ライブへ
数週間後、乃菊は退院して、自宅療養中だった。
「私もう大丈夫だから、出かけてもいいよねえ・・・、明日、みんなのライブなんだよねえ・・・」
作業場で仕事をしている国也と雲江に聞こえるように、乃菊は独り言を言っている。
「せっかく近くでライブなんだから・・・、きっとオッケイだよね・・・」
乃菊は、車椅子を左右に動かしながら呟く。
「まだ無理しちゃいけないよ」
雲江が作業をしながら言う。
「そうだよ。療養するために家にいるんだから、無理しちゃいけないだろ」
国也も水槽の着物を洗いながら、やんわりたしなめる。
「雲ネエ、ほら大丈夫だよ!」
乃菊は、立ち上がって腰を振る。
「無理しないの」
雲江は、そう言って仕事を続ける。
「ねえ、大丈夫だってば、ほら、ほら、あっ、痛い!」
乃菊は、車椅子にしゃがみ込む。
「だから無理しちゃいけないって・・・」
雲江は乃菊の所へ行き、車椅子を押して外へ出た。
「甘いもの食べに行こう」
近所の和菓子屋へ向かう雲江。
「国也が田沢さんに電話してたから、きっと連れて行ってくれるよ」
車椅子を押しながら雲江が言う。
「ホント?」
乃菊は、車椅子から飛び出しそうなくらいに喜ぶ。
「だから、今日は国也の機嫌が悪くならないように、しばらく大人しくしてなさい」
和菓子屋に到着して、そのまま車椅子を押して中へ入る二人。
「おばさん、五色最中ください。あ、白と漉し餡は食べていきます」
乃菊は自分で注文して、奥の飲食スペースへ向かう。
「雲江さん、乃菊ちゃん元気になって良かったわね」
支払いをする雲江に、和菓子屋の女将が話しかける。
「自分の子より心配ばかりしてるのよ」
乃菊に聞こえないように言う雲江。
「あ、おばさん、お茶もください」
聞こえているのかいないのか、マイペースの乃菊である。
「はい、どうぞ」
小さなテーブルに、お茶を二つ差し出す女将。
「残りの三つは、国也さんのお土産かい?」
女将が話しかけている間に、乃菊は最中に噛り付いている。
「帰ってから、3人で食べます」
笑顔で答える乃菊。
「まあ、とにかく元気になって良かったよ。おばさんも心配してたんだから・・・」
女将も椅子に座って話をする。
「ご心配かけてすみません。いつものことだから私は平気です」
そんな返事をする乃菊の頭をつつく雲江。
「いつもじゃ困るのよ」
乃菊は舌を出す。
「仲がいいねえ、本当の親子みたいだね」
自然に振る舞っている二人を見て、女将がしみじみ言う。
「・・・」
乃菊は、女将に見えないように雲江の手を握る。
「私もこんな子が家に来てくれて幸せだよ」
雲江も自慢の嫁を自慢する。
「・・・」
乃菊は最中を食べながら、涙が流れるのを堪えていた。
「もう一つ食べちゃおうかな・・・」
食べ終わった乃菊は、お茶を飲みながら言う。
「そうだと思って、余分に買っておいたよ」
袋から最中を取り出す雲江。
「・・・」
また涙を堪える乃菊だった・・・。
翌日、みおんたちは、原豊市公会堂の舞台に立っていた。
「皆さんご存知の通り、のぎちゃんは怪我のリハビリ中で、今日は欠席ですが、4人でしっかり踊って歌いますので、よろしくお願いします」
みおんが挨拶をして、ライブがスタートした。
♪熱い砂を踏みしめながら 眩しい空を眺めてた
夏の日差しは強くて すぐに目を逸らす
ドキドキ 鼓動が伝わる手と手をつなぎ
静かに 白い波を足に受ける あなたとわたし・・・♪
3曲目が終わると、会場が騒めく。
「乃菊ちゃーん!」
舞台の袖に現れた、車椅子の乃菊を目にしたからだった。
「のぎちゃん!」
メンバーも振り返り、田沢に舞台袖まで連れてこられた乃菊を見つけて、喜びの声を上げた。
「菊野ちゃん・・・」
一番近くにいたジュリアが、乃菊の所へ行き、車椅子を押して舞台の中央へ連れて来た。
「よく来たね・・・」
みおんが、亜美が、真阿子が乃菊の手を握る。
「みんなのこと見に来ただけなんだけど、社長が出ろって言うから」
乃菊は、恥ずかしそうに言う。
「当り前じゃない、ここまで来たら一緒に出なきゃ・・・」
真阿子がそう言うと、みんなも頷く。
「あいさつして・・・」
みおんが会場のファンに挨拶するよう、マイクを渡して乃菊を促す。
「ああ、ああ・・・」
乃菊がマイクのテスト中のような声を出し、会場から笑いが起こる。
「良かった、みんなに怒られなくて・・・」
また笑いが起こる。
「こんな状態でごめんなさい。歌を歌う私がファンのみんなを裏切って、怪我ばかりでして歌えないなんて、申し訳ないです」
乃菊は、車椅子に座ったまま頭を下げる。
「でも、もう大丈夫なので、次からはみんなと一緒に歌います。だから私を忘れないでくださいね」
そう言って、マイクをみおんに返す。
「せっかくだから、のぎちゃんも一緒の歌、聞きたくないですか?」
亜美が自分の欲求を、会場のファンにも聞いてみた。
すると、大歓声が起こる。
「じゃあ、次の曲でいいよね」
みおんの先導で、会場のファンも、当然他のメンバーも喜んで応じる。
「のぎちゃん、はい」
亜美が自分のマイクを渡し、袖から渡されたマイクを持つ。
「行きましょ!」
演奏が始まり、乃菊を真ん中に、5人が囲んで歌った。
「ありがとうございました」
1曲歌い終わり、乃菊は車椅子をジュリアに押されて、舞台の袖に消えて行った。
「国也様、ちょっと・・・」
乃菊は、田沢と一緒にいた国也を呼ぶ。
「みんなと歌えて良かったね」
国也がそう言っている最中も、乃菊の気持ちはそこにないようだった。
「どうしたんだい?」
国也は、乃菊の様子がおかしいことに気づき、車椅子を押してフロアに出た。
「睨んでた人がいたの。みおんを睨んでた人が・・・。それにジュリアも・・・」
乃菊は立ち上がって歩こうとする。
「無理するな!」
ふらついた乃菊を、国也が抱える。
「確かにいたのよ、二人を睨む怨念の目が・・・」
国也の胸の中で、乃菊は悔し涙を流す。
「二人には手を出させない・・・」
何度も呟く乃菊。
「わかったよ、少し休みなさい」
国也は、乃菊の頭を撫ぜる。
「二人を・・・」
乃菊は気を失った。
「会場にそんな人間がいたなんて・・・」
国也は乃菊を車椅子に座らせ、ホールを出た。
「二人を守るから・・・」
乃菊を車に乗せ、国也は自宅へと向かった・・・。




