居酒屋のター君
メンバーと別れた後、タクシーに乗ろうとしていたジュリアに、ダルビーが声をかけて来た。
「ジュリアちゃん。もう一軒付き合ってくれない?」
「えっ!」
ジュリアは、戸惑う。
「もう遅いかな?」
人気バンドのリーダーのダルビーが、ジュリアを誘っているのだ。
「いいですけど、私、一人ですか?」
すでに、他のメンバーはいない。
「そうだよ、駄目かな・・・」
こんな有名人が、自分などを遊び相手にするわけがない。そう思いつつ、元々ダルビーのファンであるジュリアは、少しだけならいいじゃないか、と誘惑に負けそうである。
「でも、どうして、私なんですか?」
ジュリアは、半分期待の質問をする。
「一緒にもう一軒付き合ってくれたら、話すよ・・・」
こんなに誘ってくれてるのに、断るのは失礼か?ジュリアは、ダルビーの誘いを受け入れる。
「じゃあ、行こう!」
ジュリアを押し込むように、ダルビーがタクシーに乗る。
タクシーの中では、ダルビーは無言だった。
「あっ、運転手さん、あの店の前で下ろしてください」
ダルビーが運転手に声をかけ、二人は降りた。小さな居酒屋の前だ。
「時々来るんだ、ここ・・・」
暖簾をくぐって中に入るダルビー。ジュリアは、後ろをついて行く。
「いらっしゃい、ター君」
人のよさそうな女将だった。客は、奥に二人だけいた。
「今日は、お客さん連れて来たよ」
「まあ、珍しいわね」
素敵な笑顔で答える女将。
「座って・・・」
ダルビーが、ジュリアをカウンターに座らせる。
「ター君って呼ばれてるんですか?」
ジュリアが質問をする。
「本名が、貴道って言うからだよ」
「いつものでいいわね」
「うん、二つ」
女将とのやりとりが自然である。ジュリアは、不思議な思い出見ていた。
「同じでいいの?お嬢さんに聞いたら・・・」
「いいんだ、同じのを飲みたいから」
「まあ。お嬢さん、勝手な子でごめんなさいね」
「えっ?」
ジュリアは、ますます二人の関係が気になった。
「はい」
手慣れた支度で、チューハイを二つ、カウンターに並べる女将。
「君、嫌いなものある?」
ダルビーがジュリアに聞く。
「あ、ありません」
ジュリアは、慌てて返事をする。
「じゃあ、任せるから」
ダルビーに言われて、またテキパキと支度をする女将。この関係性を見て、ジュリアが言う。
「時々って、言ってましたけど、常連さんみたいですね」
「どうして?」
ダルビーが聞き返す。
「だって、ツーカーの仲って感じです・・・」
やや、焼き餅をやいてる感があるジュリア。
「ああ、母さんだよ」
「!!!」
ジュリアは、絶句する。
「この子は、派手な仕事をしてるけど、女の子なんて、めったに連れてくることないんですよ」
「余計なこと言わなくていいよ」
何だか、ステージの雰囲気と違う一面を見て、ジュリアは、ダルビーに対して、親近感が湧いて来た。
「じゃあ、名古屋の出身だったんですか?」
「そうだよ。だから君たちにも注目してたんだ」
居酒屋と言うより、家の台所で、家族に作っているような雰囲気の中、次々と料理を出す女将。
「お嬢さんに、あんまり飲ましちゃ駄目よ」
時々、親の顔をして、ダルビーに話しかける女将。ジュリアは、素敵な母親だと思いながら見ていた。
「わかってるよ。飲ませるためじゃなくて、話がしたくて連れて来たんだから、余計なこと言わないでくれよ」
微笑みながら見ているジュリア。しかし、ダルビーを見ているうちに、胸がドキドキして来るのを感じた。
「前から気になってたんだ。良かったら、こっちの仕事の時、会ってくれないかな?」
これって何だろう?ジュリアは、答えずに考えていた。
「俺みたいなの嫌かなあ?別にグラマーだからって、身体が目的じゃないからね。ただ、タイプなんだ・・・」
ジュリアは、さらに言葉が出なくなった。グラマー、タイプ、私のこと?夢だったりして、ジュリアは、頬をつねろうかと思う。
「よくわからないんですけど・・・」
やっと言葉を出したジュリア。
「好きなんだよ、君が。グラマーなところも、明るくて元気なところも、タイプなんだ、俺の・・・」
「何だか、夢みたいなんですけど・・・、私、どうすればいいんですか?」
ジュリアは、パニックに陥っていた。
「ター君、急にそんなこと言っても、お嬢さんが困るだけでしょ」
確かに困っています。ダルビーは、頭を掻いて、チューハイを飲んだ。
「ごめん、確かに、いきなりだったかな。でも、嘘じゃないんだ・・・」
「ごめんなさいね。この子、子供の頃から、女の子にはもてるんだけど、付き合うのが下手だから、結局、振られてばかりなのよ」
笑顔で言う女将。
「だから、余計なこと言うなって!」
「あなたが悪いのよ。お嬢さん、困ってるでしょ」
親子喧嘩のようだ。
「あ、あの、ダルビーさんが、名古屋に来た時、もしスケジュールが合えば、ここで会うのなら、いいですけど・・・」
ジュリアは、精一杯の返答をした。
「やった!それでいいよ、俺は・・・」
ダルビーは、満面の笑みを見せる。
「それなら、私も見張ってるからいいわね」
「お願いします。見張っててください」
「何だよそれ・・・」
三人は、顔を見合わせて笑う。
「じゃあ、こっちへ来たら、連絡するから、出来る限り断らないでくれよ」
ダルビーが、タクシーに乗ったジュリアに話しかける。
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ・・・」
タクシーは、居酒屋の前から離れて行く。
「ホントに夢かも・・」
ジュリアは、頬をつねってみる。
「痛っ!痛いのも、夢だったりして・・・」
ジュリアは、手にしたスマホの画面に映し出される、ダルビーの携帯番号とアドレスを見て、家に着くまで、夢のような気分を味わっていた・・・。