昔話
「琵琶湖だよ、国也様!」
乃菊がサービスエリアに降り立つと、両手をいっぱいに広げて深呼吸をする。
「コーヒーにしよう」
他のカップルたちが売店へ向かう中、乃菊たち4人は、コーヒーのチェーン店に入って、コーヒーを飲むことにした。
「一緒に旅行なんて、初めてだよね」
こんな話は、テレビ局では出来ない。
「そうだね、ドライブならしたよね」
乃菊とみおんは、席に座るとすぐに会話を始めた。
「のぎちゃん、お城にしたのは、国也さんに合わせたの?」
みおんは、いつも乃菊がお城に興味がないと言っているのを知っているから、あえて聞いてみた。
「お城には興味がないけど、思い出があるところだったから、ちょうどいいって決めたんだ」
乃菊は、嬉しそうに話す。
「それより、みおんたちこそ、このツアーで良かったの?」
乃菊は、みおんたちがわざわざ自分たちに合わせてくれたんじゃないかと、気にかかっていた。
「私も羽流希さんもこのツアーで良かったの。世界遺産だし、国宝なんだから、ぜひ行ってみたいって・・・」
その言葉に、乃菊は一安心なのだが・・・。
「あれ?世界遺産だったんだ、あのお城・・・」
乃菊は、そんなことも知らないのである。それを聞いた国也は、苦笑いをする。
「平成5年に、法隆寺と一緒に、日本で初めて世界遺産になったんだよ」
乃菊は、眼を丸くする。
「みおん、詳しいんだね。ひょっとして、お城好き?」
みおんは、バッグから本を取り出す。
「4人でドライブに行った後に、私たち二人とも興味が出て、この本を買ったの。それから時々羽流希さんと、出かけたついでに寄ったりしてたの」
乃菊は、その本を開いてみる。
「負けた・・・」
乃菊とみおんは、仲良く話を続ける。
「ところで、思い出って、どんな?」
みおんは、話を戻す。
「国也さ、あ、おじさんとの思い出。ねっ!」
乃菊は、国也の顔を見る。
「のぎちゃん、国也様って言えばいいんだよ、今朝からずっとそうだったじゃない」
みおんは、以前から、乃菊が国也に対する呼び方に不自然さを感じていた。それまで、当たり前のように「おじさん」と呼んでいたのが、事故から回復して以来、その「おじさん」を言いづらそうにしているのを、みおんは、ずっと気にしていたのだ。
「理由は、聞かないけど、そう呼びたいんでしょ?」
みおんは、笑顔で言う。
「ごめんね、みおん。家では、国也様って呼んでいたんだ。私の中で、いつの間にかその呼び方が自然になっちゃって・・・」
乃菊は、みおんに頭を下げる。
「みんなの前でも、遠慮しないでそう呼べばいいよ」
田沢も同感のようだ。
「で、思い出って?」
改めてみおんが、国也の顔を見て聞く。
「あ、それは、中学の修学旅行のことかな?」
国也は、乃菊の顔を見る。
「うん、私が中学の修学旅行に行った時、今日行くお城で会ったんだよね」
乃菊は、国也の顔を笑顔で見る。
「あ、ああ・・・」
国也の返事がぎこちない。
「そんな時に、国也さんと会ってたんだ。4才の時の話は聞いたけど、それは、初耳だわ・・・」
みおんも国也の顔を見る。
「だけど、それを国也様は、憶えていなかったんだよね・・・」
乃菊が悪戯っぽい顔で、国也の様子を窺う。
「修学旅行か・・・、ほとんど忘れちゃったなあ・・・」
田沢が、助け船を出すように呟く。
「国也様は、忘れてたけど、私は、4才の時に会った人だって、すぐに気がついたの。新幹線の隣の席に座って、名刺も貰ったから、住んでるところもわかったし、これで、いつでも会えるって、その時思ったんだ・・・」
乃菊の記憶は、ビデオのように鮮明である。
「・・・」
乃菊の口が止まった。
「どうしたの、のぎちゃん?」
国也たちも、乃菊の顔を見る。
「あ、と、トイレに行って来る・・・」
乃菊は、スッと立ち上がる。
「迷子になるなよ、人が多いから・・・」
国也が心配する。
「大丈夫よ、国也様、続きを二人に話してあげて・・・」
そう言って、乃菊は席を離れて行く。
「確かに、誰かが見ていた・・・」
乃菊は、トイレに入る。
「うっ・・・」
珍しく例の症状だった。あえて鏡は見ない。
「何かを教えてくれてるの?」
自分の中に問いかける乃菊。症状が治まったのを見計らって、外へ出た。何人もの女性とすれ違う。
「あの時と同じ感覚・・・」
乃菊は、そう思った。地下鉄でみおんを睨んでいた眼。その眼を感じたのだ。しかし、乃菊自体も見たわけではない。みんなには言えず、一人トイレに向かったのだった。
「みおんは、必ず私が守る・・・」
乃菊の決意である。




