ジュリアの恋
数日後・・・。
ジュリアは、またダルビーの母親の店へやって来ていた。
「ジュリアちゃん、ごめんね。あの子忙しいから、なかなかここへも来れないのよね」
瑞恵は、いつもこう言って、ジュリアに謝る。
「いいんですよ。私は、女将さんに会いたくて来てるんですから」
ジュリアの本心でもあり、半分は、ダルビーと会えることを期待している。
「あの子、今日は大阪だったわね。ひょとして顔出してくれるかな?」
ジュリアも食器洗いを手伝い、まるでこの店の従業員のようである。
「明日は東京みたいだから、そのまま向かうんでしょうね」
淋しい気持ちを抑え、普通に話すジュリア。
「これ、奥のお客さんの所へ持って行って」
瑞恵が、出来上がったつまみを、ジュリアに持たせる。
「お待たせしました」
ジュリアが、一番奥のお客のテーブルに、つまみを置く。
「ねえ、君。テレビに出てないかい?」
客の一人が聞いてきた。
「あ、いえ、出てないです」
ジュリアは、本当のことを言わない。
「ほら、テレビに出る子が、こんなところで働いてるわけないだろ」
そう言って、二人で話だし、ジュリアはすぐに引っ込んだ。
「気が付かれちゃいけないから、もう帰りなさい」
瑞恵が気を利かせ、ジュリアに帰り支度をさせる。
乃菊は、地下街の喫茶店で、コーヒーを注文した。
「ここなら、のんびり出来そうだわ・・・」
暗い照明の、若者向きでない喫茶店の一番奥に座り、乃菊はサングラスを外し、鞄から楽譜を取り出す。
「あのお、大人少女の・・・」
乃菊は、顔を上げる。そこには、見知らぬ少女が立っていた。と言っても、一組入り口付近のテーブルに、客がいたから、その一人だろう。
「はい、菊野、乃菊です・・・」
乃菊は、正直である。すぐにばらしてしまう。
「ファンなんです。サイン頂けませんか?」
急に元気よく頼み、持っていたノートとペンを出す。
「何処に書けばいい?」
少女は指さす。
「表紙だけど、いいの?」
乃菊は、確認する。少女は、うんうんと頷く。
「名前は?あ、書いてあるね。中学生?」
少女は頷く。明らかに授業用のノートである。
「勉強しようね。どんな知識でも役に立つことあるから・・・」
人生の先輩として、アドバイスをする乃菊。その少女の顔を見る。
「ありがとうございます、お邪魔しました」
少女は頭を下げ、元のテーブルへ戻った。
「どこかで見たような、名前だったなあ・・・」
そう思った乃菊だが、思い出せなかった。
「ジュリア!」
勢いよく店に入って来たのは、ダルビーだった。
「どうして?」
店を出ようとしていたジュリアは、突然現れたダルビーに唖然とする。名古屋で降りたんだ、ここにいるんじゃないかと思ってね」
ダルビーは、スケジュールの合間を縫って、わざわざ店にやって来たのだ。
「こっち!」
ダルビーは、ジュリアの手を引き、奥の座敷へ入る。
「女将さん、息子さんだよねえ、テレビで見たような・・・」
またあの客が口を出す。
「テレビになんて出るわけないじゃないですか」
瑞恵は、すぐに否定する。
「またすぐに行かなきゃいけないんだ」
ダルビーは、膝をついてジュリアの肩を掴む。
「会いたかった・・・」
ダルビーは、肩を引き寄せキスをする。ジュリアは、驚いて目を開けたまま受ける。
「次は、ゆっくり会いに来るよ」
ダルビーはそう言うと、すぐにジュリアの手を取って座敷を出る。
「母さん、また今度ゆっくり来るから・・・」
ダルビーは、カウンターに置いてあったバッグを持ち、そのまま外へ出て行った。
「ごめんね、ジュリアちゃん。ゆっくり出来なくて・・・」
ダルビーの代わりに、瑞恵が謝る。
「い、いえ。じゃあ、失礼します・・・」
ジュリアは、まだキスの余韻が残っていて、ボーっとしたまま外へ出る。
イヤホンを耳につけ、曲を聴きながら、鼻歌でリズムを覚えている乃菊。
「・・・」
そんな乃菊の様子を見ていた、先ほどの女子中学生が、乃菊と目が合い、笑顔で頭を下げる。
「どこかで会ったかなあ・・・?」
そう思いながらも、その中学生の顔がぼやけてきた。
「ん?」
乃菊は、目を閉じる。
