霧の中の出来事
新婚旅行の夜。
国也は、酔ってしまった乃菊をベッドに寝かせ、窓のカーテンを開けて外を見る。
「静かな所だなあ・・・」
一人呟く国也。
「んっ?」
温泉地と言っても、明かりも少ない周辺だが、下の玄関先は明るい。そこを一人の女性が歩いている。
「あれは・・・」
見覚えのある女性だった。と言っても、国也の過去の女性ではなく、この旅行や食事で同席した篝美紗緒だ。
「・・・」
電話をしているようだった。国也は、その様子を見て腕を組む。
「夫は、ホテルにいる。妻は、外に出てこそこそと電話をしている。新婚ではあるが、あの奥さん・・・」
考えが広がる。
「国也様・・・」
乃菊の声だった。
「起きたのかい?」
国也がベッドを見ると、眠そうな顔の乃菊が、むくっと起き上がった。
「お風呂はいる・・・」
乱れた髪を指で梳かしながら、ベッドから下りる乃菊。
「酔ってるから、朝にすれば」
気遣う国也。
「大丈夫だよ。国也様も一緒だから・・・」
国也が固まる。
「い、一緒に?」
乃菊が寄って来る。
「当たり前じゃない。夫婦なんだもん。お風呂入ってお互い綺麗にしたら、うふっ・・・」
少女マンガのヒロインみたいに、瞳をきらりと光らせる乃菊。
「で、でも・・・」
乃菊は、国也の腕を掴む。
「問答無用!覚悟せよ国也様・・・」
国也は、拒むこともできず、バスルームへ連れて行かれる。
「今日が初夜なのかな?」
バスルームから乃菊の声が聞こえる。
この後は、アイドルのプライベートなので記述は控えます。
早朝、ホテルを一人で出て行く女がいた。美紗緒である・・・。
川沿いのメイン道路ではなく、山側の小道を歩いて行く。散歩のようである。
ほんの少しの差で、また一人ホテルを出て来た女がいる。
「ああ、気持ちいい朝だ・・・」
乃菊である。両手を上げて背伸びをすると、美紗緒と同じ山側の小道をゆっくり歩いて行った。
「国也様、散歩に行って来ます」
寝ている国也の頬にキスをして、部屋を出て来た乃菊。
「ああスッキリした。二日酔いもないし、国也様からパワーを貰ったのかな?」
乃菊は、道端の枯れ葉を拾い、ふわっと投げ上げる。
「あれ、美紗緒さん、かな?」
少し先に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「いい空気だわ」
美紗緒は、立ち止って深呼吸をする。ホテルを離れると、風の音くらいしか聞こえない、静かな所へ出ていた。
「あら?」
急に周りが霞んで来る。
「霧?」
不安になった美紗緒が帰ろうとするが、あっという間に帰り道もわからないほど霧が立ち込めた。
ガサッ!
「誰っ!」
美紗緒が物音に後ずさりする。
「あっ!」
誰かとぶつかり倒れる美紗緒。
「ごめんなさい、美紗緒さんですよね」
霧の中から顔を出したのは、乃菊だった。手を差し出し、美紗緒を立たせる。
「すごい霧ですね。前が見えなくて」
そう言いながら辺りを見回しても、近くの木がうっすら見えるだけである。
「ええ、困ったわね」
美紗緒も辺りを見回す。
「とりあえず、足元は何とか見えるから、道らしいところを進みましょ」
そう言って、美紗緒の手を引き、前へ進む乃菊。
「あっ!」
乃菊が、また誰かとぶつかりよろけた。
「大丈夫?」
美紗緒が、よろけた乃菊を支える。
「あ、はい、誰かにぶつかりました」
乃菊が、その相手を見ると、見覚えのある姿だった。
「あ、あなたは・・・」
その男の周りは、霧が薄くなり、姿がハッキリとわかった。
「お前が、篝美紗緒か?」
ざんばら髪にボロボロの着物に袴姿、あの城で出会った男である。
「いえ、私は、菊・・・、あ、大野乃菊です」
乃菊がそう言うと、男は、乃菊を押しのけ、美紗緒の前に出る。
「愛河文枝を知ってるな・・・」
男がそう言うと、美紗緒の顔色が変わった。
「拙者が愛河文枝の代わりに、お前を討つ」
