第四話:風野翡翠
シチュエーションはばっちりだった。桜の花びらが舞う木の下、男女にとってこれほどの告白場所に適するものはない。
クラスの中でもどちらかと言えば大人しい印象を受ける中松は、翡翠の澄んだ茶色の目をじっと見つめた後、息を飲んで切り出した。
「あの、風野さん。俺……、君のことが好きなんだ! 俺と付き合って下さいっ!」
人生の一大決心。中松は長年の思いをようやく風野翡翠に伝えたのである。
ふわふわした美少女は桜色の頬に少し赤みを帯びさせたが、彼女はかなりの天然だった。
「えっと、誰に頼まれたのかな? きっとクラスの皆のいたずらの種にされたんでしょ?」
にっこり笑って翡翠は答える。サラサラしたボブカットが揺れた分だけ、中松の心もこけたのだった。
翡翠達のクラスメイトは大抵お祭り好きだ。特に中松はからかわれる対象になってることも知っていたので、今回もきっとそうなのだと思ったのである。
「違うよっ! 俺は本気で……!」
「すまん、翡翠。あいつらがまた面白がって悪戯したんだ。悪かったな、中松」
「篠原!」
今一番出てきて欲しくない人物が現れた。そして、その人物の登場に翡翠の目は輝くのだ。
「ええっ〜!? 私、本当に告白されたのかと思ったよ! ちょっと嬉しかったのにな」
逆だということぐらいその場にいるものなら誰でも分かる。しかし、少しだけ膨れっ面してるのは快に自分の気持ちを知られたくないから。
そして、いつもは人一倍鋭い癖して、彼女のことになると全く鈍感になってしまう快は一つ溜息を吐き出すとそれは論理的に話してくれた。
「翡翠、お前を好きだっていう物好きがどこにいるんだ? よ〜く考えてみろよ?」
元々が冷静、秀才の代名詞を背負っている快に翡翠は一言も発することが出来ない。
「いいか、お前が生まれて十六年間、俺はほとんどお前と同じ屋根の下に暮らしてるよな。
その間で一度でもお前に彼氏が出来たなんてことがあったか? それ以前に告白されたことがあったか? 浮いた話一つ出たことがあったか?」
中松は心の中で真っ青になっていた。翡翠に恋話一つも出ないわけがない。それだけ彼女はモテる。
だが、それを全て快が妨害しているに違いないのだ。
「そんな、ひどいなぁ」
純粋、単純の代名詞を背負う翡翠は快の裏工作も知らず、ただただ納得するのであった。
「とりあえず修達も待たせちまってるから早く帰ろう。今晩は皆でバーベキューやるみたいだからな」
「うんっ! それじゃあまた明日ね、中松君」
「風野さん!」
中松が呼び止めようとしたが、快はそれを遮るようにいつもよりでかい声で翡翠に話しかけた。
「翡翠、今度二人でクリーンランドいかねぇ? 大地の奴がタダ券くれたんだ」
「行きたいっ! 大地ちゃんありがとう!」
もはや二人の世界に手を出すなと言う威嚇であった。
そして、その一部始終を見ていた者達は口々に同情の声を漏らすのだった。
「かわいそうに、中松……」
「仕方ねぇさ、相手が悪過ぎる……」
「篠原だもんな……」
一部始終を見ていたサッカー部員達は中松に同情するのだった。
「それにしても快の奴もいい加減素直になればいいんだよな。白の奴みたいによ……」
いつまでたっても告白しない快に、少しだけ批難の声も上がるのだった……




