山城の怪
お城へは、川を渡ってすぐに着いた。と言っても、山城なので麓の資料館に車を停めたのだけれど・・・。
「まず、ここへ寄ってみよう」
国也が乃菊を導く。
「遠山城跡?・・・名古屋城みたいなお城があるの?」
まだわかっていない。
「そうじゃないよ。ここは山城で、石垣があるんだ。少しは有名な山城なんだ。・・・と言っても城好きには、だけど・・・」
「じゃあ、覚えておかなきゃ」
乃菊が、メモをするようなポーズをする。
「城好きになるの?」
「国也様に、つきあうためだよ」
国也は、苦笑いだ。
「あ、り、が、と、う・・・」
二人は、資料館に入った後、駐車場から坂道を上がって行く。
「あっ、石垣がある!」
乃菊は、走って石垣のところまで行く。
「最初から、ハイペースにならない方がいいよ」
山城の大変さを知っている国也は、乃菊にアドバイスをする。
「大丈夫だもん。私は、国也様より若いし、これでも、元陸上部だたんだから」
「へえー、そうなんだ・・・」
国也は、初耳だった。
「ここに、名古屋城みたいなお城がたってたの?」
「だから、違うって・・・」
乃菊は、好奇心旺盛な子供のように、あちこちの石垣に近づいたり、離れたりしながら、先に進んで行く。
「こんなところに住んでたのかなあ・・・」
石垣の前にしゃがんで、乃菊が何かを考えている。
「どうしたんだい、乃菊?」
「んんん、何でもない・・・」
乃菊は、立ち上がって、また先へ進む。
「国也様、疲れちゃった。手を引っ張ってって・・・」
ほら、始まった。
「言った通りだろ。山城は、思ったよりたいへんなんだ」
「違うもん。手を繋ぎたかっただけだもん!」
減らず口をたたく乃菊である。
「あっ!」
乃菊が立ち止った。
「こんにちは。上まで行って来たんですか?」
乃菊が、上から来た中年カップルに声をかける。
「行って来ましたよ。お嬢さんも、お城が好きなのかい?」
二人は、手を繋いでいる。
「はい、大好きです!」
おいおい、とんだ大嘘である。
「天気がいいから、景色がいいよ」
たぶん、ご主人だろう人が笑顔で話してくれる。
「本当ですか?」
乃菊も笑顔で返す。
「綺麗でしたよ。頑張って見て来てらっしゃい」
たぶん、奥さんらしい人が、笑顔で言う。
「はい、頑張って行って来ます」
乃菊たちが頭を下げると、中年カップルは、笑顔ですれ違い、下っていく。
「若い、ご夫婦ね・・・」
奥さんらしい人が言っている。
「ねえねえ、ご夫婦だって。私たち夫婦に見えるんだ。嬉しい!」
乃菊は、国也の腕を掴んではしゃぐ。
「よかったね・・・」
国也は、大人の対応をする。
「こんなところでも、人に出会うんだね」
「だから、少しは有名なんだよ、ここは・・・」
「私も有名?」
乃菊が、国也を見上げて聞く。
「今、ここでは、100パーセント有名」
「行こう・・・」
乃菊がまた先に行ってしまう。
「もう少しだから、ゆっくり行こう」
国也は、離れて行く乃菊に言う。
「わかってる・・・」
国也は、リボン付きの麦わら帽子を被るって歩く乃菊を、愛おしい目で見つめる。
「山城っていいね」
立ち止って国也を待っていた乃菊が、振り返って言う。
「どうして?」
国也が聞く。
「年を撮っても、あんなふうに仲良く手を繋いで登れるじゃない」
乃菊らしい答えである。
「そうだね。この先も、いろいろなところへ行きたいね」
「うん、いっぱい行きたい!」
追いついた国也に乃菊が抱きつく。
「さあ、行こう」
また手を繋いで進む、乃菊と国也。
「うわお、大きな石垣!」
二人の前に大きな石垣が、左右に現れた。
「門の跡だよ」
乃菊は、見上げて想像してみた。
「こんなふうに見てたのかなあ・・・」
「ん?」
「何でもない・・・」
二人は、大きな石垣が集まるところへ出て、立ち止る。左右にコースがわかれていたのだ。
「こっちへ行こう」
二人は、左側の大矢倉跡に上がった。
「景色がいいよ」
「そうだね」
ここでも、東側の山々がよく見える。
「ねえ、あれは?」
乃菊が、南側の高い所に見える、骨組の建物を指さす。
「あれが天守だよ。次は、あそこまで行くから」
「国也様、先に行って、こっちの写真を撮ってよ、私、手を振るから」
乃菊が提案する。
「じゃあ、後で一人で登って来る?」
「迎えに来て・・・」
国也は、考える。
「うんん・・・、まあいいか。じゃあ、ここから動いちゃ駄目だよ」
「うん、ここで座ってる」
国也は、一人で大矢倉跡から、天守へ向かう。
「あら、霧・・・?」
ほんの数分後だった。座っている乃菊の周りに、霧が立ち込める。
「国也様・・・?」
どんどん周りの視界が悪くなり、乃菊は、不安で落ち着かなくなる。
「国也様!」
乃菊の声も、霧の中に消えて行ってしまうようだった・・・。