら気付いて無かったのか。
視野が気付かぬうちに、狭くなっていた事に戦慄する。だが、話をするうちに冷静さを取り戻す事が出来た。前までの自分がいかに危うかったのかも。
「そうか、すまん。でも大丈夫だ。大分落ち着いてきた。ちょっと質問していいか? 気になっていた事があるんだ」
「僕に答えられる事なら」
「オレは以前、アルルにも助けられた。そしてお前にも。自分自身を犠牲にしてまで助けられた。……何でそんな事が出来るんだよ」
そう、訳が分からない。オレは所詮他人なのだ。他人の為に、その身を挺して助ける? 何で、そんなこと馬鹿げた事が出来るんだよ。
ハルトは少し考えた後、口を開いた。
「随分と変な事を聞きますねえ。そんなのは決まっているじゃないですか。僕達が勇者だからですよ」
――え?
他人に合わせる為に、その場の空気を読む事に長けているオレだからこそ気付いてしまった。この言葉の不自然さに。
自慢じゃないが、他人に同調した意見を発するのは技術のいる行為だ。本心と、言動の剥離なんて現代社会では日常茶飯事。言葉の裏に隠された感情を読み取る必要がある。
何が言いたいかというと、ハルトが今発した言葉は本心では無い。
いいや、感情が乗っていなかった。まるで刷り込まれた様に、当然の事の様に勇者だからと彼は発した。
「勇者だからっていうのは、どういう事なんだ?」
「どういう事って、勇者だからですよ。勇者は、人の助けをするものでしょう?」
ハルトの言葉には依然、感情が乗っていない。
……まさか、勇者もそうなのか?
確かめる為に、追加でもう一つ質問をする。この答え次第で、オレの勇者に抱く印象は変わってしまうだろう。
「例え、その一撃で自分の命が無くなるとしてもか?」
「当然じゃ無いですか。それが勇者ですよ」
ああ、ダメだ。気付いてしまった。
コイツ達は、他人を助けるという行為に疑問を持っていない。オレが、勇者達を殺す対象として、当たり前の様に認識しているように。コイツ達の中では人を助ける事は当たり前の事なのだ。そして、その為に自己を犠牲にするのも厭わない。
……まるで、操り人形の様では無いか。
だとするなら、オレはきっとコイツ達を殺せない。
――殺せ! 殺せ!
脳裏を浸食していく殺人衝動を必死に押さえつける。
人の為に尽くすだけの操り人形を、殺す理由はオレには見つけられそうにない。
だから、オレは……。
――チッ、めんどくせえ奴だな。
……突然、殺せという声が別の物に置き換わった。あの邪神の、声に。
「シン! どうしたんですか!? シン!」
……意識が、落ちていくのを感じた。