「ジュリア・・・?」
乃菊は、急に頭が痛くなり、胸も苦しくなった。
「お客様、大丈夫ですか?」
乃菊の異変に気付いた店員が、テーブルの所まで来て聞いた。
「だ、大丈夫です」
乃菊は、すぐにサングラスをかけ、荷物をバッグにしまい立ち上がる。
「あ、お釣りはいいです」
その場で千円札を店員に渡し、乃菊は、フラフラしながら出口へ向かう。
「また会いましょうね・・・」
入り口のテーブルに座っていた女子中学生に、テーブルに手をついて声をかける。
「あ、はい。大丈夫ですか?」
中学生が心配してくれたが、乃菊は手を振って店を出る。
「行ったことあるところだ・・・」
目を閉じてジュリアの気配を捜しだした乃菊は、地下街の通路を急ぐ。
ジュリアは、一人駅に向かっていた。
「ん?つけられてる?ストーカー?痴漢?」
もしその類であれば、格闘してでも追い払おうと思ったが、とにかく、人通りの多い通りへ出ようと、ジュリアは急いだ。
「待てよ、テメエ!」
女の声だったが、とても女性が発する言葉とは思えず、そのまま歩き続けた。
「テメエ!」
ジュリアは、肩を掴まれ、振り向かされると頬を平手で叩かれた。
「何するんですか!」
やはり女だった。もう一人眼鏡をかけた女もいる。
「大人少女の、左島ジュリアだろ!」
体格のいい女は、ジュリアの胸ぐらを掴んで聞く。
「はい、そうですが・・・」
体格のいい女は、ジュリアの胸ぐらを掴んだまま、引きずるような勢いで、近くの袋小路まで連れて行く。
「なんでテメエのような下っ端が、ダルビーさんにくっついてんだよお!」
建物の壁にジュリアを押し付け、汚い言葉を浴びせる。
「なぜそんなことを言うんですか?」
ジュリアは、まだこの女たちの正体がわからない。
「私らわなあ!テメエより遥かに前から、ダルビーさんのファンをしてきてんだよ!今出て来たばかりの女が、私らでも遠慮する店に、図々しく行ってんじゃねえよ」
そう言うと、またジュリアの頬を叩く。
「でも、私は・・・」
体格のいい女は、ジュリアを抑えたまま、ポケットからナイフを取り出し、ジュリアの顔に近づける。
「言い訳なんて聞かないよ!もう近づきませんと言いな!そしたら今回は許してやる」
今にも刺しそうな勢いで言う、ダルビーのファン。
「やっちゃいなよ」
眼鏡の女が言う。
「ああ言ってるよ。お前が今すぐ土下座して約束すれば、許してやってもいいけどな」
女は、ジュリアの返事を待つ。
「私は、ただ・・・」
また言葉を返そうとしたジュリアの腹を、膝で蹴り上げる女。
「うう・・・」
ジュリアは、痛みでうずくまるが、体格のいい女は、ジュリアの髪の毛を掴み、上を向かせる。
「どうすんだよ!」
ナイフの先が、ジュリアの頬に触れる。
「うわっ!」
声とともに眼鏡の女が、目の前の壁に飛んできた。
「やめなさい!」
体格のいい女が振り返ると、そこには、鬼のような形相の乃菊が立っていた。
「うわああっ!」
乃菊を包んでいた、白い大蛇のような煙が、体格のいい女を吹き飛ばす。
「ジュリアちゃん、大丈夫?」
すぐにジュリアの所へ来た乃菊は、壁に寄り掛かって座っていたジュリアを起こす。
「このままじゃ、済まないからな!」
震えながら、二人の女は、逃げるように立ち去る。
「大丈夫?」
それを見届けた乃菊は、再びジュリアンに声をかける。
「う、うん・・・」
呆気にとられていたジュリアは、それしか言えなかった。
「あ、血が出てる」
乃菊は、ジュリアの頬の血を、自分の指で優しく拭く。
「大丈夫だよ、ちょっと先が当たっただけだから・・・」
そう言うと、乃菊がジュリアを引き寄せて抱き着く。
「良かった無事で。これでも急いで来たんだよ」
抱き着いていう乃菊だが、ジュリアには訳が分からない。どうしてこんな状況が、乃菊に分かったのか・・・。
「駅まで、一緒に行こう」
そう言い、乃菊はジュリアの手を取って、さっさと歩きだす。
「出来る限り、一人にならないでね」
乃菊が言う。
「は、はい・・・」
訳が分からないジュリアだったが、素直に返事をして、暖かい乃菊の手に引かれながら歩いた・・・。




