10話.戦闘
盗賊団に物凄い速度で向かっていくアルル。ここからのオレの役割は盗賊を倒す事じゃ無い。主役はアルルだ。オレは引いた位置からアルルの援護に徹する。
キィン! キィン!
激しく剣を打ち合う音が辺りに響き渡る。三対一で打ち合っているにも関わらず、アルルがダメージを喰らう事は無い。時に躱し、時に打ち合う。そうする事で彼女は戦線を維持していた。戦況は劣勢では無い。だが、かといって優勢でも無かった。完全な膠着状態。
――この状況でオレが乱戦に参加するのは悪手だ。
盗賊団の人数は三人。対して此方は二人。しかしオレは戦力にならない。盗賊と聞くと悪いイメージばかりが先行してしまうが、彼らは曲がりなりにも戦闘のプロ。自らの実力のみで生きてきた人間達だ。その実力は軽視していい物じゃない。おそらく、オレがまともに戦ったら一瞬で負ける。
だからこそ、援護に徹する。
人数差というのはそれだけで戦力差に直結する。銃を持った事の無い素人が十人いれば、歴戦の兵士一人なら殺せるように。アリが徒党を組んで、自らより大きな相手を捕食するように。
つまり、人数に差が有るというのはそれだけで脅威なのだ。勿論、当人達の実力も大事なのだが。
「くっ! おい! あのねーちゃんから倒すぞ!」
「了解だぜ! ボス!」
「あっしも援護するでさあ!」
じゃあ弱い奴は戦場に置いて何をするべきか? これに対する考え方は色々あるだろう。援護に徹する、強い奴のおこぼれを貰う。我武者羅に突っ込んでいく。
だが、一番大事なのは倒れない事だ。倒れさえしなければ、どんなに弱い奴でも敵の注意を引くことは出来る。強い奴が動きやすい戦場を作ることが出来る。
――丁度、こんな風に。
「痛っ!」
手に持った石を乱戦の中に投擲する。オレの手から離れた石は見事に下っ端の頭に直撃した。まあ、所詮は石。痛い以上のダメージは期待出来ないだろう。でも、それでいい。勇者だけに向いていた注意が、一瞬でもオレに向けばいい。
人数で負けているといっても、その実力には大きな開きがある。実際、素人目に見てもアルルはアイツ達より遥かに実力がある。ならばこそ、戦況が動かない原因は敵のチームワーク。
「……ハアッ!」
下っ端の意識がオレに向いた瞬間をアルルは見逃さない。三人だからこそ発せられていた圧力は、一人が機能しなくなるだけで容易に崩れ去る。勇者相手に、それは致命的だ。
「痛えええええええ!」
下っ端の片腕が宙を舞い、鮮血が飛び出す。一度戦況が此方に傾けば、それを立て直すのは困難を極める。相手の強みが連携だった場合は特に。
「クソがっ! 油断してんじゃねえ! 立て直すぞ!」
「痛えよお! クソォ!」
そして、崩れた連携ではアルルを止める事は出来ない。アルルが剣を振るう度、盗賊達の身体に薄い傷がつけられていく。今でこそ戦闘の体を成してはいるが、いずれ戦闘から殲滅に変わる事だろう。それ程までに、アルルの力は圧倒的だった。
――勝ったかな、これは。
これにて事件は解決。アッシュは村に戻り、オレは村人からの信頼を回復する。戦闘中に勝利を確信するのは良くないが、それでも分かる。アルルがこの状況から負ける事は無いと。
勿論、物事にイレギュラーは付き物だ。だからこそ、勝利を確信してもオレが目の前の盗賊達から意識を離す事は無い。まだ、勝負はついていない。油断は禁物だ。
……それでも、何処かに油断が存在したのだろう。気付いた時、オレの身体は吹っ飛ばされていた。景色が物凄い勢いで移り変わり、そして木にぶち当たった所で止まる。肺から空気が放り出され、呼吸が出来なくなった。
……え?
盗賊達からは一瞬も目を離していない。じゃあ誰が、という疑問は一瞬で消え去った。目の前にいたからだ、強烈なプレッシャーを放つクマのモンスターが。
オレの最大のミスは、周囲への警戒を忘れてしまった事だ。ちょっと考えれば分かる。アルルと盗賊達の戦闘音は雨音を掻き消す程に大きかった。音に反応してやってくる好戦的なモンスターがいてもおかしくは無い。
だからこそ、これはオレのミスだ。それも特大級の。
クマが、その大きな爪を振り上げてオレに向かってくる。おそらく、致命傷になるだろう。逃げようとしても、ダメージを受けた身体は動く事を拒否している。回避は出来そうにない。
――あーあ、高い授業料だなー。
ダンジョンコアが壊されなければダンジョンマスターは死ぬ事は無い。どんな傷を負ってもいずれは治る筈だ。痛みへの恐怖はある、後悔もある。でもこれは取り返しのつく失敗だ。だからこそ、後の教訓とするべきだろう。
一瞬後に訪れるであろう未来を受け入れ、この事を忘れない為に目に焼き付ける。向かって来るクマの恐怖、振り上げられた鋭利な凶器。そして、目の前に割り込んで来た金色の影を。
……は?
次の瞬間、金色の影はその大きな腕に吹っ飛ばされた。思考が止まる。目の前で雄叫びを上げるクマ。先程まで戦っていた盗賊達。その全てが意識の外に追いやられた。
オレの意識は唯、倒れ伏す少女にのみ向けられていた。
「アルル!」
「……逃げ、て」
――オレは今、何をされた?
「おいおい! こりゃあツイてる! もうあのねーちゃんは動けねえだろ! 後はあの雑魚だけだ!」
――オレは今、アルルに助けられた。絶体絶命のピンチを、勇者に。
「……逃げな、さい」
――ダンジョンマスターが助けられた? 命を狙うべき勇者に?
ここで逃げだせば、きっとアルルは死ぬだろう。邪神の目的は勇者達の殲滅。オレの目的はアッシュを助ける事。今逃げだせば、どちらの目的も達成出来る。ムカつく勇者は死に、二度と姿を表すことは無い。そうだ、逃げれば全てが上手くいく。きっとそれが、最善の一手だろう。
……ふざけんなよ。
ここでオレが逃げる? 勇者に助けられた過去を持ちながら他の勇者を殺す? ……反吐が出るね。
自分の尻拭いは自分でする。強い奴に助けられて、保護されながら生きていくのはオレが許さない。
過去とは違い、オレは力を持つ側になった。自分で物事を動かせる力を邪神から貰った。
先の事はどうでもいい。ダンジョンマスターだとバレるリスク? そんなのはアルルがオレを警戒するだけだ。アルルを殺しにくくなるというだけの事。その程度で勇者に負けるようなら、所詮オレはその程度の存在なのだ。
両足に力を込めて、立ち上がる。
「おいおい! 逃げるのか! 女を見捨ててよお!」
「そんなわけ、ねえだろ」
「かっこいいねえ! でも大丈夫ぅ? あのねーちゃんはもう戦えそうにねえぞお!?」
……何より、自分で立てた誓いを自分で破る訳にはいかない。
――アルルを殺すのは、オレだ。
「モンスター召喚……!」
魔力を注ぎ込み、オレに与えられた絶対の力を行使する。魔法陣がオレの足元に展開され、光の柱が立ち昇った。
「なっ!? ……何者だ、テメエ」
何者、か。そうだな、オレは……。
「勇者の一人すら殺せない、邪神の手先さ」




