9話.奪還
木の陰に隠れ、ダンジョンの様子を伺う。
ダンジョン前には人相の悪い男が二人に、アッシュがいた。アッシュは口を布の様な物で塞がれており、両手を体の後ろで縛られている。
「おい、あいつはまだ戻らねえのか!」
「へ、へえ、ボス! あいつはまだ戻ってねえです!」
「クソが! こんな洞窟の探索に何分掛かっていやがる!」
どうやら思うように探索が進まず苛立っている様だ。ボスと呼ばれている四十代後半の男は、その髭面を大きく顰めていた。
「へえ、確かに遅いっすね。あっし達ももう入っちゃいますか? 雨も強くなって来てますし」
「馬鹿野郎! いいか? もうあの村の奴らには、コイツを誘拐した事がバレているだろう。遅かれ早かれ追手を出される。いや、もう出されていると思ったほうがいい。そして、あの村には勇者がいる。タイマンだとまあ勝ち目は無いが、俺達の武器はチームワークだ。だからこそ、広い外で戦いたい」
「へ、へえ、ボス。じゃあ何でアイツに洞窟の探索させたんすか?」
「馬鹿野郎! それもさっき説明したじゃねえか! 雨が奪う体力は馬鹿に出来ねえ。俺達はこの後山を越え、隣の街まで移動しなきゃならん。体力を無駄遣いする暇はねえ。何処かで雨宿りをする必要がある」
「じゃ、じゃあこの洞窟に早く入りましょうよ」
「話は最後まで聞け! 洞窟内はモンスターが何処にいるか分からん。しっかりと索敵をする必要がある。安全を確保出来ない場所で休むのは唯のアホだ。分かったか?」
――成程。何故、洞窟の前で屯してるのかが気になったが、そういう事か。意外にこいつ等のボスは慎重派らしいな。
「おい、アルル。こっちだ」
アイツ等にギリギリ聞こえない程の音量でアルルを呼ぶ。先程まで、突然走りだしたオレを不審そうに追いかけていたが、これを見れば納得するだろう。
「……! アッシュ!」
「落ち着け。アルル」
今にも駆け出しそうなアルルを手で制する。向こうには人質もいるし、人数も此方より多い。場所を見つけたからといって、焦るのはダメだ。此方が不利なのに変わりはない。
「……何? 怖気づいたの? 怖いなら帰ってもいい。……元々これは私の仕事。部外者の貴方が関わる必要は無い」
「おいおい、一人で勝てるとでも思ってんの? 言っとくけど、あいつ等は三人いる。今、一人は洞窟内を探索してるようだがな」
「関係ない……私は、勇者だから」
――やっぱ此奴、ムカつくわ。勇者の力は、そんなに絶対的な物じゃない。以前のオレみたいに、不意を突けば簡単に倒せる程度の力でしか無い。そんなのは勇者であるアルルが一番理解している筈だ。
勇者だから、どんな敵でも倒せる? 勇者だから、絶対に負けない?
……そんな事、ある訳ないだろうが。
「闇雲に突っ込んでもアッシュを助けられる可能性は低い。それでもお前は、真っ直ぐアイツ等に向かっていくのか?」
「……じゃあ、どうするの」
「オレにいい作戦があるんだ。協力して欲しい」
まずは、この無鉄砲な勇者を納得させる所からだ。アルルに向かって頭を下げる。この作戦を成功させるにはアルルの協力が必要だ。プライドなんて安い物、目的を果たす為なら喜んで投げ捨ててやる。
「……聞かせて。話はそれから」
「おい! 遅いぞ!」
ダンジョン内の索敵をしていた盗賊が、奴等のボスに報告をしているのを隠れながら確認する。この作戦はタイミングが重要なのだ。集中してその時を待つ必要がある。
「すいません! 怪しいドアが洞窟内にあったもんで、調べてました!」
「ドア……だあ!? 何言ってんだ! 洞窟内にドアなんてある訳ねえだろ!」
「いや、それが……あったんですよ。中はもぬけの殻だったんですけどね? 変な台座が有りました」
「はあ!? ……まあいい、それで安全は確保出来たのか?」
「そりゃあもう、バッチリですよ。早く入りましょう」
オレのダンジョンの入口は狭い。その為、一人ずつ順番に入る必要がある。
――ここからが、勝負所だ。
探索していた男が先行してダンジョンに入った。仲間達の道案内を始めるには先に入る必要がある。ここまでは予想できた。大事なのは、次に入る人物だ。
「おら! 歩け!」
アッシュが強引に盗賊の下っ端に立たされ、入口まで歩かされる。その瞳に涙が浮かんでいるのが、オレにも分かった。
欲を言うなら、もう一人ダンジョン内に入って欲しかったのだが、まあいい。チャンスは一度きりで、それは今だ。ベストじゃないからと言って、今行動しないのは有り得ない。
――いくか。
「うおおおおおお!」
アッシュを掴んでいる盗賊の下っ端を目掛けて、タックルをする。全体重を乗せて、一心不乱にタックルをする。それがオレの役目だ。
「――チッ!」
腰の刀を抜き、構える盗賊団のボス。そのまま、オレと下っ端の間に立ちふさがった。このままだとオレは、下っ端まで辿り着く前に細切れにされるだろう。
――まあ、そんな事にはならないんだが。
キィン!
金属同士が打ち合う心地の良い音が周囲に響き、雨音と調和する。オレが視線を向ける事は無いが、それでも分かる。
俺達は、今この瞬間だけは仲間だからな。
アルル――勇者が自分の役目を果たした。ならば、ダンジョンマスターであるオレが、遅れをとる訳にはいかない……!
「ぐえっ!」
鈍い音が響き渡り、アッシュが盗賊の手から離れた。
「逃げろ!」
自分自信で歩かせる為だろう。アッシュの足が縛られていなかった事が幸いした。解放されたアッシュは一目散に村を目指し、山を下っていく。
「どうした――!?」
騒ぎが聞こえたのだろう。探索役の盗賊も戦闘に加わり、現在の状況は二対三。人数が不利なのは以前変わりない。そしてオレ達はアッシュが下山する為の時間を稼ぐ必要がある。
どの道、戦闘は避けられない。緊張を解くには、まだ早い。
「……怖い?」
「まさか! 後は勇者様が何とかしてくれるんだろ?」
「……任せて」
そう、オレの作戦はここまでだ。安全に、確実にアッシュを解放する。後はアルルの仕事だ。勿論、オレも援護はするけどな。
足元に落ちていた石を拾い、盗賊の一人に狙いを定める。
さあ、勇者の実力をもう一度見せてもらおうか。最も、こんな奴らじゃ試金石にもならないだろうけど。




