霧の中の迷い子
乃菊は、前回のロケの後、体調を崩して自宅療養していた。
「もう仕事終わった?」
自分の様子を見るために上がって来た国也に、乃菊は聞いた。
「もう少しだよ。自分は大丈夫かな?」
そう言って国也は、乃菊の額に手を当てる。
「熱なんかないってば。でも、嬉しいな」
夫に気を使ってもらえるだけで、乃菊は幸せなのだろう。
「母さんが夕食の支度を始めてるから、出来上がったら起きといで」
ベッドの横に座り、乃菊の顔を眺める国也。
「ところで今日は、みんなどうしてるかなあ?」
乃菊は、亜美を最後にメンバーと会っていないので、何か気にかかる様子だ。
「うーん、今日は確か、みおんちゃんは、田沢さんと新番組の打ち合わせだったかな。それから、真亜子ちゃんと亜美ちゃんは、取材があったかな。えーと、ジュリアちゃんは・・・」
国也は、乃菊の代わりにスケジュールの管理をしている。まるで乃菊のマネージャーのように。
「そうだ。ジュリアちゃんは、丘崎のイベントだったな」
そうだ、一人で・・・。
丘埼市のイベントに単独で参加していたジュリアは、障害の多いダルビーとの交際に悩んでいる。そしてそれをお酒で紛らわそうと、駅前の居酒屋に寄っていた。
「お嬢さん、タクシー呼ぼうか?」
かなり酔いが回ってるジュリアを見て、店主が気に掛ける。
「大丈夫、ヒッ、ちっとも、酔ってなんか、ないから・・・」
かなり酔っている。
「酔ってなくても、夜だから、気を付けないと」
こんな酔っぱらいは、日常茶飯事の店ではあるが、こんな若い子が一人では、誰でも心配する。
「駅、すぐそこ、ううっ、でしょ。だ、いじょう、ぶ・・・」
ジュリアは、支払いをして店を出る。天気は良いが、寒い夜だ。
「ああ、星がいっぱいだ!」
空に向かって大きく手を広げるジュリア。しかしすぐにふらつく。
「おっと、駅は、あっちだ・・・」
フラフラしながらも、駅には向かっていた。
「なんで、あんな人好きになっちゃったんだろ・・・」
駅について、階段を上り切符売り場へ。
「何処に帰ろうかなあ・・・」
ジュリアは、適当に切符を買ってしまい、そのまま改札を抜ける。
「あ、もう来た・・・」
電車を見たジュリアは、ただそれだけの判断で、ホームへ降りていく。
「ああ、間に合った・・・」
電車に乗り込み、フラフラと座席に座る。
「そうだ、誰かに、電話しーちゃお・・・」
ジュリアは、二人分の席に横になる。
乃菊はベッドの上から、、机に向かって本を読む国也を眺めていた。
「私より、その本の方が大事ですか?」
腕を組んで睨んでいる。
「そんなわけないだろ、仕事の本だよ」
国也は、いつものことで、まったく意に介さない。
「ほら電話だよ、私の仕事のことかも」
机に乃菊と自分の携帯電話を置いていたが、着信音は、乃菊の電話だった。
「もしもし・・・」
ジュリアの携帯電話からだった。
「もしもしじゃないよ、私だけど、あんた誰?」
国也に対して、この言葉、様子がおかしい。
「ジュリアちゃん、もしかして、酔ってる?」
国也は、とりあえず聞いてみた。
「酔って、酔ってなんかないよ。それより、あんた誰、ういっ、誰なんだよ、これは、菊野ちゃんの電話じゃないのか!」
かなり酔ってると国也は悟る。
「国也様、どうしたの?」
乃菊が聞いた。
「ああ、そうか、おじさんか。あは、ごめん。菊、ううっ!」
電話が切れてしまう。
「ああ、切れちゃった。ジュリアちゃん、かなり酔っぱらってたよ」
国也は、携帯電話を乃菊の所へ持って行く。
「今日、一人だったんだよね。どこで飲んでるんだろう」
乃菊は、携帯電話を受け取るが、同時に胸騒ぎもする。
「またかけてくるだろ」
国也も、心配ではある。
「もうダメ・・・」
ジュリアは、どこかの駅に停まった電車からとりあえず降りる。
「トイレは・・・?」
トイレが見当たらず、改札を出るが、どっちへ行っていいかもわからない。
「そ、外へ出よう・・・」
小走りに、だが慎重に、身体をかがめながら進むジュリア。
「うえっ、もう駄目だ」
ジュリアは、辺りを見回し、とりあえず人気のない所へ行く。