男が剣を抜く。
「何をするんですか?」
乃菊が美紗緒の前に立つ。
「どくんだ。さもないと、お前も切る」
しかし、乃菊がむざむざと美紗緒を斬らせるはずがない。
「どきません。あなたは、人を殺すような悪い人じゃない。やめてください」
男は、剣を乃菊の首筋に近づける。
「やめてください。私の前でこの人に手を出させない」
乃菊が男を睨む。
「これは仕事なのだ。この女を斬るのは、仇打ちを依頼された私の使命なのだ」
乃菊は、それでも動かない。
「お前は、私が怖くはないのか?」
男は、乃菊の首筋から剣を離す。
「斬られるんだったら怖いです。でも、あなたが今の人じゃなく、過去を背負ってる人に思えるから、私を斬らないと信じてます」
男は、乃菊の姿を凝視する。
「お前は、何者なのだ?あの時も感じたが、お前には、何かが憑いているような気がする」
男に敵対心を持たない乃菊は、大蛇の眼を見せることはない。
「ここは、引いてください。私たちは、新婚旅行に来てるんです。大事な旅行なんです。何も起こっちゃいけないんです」
男は、乃菊の優しく輝く瞳に、思わず後ずさりする。
「乃菊、いるのかい?」
国也の声だった。
「その女は、必ず斬る・・・」
そう言うと男の姿は、霧の中へと消えて行った。
「あ、ここにいたのかい」
国也が二人のところへやって来た。
「篝さんもご一緒でしたか・・・」
美紗緒の顔を見て会釈をする国也。もうすっかり霧は晴れていた。
「美紗緒さん、今の人は、ご存知ですか?」
乃菊が美紗緒に聞く。
「知らないわ。私は、ホテルに戻りますね。じゃあ・・・」
そう言って、さっさと行ってしまう美紗緒。
「何かあったのかい?」
国也は、二人に何かあったのかと思い、心配して聞いた。
「うん、美紗緒さんは、狙われてるみたい・・・」
美紗緒の後ろ姿を見ながら、乃菊が言う。
「狙われてる?物騒な話だね、いったい誰に?」
国也は、乃菊の顔を見る。
「知らない!」
そう言うと、国也に飛びつきキスをする乃菊。
「早起きしたのね、国也さん」
国也の首に手を回し、抱きついたままの乃菊。
「目が覚めたら、君がいないから、フロントで聞いたら、散歩に行ったって言ってたから・・・。それより人に見られたら恥ずかしいだろ・・・」
そう言って、きょろきょろする国也。
「何が恥ずかしいのよ、新婚さんなんだよ、私たち。堂々とキスしていいんだから・・・」
と言うと、またキスをする。
「私がいなくて、心配した?」
抱きつき状態からは、解放したが、手を握りながら乃菊が聞いた。
「ま、まあ・・・」
国也は、当然心配して来たのだが、ハッキリとは言わない。
「まあ?そんな返事してると・・・」
そう言って乃菊は黙る。二人は、手をつないだままホテルへ向かった。
「のぎちゃん!おはよう!」
ホテルに近づくと、乃菊と国也を見つけたみおんが手を振る。田沢も一緒だ。
「どこへ行って来たの?」
みおんが聞く。
「散歩だよ。国也様ったら、人がいないのをいいことに、キスするんだから・・・」
思ってもみないことを言われて、国也は、赤面する。
「朝からお熱いですね」
田沢まで冷やかす。
「乃菊、冗談を言うなよ」
キスをしたのは事実だが、自分からではなかったから、否定する国也。
「冗談じゃないでしょ。私たち新婚なんだから、キスしたって恥ずかしいことじゃないでしょ。ねえ、みおん?」
急に振られて、戸惑うみおん。
「もう朝食だから、行きましょ・・・」
みおんは、そう言って、田沢の腕につかまり、ホテルへ戻って行く。
「あなた、私たちも行きましょ」
乃菊も国也の腕につかまり、不満そうな国也を引っ張っていく。
乃菊は、霧の中の男の言っていたことが、その後も気になっていた。なぜ、美紗緒は、命を狙われるのだろう。
とにかく、大事な新婚旅行。乃菊は、帰りまでそのことは考えないことにした・・・。




