16話.殺意
「シンさんに、ハルトさん!? 一体どうしたんですか!?」
村で医者をやっているオッサンの元にハルトを連れていく。オッサンの名はニック。若い頃は冒険者をしていたらしい。盛り上がった筋肉がチャームポイントのオッサンだ。最も、モリモリと盛られた筋肉は可愛いと言うよりは無骨。寧ろ患者を威圧するんじゃないだろうか。
「ハルトが怪我をしてしまった。……治療をお願いしたい」
……オレは何をやっているんだろう。本当に、オレは。
「ごめん、シン。でもそこまでして貰う必要は無いよ。大丈夫だからさ」
「いや、いいから診て貰えって。あの後、結構戦闘もしただろ? 響いてるかもしれない」
あの後、村に戻ろうとしたオレ達を待っていたのは多数のモンスター達だった。森の奥へ向かう時は、そこまでモンスターが居なかった筈なのに、何処にそんな数のモンスターが潜んでいたんだと言わんばかりの数だった。
そして、オレの戦闘能力はそこまで高くは無い。精々、雑魚モンスターを一対一で狩れる程度だ。
だから、モンスターとの戦闘で矢面に立ったのは傷ついたハルトだった。
何も言わず無言で、オレとモンスターとの間に立つハルト。その姿は正しく、勇者だった。
……オレは、コイツを殺せるのか?
何度も、何度も殺せる場面は有った。だが、盗賊団の時とは訳が違う。あの時は、此方には正義という大義名分が有った。だが、勇者を殺す行為には正義という後ろ盾が存在しない。それが、オレの足を鈍らせる。
ダンジョンマスターが、正義を語るなんて笑ってしまう。でも、身体は人間のままじゃないとしても、オレは人間だ。
人間として、地球で生きてきた経験が今のオレを支えている。ダンジョンマスターになったからと言って、直ぐに悪一色には染まれない。
助けられたら助けたいと思うし、攻撃されたら反撃したい。そんな普通の感性が、今はもどかしい。
他の転生者達は、その辺にうまく区切りをつけられているのだろうか。
……多分、オレがおかしいのだろう。ダンジョンマスターなら、勇者を殺して当然なのだ。事実、頭の中の声が鳴りやむ事は無い。殺せ、殺せという叫びが、オレの思考を支配していく。
――殺せ。今なら、アイツも油断している。
頭の中から声が響く。当然の様に、まるでオレ自信が考えているかのように。
……そうだ、オレは勇者を殺さないと。
腰の剣に手を掛け、引き抜くために力を籠める。
そして、引き抜こうとした瞬間、ハルトが言葉を発した。
「アハハ、そこまで言うなら一応診てもらおうかな」
脳を支配する声が鳴りやみ、殺意に呑まれていた思考が、途端にクリアになる。そうだ、オレは今村の診療所に来ていたじゃないか。オレは、今何をしようとしていた?
「お、おう」
「じゃあ、行ってくるよ」
診察場に向かうニックとハルトを見送り、待合室の様な場所で時間を潰す。同時に、考えるのは先程の事。
――何故、オレはハルトを殺そうとした?
オレにハルトを殺す気は、無い。いいや、この言い方だと語弊がある。正しくは、この村の中で勇者を殺す気は無い。それはオレが自分自身で決めた事だ。この村の人達には迷惑は掛けないと。
勇者を殺すのは、何処か別の場所で……。
あれ……待てよ? オレは何で勇者を殺そうとしているんだ?
唐突に疑問に思ってしまった。確かに、考えて見ればおかしい事だ。
何で、オレは勇者を殺そうと思ったんだろう?
――そんなの、オレがダンジョンマスターだからだろ。
ああ、そうだ。ダンジョンマスターだから、勇者を殺さないといけない。それは当然の事だった。当然の事過ぎて、忘れていた。
「シンさん! ここにいたんですか! ハルトさんを知りませんか?」
突然、診療所のドアが開けられ、村長が部屋に入ってくる。薄っすらと額に浮かんだ汗から、相当焦っているのが伝わってくる。
「どうしたんだ? 焦っているようだけど」
「新しいダンジョンが見つかったんだ! 隣町の近くらしい! 討伐するから勇者は直ぐに向かってくれだってよ!」
……へえ、丁度いい。
「それ、オレも参加していいかな?」
「えっ……まあ、シンさんなら大丈夫だと思いますけど」
オレと同じ、元地球人のダンジョンマスター。オレ以外のダンジョンマスターが、どんな奴なのか興味がある。
……同じ境遇の奴と話すことで、オレのこの悩みが解決出来るといいのだが。