「ふう・・・」
ちょっといけないことをしてしまったジュリアは、またふらつきながら歩き、バス停のベンチに座る。
「頭痛い・・・。まだ気持ち悪い・・・。もう一回電話しよ・・・」
ジュリアは、右手に持ったままの携帯電話を操作する。
「もしもし、ジュリア」
乃菊はすぐに出た。
「菊野ちゃん、私、つらい・・・」
ジュリアは、しんみりと話し出す。
「今、どこで飲んでるの、名古屋?」
当然、帰る途中に寄ったのであれば、その辺りだろう。
「知らないよ、もう飲んでないし・・・。それよりね、なんでダルビーさんなんか好きになっちゃったんだろう。私なんて、釣り合わないよね・・・」
ジュリアの弱さを感じる乃菊。見かけによらず、繊細な心を持つ乙女なのだ。
「そんなことないよ。ジュリアは、誰が見たって素敵な子だよ」
乃菊は、お世辞でもない、素直に本心を言う。
「ありがとう。でも、私、こんな身なりだから、ずっと振られてばかりだったんだ・・・。わかるよね、こんな女だもん・・・」
ジュリアは、ベンチで横になる。
「寒いな・・・。心も、身体も・・・」
乃菊は、ジュリアの気を感じる。
「国也様、近くだよ。ジュリア、近くにいるよ」
乃菊は、国也に伝える。国也は、すぐに身支度を始める。
「ジュリア、そこ、どこなの?」
乃菊は、とにかく場所を突き止めようとする。
「うーん、ここは・・・」
ジュリアは、横になったままバス停の字を読む。
「かま、がま・・・」
頭が痛くて、読むに読めない。
「バス停・・・」
面倒くさくなり、それだけ答えた。
「国也様、蒲橋駅のバス停!」
国也の着替えが終わっていた。
「あ、霧が出て来た・・・。神秘的だね・・・」
霧?
「国也様急いで、霧が出たって!あ、引き出しの勾玉と石を持って行って!」
そう言われて、慌てて部屋を出る国也。
「ジュリア、そこから離れなさい!」
乃菊は、大きな声で伝える。
「無理だよ、頭が痛いもん・・・」
ジュリアは、身体を起こすが、頭を押さえて頭痛を堪える。
「何でもいいから、私の言うことを聞いて!」
乃菊は、必死に叫ぶ。
「わかった、歩いてみる・・・」
ジュリアは、立ち上がってバス停から離れる。しかし周りが霧で包まれ、どこへ向かえばいいのかわからない。
「あっ!」
何かに突かれたようで、ジュリアは体制を崩して、腰を落とす。その勢いで携帯電話を落としてしまう。
「ジュリア、どうしたの、ジュリア!」
ジュリアは、四つん這いになって歩道を進み、携帯電話を拾う。
「壊れてないかな?」
霧の中から人の姿が見えて来た。
「誰ですか?」
刀を持った侍のようである。
「お侍さん、撮影ですか?」
歩道にしゃがんだまま、その姿を見ているジュリア。
「お前は、左島ジュリアだな」
その侍は、ジュリアの名前を知っている。
「そうですけど、お知り合いでしたっけ?」
ジュリアは確認すが、同時に侍は刀を抜き、切っ先をジュリアの喉元に突きつける。
「お前は、小玉久実を知っているか?」
侍が聞く。
「知りません」
素直に言う。
「では、草川原志穂は、知っているだろ」
また女の名前を言う侍。
「知りません、誰ですか?」
聞いたことのない名前だった。
「嘘を言うな!」
侍は、切っ先をジュリアの首に当てる。
「痛い!」
ジュリアはのけ反る。
「何をするんですか、本物でしょ、それ!」
気後れもせず、怒ってしまうジュリア。
「お前は、ダルビーと言う男を知っているだろう。お前は、二人からその男を奪った。その敵討ちに来たのだ」
ジュリアは、それを聞いて、名前の主が誰なのか見当がついた。
「その人たちが、私を殺すように頼んだんですか?」
ジュリアは聞く。
「当然だ、人のものを奪うなど、死に値するものだ」
侍は、刀を振りかざす。
「そんなに、私がいけないことをしたんですか?だとしたら、私を殺してもいいです。生きてたって、辛いだけだから・・・」
ジュリアは、ゆっくり正座する。
「逃げもしないとは、潔いな。では、ごめん!」
刀を持つ侍の両手に、ギュッと力が入る。
「ダルビーさん・・・」
ジュリアは、眼を閉じる・・・。




