身代わり
「みおん、どこまで行ったの?」
荷物をコインロッカーに預けに行った国也を置き去りにして、乃菊は、みおんたちを追っていた。
「・・・」
その途中で、人だかりを見つけたが、みおんである予感がしない乃菊は、そのまま通りを右に曲がって進んだ。
「みおん・・・」
焦る気持ちを押さえながら、みおんの姿を追う乃菊だった・・・。
「田沢さんでしょ?」
みおんと一緒に自宅マンションへ向かっていた田沢が、声を掛けられた。
「あ、遊里じゃないか・・・」
田沢に声を掛けたのは、元タレントの志野田遊里で、随分前に、田沢が担当していた番組に出演していた間柄だった。
「みおんちゃんだったわね、随分大人になったのね。ごめんなさい、随分久しぶりなんで、ちょっとお話しさせてね」
みおんを子ども扱いする遊里。
「そこのコンビニで待っててくれ、すぐ済むから・・・」
田沢に言われて、みおんは、仕方なくすぐ近くにあったコンビニへ向かう。
「志野田、遊里・・・。お姉さんと同期だったな・・・」
みおんの姉も元タレントで、志野田遊里とは、ライバル関係だった。その頃、時々スタジオに顔を出していたみおんも、顔見知りではあったが、あまり好きな人物ではなかった。
「あ、かわいい・・・」
コンビニへ向かっていたみおんは、反対側の歩道に子犬がいるのを見つけて近寄って行く。
「どこ行くの?」
トコトコと歩いて行く犬を追いかけて、みおんは、コンビニとは反対側の狭い路地へ入って行った。
「あれ?」
路地を入ってしばらくすると、辺りに霧がかかって来た。
「ワンちゃん、どこなの?」
子犬どころか、辺りも見えづらくなってきてしまう。街灯だけがぼんやりと明るいだけだ。
「羽流希さん・・・」
不安になったみおんは、田沢の名前を呼ぶが、聞こえているのかもわからない。
「どうしよう・・・」
ザザッ!何かが地面を蹴る音がした。
「誰っ?」
人の気配がして、みおんは、声を掛ける。
「お前は、皆賀みおんだな・・・」
霧の中から、ざんばら髪の着物を着た男が現れた。
「そうですけど、どうして私の名前を・・・」
みおんは、当然初対面であるこの男が、自分の名前を知っていることを疑問に思う。
「お前は、死んだ姉の夫を、以前から付き合っていた志野田遊里から、奪い取った女であろう」
男の言ったことに驚くみおん。
「そんな、奪い取ったなんて、羽流希さんは、志野田遊里さんと付き合ってなんかいません!」
当然反論する。
「最愛の男を奪われた志野田遊里の悲しみを、欲望だけのお前には、理解出来ないであろう・・・」
男は、腰に挿してある鞘から刀を抜く。
「違います、私は、奪ってなんかいません!」
そう言いながら後ずさりするみおんに、ススッと迫るざんばら髪の男。
「往生際の悪い女だ。罪を償うために、大人しく首を刎ねられよ」
切っ先が、みおんの首筋に近づく。
「私は、奪ってなんかいないし、姉を失った彼が、私を選んでくれたんです。あなたが言ってることは、間違ってます!」
みおんは、震えながら、必死に事実を伝える。
「まだ嘘をつく気か・・・」
男が、剣を上段に構える。
「嘘じゃない・・・」
みおんは、涙を流しながらしゃがみ込む。男は、ぎゅっと剣を握る。
「羽流希さん・・・」
みおんは、手を合わせ、眼を閉じる。
「みおん!」
霧の向こうから、乃菊の声が聞こえ、みおんは、眼を開ける。
「のぎちゃ・・・」
みおんが乃菊の名を呼ぼうとした時だった。
「覚悟!」
シュッ!剣が空気を斬る音が、みおんの前で走り、みおんは、また眼を閉じる。
「やめてください!あなたは、間違っています。みおんは、みおんは、あなたに斬られるようなことをする、人じゃ・・・」
男の前に立ちはだかった乃菊は、そう言いながら膝をつく。
「のぎちゃん・・・」
みおんは、震える手で、後ろから乃菊の腕を掴む。
「またお前か・・・」
男は、もう一度剣を構える。
「邪魔をすれば、斬ると言ったであろう、そこを退け!」
そう言われて、乃菊が退くはずもない。再び立ち上がり、男に対峙する。
「これ以上みおんに手を出すなら、私も、あなたを許すことが出来ない・・・」
乃菊の身体が震えだし、周りの空気が歪みだす。
「お前は・・・」
男は、その様子を見て後ずさりしながら、剣に力を込める。
「ぎゃああああっ!」
乃菊の身体から、渦を巻くように大蛇が現れ、男を吹き飛ばす。男も飛ばされながらも、スッと仁王立し、大蛇に向かって剣を構える。
「あなたは、間違っています。今の世の中、人の心は、歪んでいます。真実を見極めてください」
乃菊は、尚も男を諭すように言う。
「ここは、お前に免じて引くが、私は、私自身がやり残した仇討を、この世で願う者のために、代わって執行するために現れているのだ。これからもそれは変わらぬ。次は、邪魔をするな・・・」
男は、そう言って、霧の中へ消えて行く。
「みおん、大丈夫だった?」
乃菊は、振り返り、みおんに尋ねる。
「う、うん、大丈夫だよ」
呆然としていたみおんだったが、我に返って、返事をする。
「良かった・・・」
そう言って、乃菊は、崩れ落ちるように倒れた。
「のぎちゃん!」
みおんは、すぐに倒れた乃菊の上半身を起こして抱える。
「えっ!?」
抱えた乃菊の胸は、服がザックリと開き、血で真っ赤に染まっていた。
「のぎちゃん・・・」
みおんは、乃菊が自分の前に現れた時、身代わりになって斬られていたことに気づく。
「どうして、いつも私なんかの、身代わりに、なるのよ!」
みおんは、泣きながら乃菊に訴える。
「だって、友達でしょ。大事な、ともだ、ち、無事で、良かった・・・」
消えそうな声で、乃菊はそう言うと、みおんの腕の中で、意識を失った。
「のぎちゃん!」
みおんは、必死で乃菊の胸を押さえ、溢れだす血を止めようとする。
「誰か!誰か来てええええっ!」
みおんは、泣きながら、必死で叫び続ける・・・。




