続山城の怪
「国也様!」
乃菊の叫びに、返事は無かった。
「誰か、助けて・・・」
以前、生死を彷徨っていた時も、こんな霧の中の夢を見た乃菊。不安が募るばかりだった。
「国也様・・・」
乃菊は、這いながら、大矢倉の石段まで行き、ゆっくり下りて行く。
「誰かいませんか・・・」
霧は、まったく晴れない。乃菊は、石垣の壁伝いに歩く。
「あっ!」
石垣がなくなったところで、前に進んだため、石に躓いて転んでしまう。
「痛たた・・・。国也様あ・・・」
乃菊は、しゃがみ込んで、膝をさすりながら、泣きべそをかく。
ガサッ!
「誰っ!?」
殺気を感じる乃菊。すると、霧の中から、今の世の人間とは思えないような風貌の男が現れる。
「あ、あなたは?」
ざんばら髪のやや汚い着物を着た、時代劇から出て来たような男が、肩に刀を担いで立っている。
「そなた、そこで何をしている?」
男が乃菊に聞いた。
「あの、男の人を見ませんでしたか?天守の方に行ったんですけど、霧で見えなくなっちゃたんです」
乃菊は、泣きべそをかきながら聞いた。
「えっ!?」
男が、刀を抜いて、剣先を乃菊の顔に向ける。
「お前は、この世の者か?」
「どういうことですか?」
乃菊には、男の質問の意味がわからなかった。
「もう良い・・・」
目をパチクリさせる乃菊を見て、男は、刀を鞘に戻した。
「その石に座って待っていろ。すぐに霧は晴れるから、涙を拭いておけ、見苦しい・・・」
その言葉に、乃菊が反応してしまう。
「見苦しいって、どういう意味ですか?」
無鉄砲な乃菊である。
「泣いた顔を、男に見せるな。涙は、女の卑怯な武器だ」
「卑怯じゃないです。不安で辛かったんです!」
こんな相手に、いつもの乃菊が姿を見せる。
「お前は、やはりこの世の者ではないな。この私に、言い返すとは・・・」
男が苦笑いをする。
「この世の者です!アイドルしてるんだから・・・」
「もう良い、霧が晴れてくるから、私は行く。その性格を直さないと、早死にするぞ・・・」
ざんばら髪の男は、そう言って霧の中に消えて行く。
「あ、ごめんなさい。生意気なことを言って・・・」
もう男の姿はない。
「ありがとうございました・・・」
同時に、霧は嘘のように晴れた。
「どこにいるんだ?」
天守の模擬櫓に登って、乃菊のいるはずの大矢倉跡を見たが、姿が見えない。
「手を振るって言ったのに・・・」
しばらく大矢倉跡を見まわしていたが、見えるところに、乃菊の姿が無かった。
「乃菊!」
国也は、急に不安がよぎり、すぐに模擬櫓を下りて、大矢倉跡に向かった。
「乃菊!」
国也は数分で、大矢倉跡の石段を登っていた。
「どこだ!返事をしろ!」
辺りを見回すが、大矢倉跡にはいない。
「落ちたのか?」
国也は、すぐに石段を下り、周りを捜そうとする。
「乃菊!」
「国也様!」
乃菊の声が返って来た。国也が声の方へ進むと、石垣の陰で見えなかったところに、乃菊が座っていた。
「どうしてこんなところにいるんだよ!」
国也は、また怒ってしまう。
「急に、霧が出て来て・・・」
「こんなに晴れてるんだから、切りなんて出るわけないだろ!」
まだ怒っている国也。
「だって、ホントに、周りが見えなくなっちゃったんだもん・・・」
よく見ると涙を流している乃菊。国也は、乃菊に近づき、立たせると、両手で身体を包んだ。
「無事で良かった・・・」
国也は、また怒ってしまったことを後悔していた。
「ごめん、また怒っちゃった。ただ、心配だったから・・・」
「ごめんなさい。私が悪いんです。動いちゃったから」
国也は、強く抱き締める。
「上に行こうか、景色がいいよ」
国也は、乃菊の手を握り、石畳を上がって行く。
「国也様、最近、短気になったんじゃない?」
乃菊が、歩きながら聞く。
「そうだね。でも、乃菊が短気にさせてるような気がするんだけど・・・」
乃菊が、国也の腕にしがみつく。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう、短気にさせないから、許してください!」
派手な動きで許しを請う乃菊。
「じゃあ、キスくらいしてよ」
これは、罰ではなく、ご褒美になってしまう。
「キスで良かったら、何回でもします!」
乃菊は、跳ねながら国也の頬にキスをする。
「調子に乗るな!」
コンと頭を叩く。
「早く、あれに登ろう!」
乃菊は、模擬櫓を指さし、国也を引っ張って行く。
「キャーッ!すごく景色がいい!」
乃菊は、手を広げて、景色を見ながら深呼吸をする。
「素敵だね・・・」
「うん」
景色もそうだが、泣いても笑っても、乃菊は素敵な女性だと、国也は思ったのだ・・・。
「こんなところ、初めて来た。山城っていいね!」
風になびく乃菊の髪が、輝いて見えた。
「帰りは、道の駅に寄って行こう」
「うん、お団子があったら食べたい!」
山より団子である・・・。