早い昼食
二人の車は、岐阜県に入り、ジャンクションで中央道を長野方面へ向かい、途中でまたパーキングに寄った。
コンコン。乃菊は、ノックをしてトイレの中に入る。
「もう少し、大人にならなきゃ・・・」
ザー!水が流れる。
「ん?」
ロックを外したのに、扉が開かない。ガチャガチャ。やっぱり開かない。
「あれっ?」
トイレの中が霧が出たように煙っている。
ドンッ!隣だろうか、大きな音がして、扉が閉まる音と、人の声がしたように、乃菊は思った。
「あっ、開いた」
乃菊は、扉を開けて外へ出るが、さっきまでの霧は、まったくなく、スッキリとしている。人の姿もない。
「何だったんだろう・・・」
乃菊は、手を洗って駐車場へ向かう。
「少し早いけど、高速を降りたら、お昼を食べようか」
国也が、トイレから帰って来た乃菊に聞いた。
「うん、12時過ぎると、お客さんが多くなるから、その方がいいわね」
二人は、車に乗り込み、出発する。
「キャーッ!」
トイレの中から悲鳴が上がっている。しかし、乃菊たちは気づかず、そのまま、車は中央道に入って行った。
次のインターチェンジで降りて、市内へ向かう。
二人は、ナビで調べた、国道から少し入ったところにある、ラーメン屋へ入った。
「カウンターにしよう」
もしものことを考えて、他の客には背を向ける、カウンターの端に、乃菊と国也は、並んで座る。
「私は、このバターラーメンにする」
乃菊は、メニューを見て即決する。
「じゃあ、僕は、とんこつラーメン」
女性店員にそれぞれ注文する。それを聞いて、店員は、メモをして、厨房へ周り、男性店主にヒソヒソと伝える。
客は、乃菊たち以外に、テーブル席に数組座っている程度で、まだピークではなさそうだから、国也は、ホッとする。
「ここは、人気店なのかなあ?」
一番奥に座っている乃菊は、国也越しに、店内を見回す。
「どうだろう・・・」
国也は、乃菊が他の客から見えにくいように、背筋を伸ばして座っている。
「まだそんなに、ラーメン屋さんのロケはしてないけど、私、ラーメン好きだから、あちこち行きたいんだ」
乃菊は、嬉しそうに話す。
「じゃあ、田沢さんに頼んでみれば・・・」
「うん」
二人は、ヒソヒソと話をする。
「はい、とんこつラーメン」
店主が、カウンター越しに直接国也の前に、どんぶりを置く。
「はい、こっちがお嬢さんのバターラーメン。ごゆっくりどうぞ・・・」
何だか、愛想のいい店主である。
「わあ、美味しそう・・・」
だが、すぐに乃菊が首を傾げる。
「すみません。これちょっと、メニューの写真より、具が多いような気がするんですけど」
乃菊の言う通り、チャーシューも、卵もコーンも、メニューの写真より多い。
「いいの、いいの。お嬢さん可愛いから、ついサービスしちゃっただけだから・・・」
店主は、笑顔で言う。
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく頂きます」
乃菊も笑顔でお礼を言う。
「得しちゃった」
「そうだね」
二人は、ラーメンを食べ始める。
「ああ、メガネが曇っちゃった」
湯気で、サングラスが曇ってしまったのだ。
「そこなら目立たないから、サングラスとりなよ」
乃菊の方が奥の壁際に座っているので、国也の陰で、他の客には、見えにくいからだ。
「そうする」
乃菊は、サングラスを外して、またラーメンを食べ始める。
「美味しい!」
そう言って、本当に美味しそうな顔をしながら食べる乃菊。
「そうだね」
国也は、乃菊の笑顔を見ているだけで、お腹が一杯になりそうだった。
「国也様、それも味見させて」
乃菊が、国也のどんぶりを見て言う。
「いいけど、自分のも残すなよ。せっかくサービスしてくれたんだから」
「大丈夫・・・」
乃菊は、国也のとんこつラーメンを一口食べて、スープレンゲにすくって飲んだ。
「このスープ美味しい。麺は、やっぱり種類によって違うわね・・・」
乃菊は、食レポの練習をしているらしい。その後は、自分のバターラーメンを一生懸命に食べた。
「ああ、お腹いっぱい!」
乃菊が食べ終わると同時に、店主が寄って来た。
「お嬢さん、美味しかったですか?」
笑顔で聞く店主。
「はい、美味しかったです」
笑顔で答える乃菊。
「あの、もし良かったら、これにサインして頂けますか?」
「えっ?」
店主が、乃菊に色紙を差し出した。
「いつか有名人が来たら、サインをしてもらおうと、色紙を用意してたんです。ぜひ、お願いします」
店主は、変わらぬ笑顔で話す。
「私のこと、知ってるんですか?」
乃菊は、念のために確認する。
「大人少女23の菊野さんですよね。うちの店員がすぐにわかったんです。田舎だから、この店に有名人が来たのは、初めてなんです。・・・駄目ですか、サイン?」
乃菊は、ボーっとして聞いていた。
「乃菊、サインしてあげなさい」
国也は、騒ぎにならないうちに済ませようと、乃菊をつつきながら言う。
「あ、は、はい・・・」
乃菊は、色紙とサインペンを受け取る。
「片付けます」
店員が横へ来て、どんぶりを片付ける。
「サングラスをしてたのに、すぐにわかったんですか?」
乃菊は、店員に聞く。
「はい、スタジオにも見学に行ったことがあるんです、私・・・」
店員の女の子は、笑顔で話す。
「ファンなので、乃菊さんが怪我をして、テレビに出られなかった時、すごく淋しかったんです。でも、その乃菊さんが、アルバイトをしているお店に来てくれるなんて、すっごく嬉しいです!」
乃菊は、色紙に店の名前と、大人少女23、菊野乃菊、とサインをする。
「国也様も書いて・・・」
乃菊が、色紙とサインペンを国也に渡す。
「どうして僕が?」
戸惑う国也。
「きっと、話題になるよ、この店も。だから、書いて・・・」
店主も店員も、そして国也にも、乃菊の言っている意味が、すぐにはわからなかった。
「いいのかなあ・・・」
国也は、隅っこに、国也と普通の字を書いた。
「じゃあ、もしも誰かが取材に来たら、これを自慢してください。この店の第一号有名人だって」
乃菊が、店員に色紙を渡す。
「はい!」
「ありがとうございます」
店員も店主も、嬉しそうに礼を言う。
二人は、立ち上がって、レジへ向かう。
「すみません。握手してください」
テーブルに座っていたカップルが、乃菊たちの移動を待っていたかのように立ち上がって、握手を求めて来た。
「あ、はい・・・」
握手をする乃菊。奥にいたから、レジまで行く間に、ほとんどの客が握手を求めて来た。当然、乃菊たちが店に入って来た時よりも、混んでいた。
「乃菊さん、メガネ!」
忘れていた。まったく無防備にみんなの前を歩いていれば、一般人とは違う雰囲気の乃菊だから、注目されてしまっていたのだ。
「ご馳走様でした・・・」
支払いを済ませた国也と共に、並んで店を出た乃菊。
「ありがとうございました。また来てください」
店主と店員が、店の外まで見送りに出て、頭を下げていた。
「私って、何者?」
「アイドルの、菊野、乃菊様です・・・」
「ふふふ・・・」
二人は、笑いながら車に乗り込み、お城へ向かった・・・。




